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パラレル料理道  作者: EDA
幕間
7/11

アイ=ファの三変化

2015.8/11 更新分 1/1

 アイ=ファが津留見家にやってきて11日目の、日曜日。

 俺とアイ=ファは、幼馴染の玲奈とともに駅前の繁華街を歩いていた。


「うーん、いい天気! ショッピング日和だねえ!」


 玲奈はさっきからひとりではしゃいでいる。

 登下校以外でアイ=ファと外を出歩くのは初めてのことであるから、テンションが上がっているのかもしれない。


 目指すは駅から徒歩15分の、某ファッションビル。

 目的は、玲奈が言っていた通りのショッピングである。


 俺たちは半ば玲奈に引きずられるようにして、仕事の合間の貴重な自由時間をそのようなものに割り振ることになってしまったのだった。



「アイ=ファちゃんって、いっつも同じ服を着てるよね?」


 始まりは、玲奈のそんな何気ない一言であった。

 本日は、玲奈も昼から《つるみ屋》の仕事を手伝ってくれていたのである。


 ちょうど洗い物を終えたところであったアイ=ファは、けげんそうに玲奈を振り返る。

 無地のTシャツにショートパンツ、その上からエプロンをつけた、いつも通りの軽装だ。


「その格好もすっごく似合ってるけどさ。洗濯とかはどうしてるの?」


「着ているものは、毎日洗っている。洗い替えはあるので問題はない」


 ちなみにアイ=ファは洗濯機の使用方法をわきまえていなかったので、いまだに自分の汚れ物は入浴時に風呂場で洗っていた。

 男やもめの津留見家において、それは非常にありがたい選択であったと思う。


「んん? だけどいっつもTシャツかタンクトップだし、ボトムはショートパンツだよね」


「ぼとむ……?」


 ちょうどお客も途切れていたので、途中で何回かつっかえながらも、ふたりの会話はゆるやかに進んでいった。

 それで判明したことだが、アイ=ファは革製のジャケットや下着類などを除くと、あとは同じデザインのTシャツとタンクトップとデニムのショートパンツをそれぞれ2着ずつしか所有していなかったようなのである。


「えーっ! だから毎日その格好だったんだ!? アイ=ファちゃん、年頃の娘さんとしてそれはちょっとばっかり問題ありだよ!」


「別に私は問題を感じたことはないが」


「そうなのー? でもこの国で暮らすからには、それだと変わり者あつかいされちゃうよ! ね、あすたちゃん?」


「んー? 服なんて、別に好きなものを着てりゃいいだろ」


 かくいう俺も、私服などは数えるぐらいしか所有していない。どうせ1日の大半は学校の制服か仕事着で過ごしているのだから、私服の出番自体がほとんど存在しないのである。


「そりゃあ、あすたちゃんは毎日ふともも見放題で不満はないんだろうけどさ……」


「おい、誤解を招くような発言は控えてくれよ?」


「それに、季節感もゼロなんだよね! せっかくのショートパンツは夏まで取っておかないともったいないよ、アイ=ファちゃん!」


「……もったいないの意味がまったくわからないのだが……?」


 アイ=ファはけっこう、玲奈に対しては心を開きかけている。

 なので、何とか玲奈の言葉の真意を読み取ろうと一生懸命になっているように見受けられた。


「可愛い洋服で着飾るのは女の子の特権なんだよ! だからアイ=ファちゃんももうちょっと着飾るべきだと思う! せっかく美人さんなんだから、もったいないよ!」


「おい、玲奈、お前の言い分もわからなくはないけど、そんなのは本人の勝手だろ? 世の中には着飾ることに興味のない女性だってそれなりに存在すると思うぞ?」


「……汝はそんなにも、ふとももをご所望か?」


「うるさいよ! あんまり自分の価値観を押しつけるなって言ってんだ」


「アイ=ファちゃんが嫌なら押しつけないよ。アイ=ファちゃんは可愛い服を着ることが嫌いなの?」


 真正面から問われてしまい、アイ=ファは無表情のまま目だけをぱちくりとさせた。


「嫌いというか……服など、どうでもよいと思っている」


「どうでもいいのに、同じデザインのショートパンツを着回してるの?」


「これは動きやすいから選んだだけだ」


「それじゃあ動きやすくて可愛い服だったら問題はないのかな?」


「問題はないが……わざわざ新しく買いそろえる意義までは見いだせない」


「でも、アイ=ファちゃんたちは理事長さんのお宅のパーティにお呼ばれしてるんでしょ? そういう場に季節感を無視した格好で出向くのは失礼にあたるんじゃないのかなあ」


「この格好では、礼を失してしまうのであろうか?」


 アイ=ファが俺を振り返る。

 こうなると、俺も軽はずみには発言できなかった。

 この日本という国においては、確かに世間体というやつがけっこうな濃度でたゆたっているのである。


「うーん……失礼ってほどではないかもしれないけど……確かに、どうしてそんな格好をしてるのかって不思議には思われるかもしれないな」


 4月もじょじょに終わりへと近づいているが、やはりまだまだショートパンツの季節ではない。

 というか、ふともも丸出しのショートパンツというやつは、それほどこの国ではポピュラーな装いでないのだと思う。


「うん、あたしの言い分は一方的かもしれないけど、少なくとも多数派の意見だとは思うよ? ポリシーをもって着飾らない! っていうんなら文句はないんだけどさ。そうじゃないなら、多数派の意見に歩み寄ってもバチは当たらないんじゃないのかなあ?」


               ◇


 かくして俺たちは、昼の部の営業を終えると同時に駅前へと繰り出す結果になったわけであるが――この段階で、俺は玲奈の言葉にそれなり以上の正当性が存在していたことを思い知らされてしまったわけである。


 生活品の買い出しなどは、いつも学校の帰り道に済ませていた。

 ゆえに俺は玲奈と同様に、私服姿のアイ=ファと外を出歩くのはこれが初めてのことであったのだ。


 で――半袖の無地のTシャツにデニムのショートパンツというアイ=ファのいでたちは、否応もなく通行人の視線を集めてしまっていた。


 時節が真夏であったならば、こうまで人目を集めることはなかっただろう。

 だが、なんべんも繰り返している通り、現在はまだ4月なのである。


 女性陣の多くはけげんそうに眉をひそめていたし、男性陣の多くは、ちょっと後ろから頭を殴りつけたくなるような目でアイ=ファを見ていたように思う。


 何せ秀麗なる容姿をも有するアイ=ファなのである。

 中には、これは何かの撮影なのかな? とばかりにきょろきょろと視線をさまよわせている者までいた。


 むろんアイ=ファのほうは素知らぬ顔で歩いているのだが、本人がよければそれでいいという話ではない。少なくとも、一緒に歩いている俺などは相当やきもきする羽目になってしまった。


 特に男どもに対しては、そんなじろじろと人様のおみ足を凝視するんじゃねー! という心境だ。

 しかし、さらけ出しているのはこちらのほうなのだから文句も言えない。

 携帯電話のカメラ機能でこっそり盗撮を試みようとする不埒な輩を視線と表情で威嚇するのが精一杯だ。


(そうだよな。アイ=ファは海外育ちなんだ。ときには意見を押しつけるのが親切ってこともありうるのか)


 アイ=ファがこのように好奇と好色の視線にさらされてしまうのは、俺の神経が耐えられない。

 こうなったらもうアイ=ファには、何としてでも季節感満載のファッションで身を固めてもらう他なかった。


「……ところでさ、女物の服を買うなら、俺がついてくる必要はなかったんじゃないのかな?」


「んー? あすたちゃんは露ばらい役だよ。殿方が一緒に歩いてないと、アイ=ファちゃんなんて100メートルおきにナンパされそうじゃない?」


 そこまで考えて行動していたのか。

 これだからこの幼馴染は侮れない。


 そうこうしている内に、ファッションビルとやらに到着した。

 8階建てで、屋上にはビアガーデンのためのスペースとスケートボードパーク、地下には食品館とデイリーマーケットを有している。それ以外のフロアはすべて衣料店やら雑貨店やらCDショップやらで埋めつくされており、まあこのあたりでは一番規模の大きな若者向けの百貨店であろうと思われる。


 ただし、長らく人々に利用されてきたこのファッションビルも、ここ近年では業績不振が続いており、来年の秋には閉館が決定されてしまっているらしい。

 まったく世知辛いご時世である。


「はい、ご到着! ……ちなみにアイ=ファちゃん、ご予算はおいくらぐらいなのかしら?」


 ガラスの扉を押し開けながら玲奈が尋ねると、アイ=ファは「よくわからん」と首を振った。


「必要なものはこれで購入すべしと言われているが、無駄にはつかいたくないと考えている」


 そう言ってアイ=ファがショートパンツのポケットから取り出したのは、薄っぺらい革の札入れだった。

 そこに封入されていたのは、なんとクレジットカードである。


「なるほどなるほど。まあちょうど春物のバーゲンが始まった頃合いだし、上手い具合いに買いそろえましょ!」


 レディスのフロアは、2階であった。

 俺にとっては、完全に未知なる領域である。

 というか、若者御用達のこのビルに足を踏み入れたこと自体、俺は数えるぐらいしかなかったのだ。


「うわー、女性ばっかりだ。俺ひとり完全に場違いだな」


「そんなことないよ。ほら、カップルさんだってちょろちょろいるじゃん。あすたちゃんは、両手に花で幸せだねー?」


「……花……?」


 空手チョップを首筋に叩きこまれた。

 アイ=ファはどうにも関心のなさそうな眼差しで店内を見回している。


「あ、まずはあの店にしよう! あたしのお気に入りのブランドなんだけど、アイ=ファちゃんにはどうかなー」


 俺にはどの店が何なのやら、まったく違いがわからなかった。

 アイ=ファもひたすら困惑の表情である。

 ここは完全に玲奈の独壇場だった。


「どうかなどうかな? 気にいったのがあったら、どんどん試着してみようよ!」


「うむ……しかし、くどいようだが私には服の善し悪しなどわからぬのだ」


「そっか。それじゃあ、あたしがコーディネートしてあげるね!」


 喜び勇んで、玲奈が離脱していく。

 まあ、服飾というものに関心のない俺が言うのも何だが、玲奈にまかせておけば間違いはないだろう。あいつはいっつも華美すぎず地味すぎずの小洒落た服を着込んでいるので、ファッションセンスとかいう面はゆいものをそれなりに備え持っているはずなのである。


「……レイナは、気立てのいい娘だな」


 と、所在なさげに立ちつくしながら、アイ=ファがぽつりとつぶやいた。


「私は元来、騒がしい人間は苦手であるのだが、レイナの賑やかさは心地好いとさえ感じるときがある。それはきっと、あの娘の親切で温かい心情がその挙動ににじんでいるからなのであろうな」


「んー、まあそうだな。賑やかで親切な人間ってのは俺も同意見だよ」


「……そしてアスタは、何につけ私の意思を尊重しようとしてくれる。そんな2人があれこれと私の世話を焼いてくれている今の環境は――きっと私が感じている以上に得難いものなのであろう」


 そんなことを言いながら、ふいにアイ=ファはにこりと微笑んだ。


「私はお前たちに感謝しているぞ、アスタよ」


「そ、そういうことは玲奈に言ってやれよ。あいつはすごく喜ぶと思うぞ?」


 アイ=ファの笑顔は、いつも唐突すぎて心臓に悪い。

 アイ=ファは少し目をふせて、軽い力で俺の足を蹴ってきた。


「レイナにそのような言葉を伝えるのは、まだ少し気恥ずかしい」


「え、気恥ずかしいのか?」


「うむ。まだあの娘とはそれほど長い時間をともにしているわけではないからな」


 それでもやっぱりクラスメートなどと比べれば、玲奈に対しては打ち解けつつあるのだろう。

 俺にとっても大事な幼馴染である玲奈に、アイ=ファがそのような思いを抱いてくれるというのは――何だか、くすぐったくなるような喜びを喚起されるものだった。


「お待たせー! アイ=ファちゃん、試着室はこっちだよん」


 大量の服を抱えたレイナが、ちょこちょこと舞い戻ってくる。


「あたしが一緒に入ってお着替えを手伝うから、あすたちゃんはちょっと待っててね。……覗いたらお仕置きだよ?」


「そんな蛮勇の持ち合わせはないよ」


 というか、このような場にひとりで残されてしまうのにも、少なからず勇気が必要だった。

 店員のお姉さまがたはお行儀よく俺の存在を黙殺してくれているが、これはなかなかの試練である。


 などと考えていたら、試着室のカーテンの向こうから玲奈のでかい声が聞こえてきた。


「うーん、アイ=ファちゃんって本当にグラマーだよね! 同姓のあたしでもクラクラしちゃうなあ!」


「おい、聞こえよがしに余計なこと言うな。あと、死語も禁止な」


「ナイスバディのほうが良かった? ボンキュッボンとか?」


「いいからさっさと着替えてくれ。こっちは間がもたないよ」


「だから話しかけてあげてるんじゃん。……セクシーダイナマイツ!」


「やかましいわ!」


 アイ=ファのような突っ込みになってしまった。

 日本語も英語も堪能であるのに外来語は苦手なアイ=ファであるので、きっと本人はクエスチョンマークを浮かべながら着替えに専念しているに違いない。


「はい、第一弾の完成です!」


 試着室のカーテンがずばっと引き開けられる。

 それなりに心の準備はしていたのだが、それでもやっぱり俺は息を飲むことになった。


「どうかなー? コンセプトはね、ほのかにロックテイストを漂わせたガーリースタイル!」


 言葉の意味はよくわからなかった。

 とりあえず――似合っていないことは全然ない。


 ライトブルーのTシャツに、ファーのついた薄手のパーカー。フリルのミニスカートは膝上10センチで、ご丁寧にニーソックスまで履かされている。


 Tシャツといってもガーゼ素材で、胸もとにはデフォルメされたウサギと英字がラフなタッチで描き殴られている。なかなか攻撃的なデザインである。

 が、すそのあたりがほつれた感じになっている薄手のパーカーや、フリルを重ね合わせたような形状のミニスカートは、とても凝ったデザインでありながらカラーは黒一色であったので、全体的にはいい感じに引き締まって見える。複雑な形に結いあげられたアイ=ファの髪型とも、抜群にマッチしたいでたちであるようだった。


 まあ、はっきり言ってしまえば、無茶苦茶に可愛らしい。

 制服姿は見なれてきたものの、やはりアイ=ファが女の子らしい格好をしてしまうと、俺は不整脈にも似た感覚を胸中に覚えてしまうのだった。


「に、似合ってるよ。……だけどさすがにその格好で店の手伝いはできないだろうなあ」


「うむ。私もこういうひらひらした服は苦手だ」


 言いながら、アイ=ファは両手でスカートのすそをつまむ。

 その仕草がまた、反則的なまでに愛くるしい。


「お気に召さない? それでは第2弾に取りかかりましょう!」


 カーテンが再び閉ざされる。

 その間に、俺は呼吸を整えておくことにした。


「ところでさ、Tシャツやソックスって試着が許されるものなのか?」


「あー、だいじょぶだいじょぶ。あたしはこのお店の常連だから! 他のお客にバレなきゃオッケーって許可はいただいておりますことよ」


 親切というか、なかなかアバウトなお店であるようだ。


「とりあえずさ、季節感と動きやすさの他に、食堂の店員らしさってのも付け加えてくれよ」


「了解であります!」


「あー……玲奈、お前の性格はもう死ぬほどわきまえてるからな?」


「ん? どゆこと?」


「お次は今以上に女の子っぽい服で攻めてくる気だろ?」


「うわー、心外だなー。あたしがそんな騙し討ちみたいなことすると思う?」


「死ぬほど思う」


「大丈夫だってば! 幼馴染を信用しなさい!」


「信用できたら俺も幸せだよ」


「うわお、やっぱりダイナマイツ!」


「うるせーよ!」


 つい口が悪くなってしまった。

 玲奈のほうも、完全にギアが入ってしまったご様子である。


「はい、それでは第2弾です!」


「やっぱりな!」と、俺はわめくことになった。


 今度のアイ=ファは、ワンピース姿であったのだ。

 嫌味でないていどのフリルやリボンがあしらわれたクリーム色のワンピースに、パステルピンクのカーディガン。頭にはベージュ色のハットまで載せられており、女の子らしさも8割増しである。


 淡い色合いが、褐色の肌を際立たせている。何というか、避暑地で優雅に過ごす異国のお姫様みたいなたたずまいであった。


「頼むから、真面目にやってくれ……」


「えー? だけどすっごく可愛くない?」


 玲奈はたいそう誇らしげであり、アイ=ファは静かに俺を見つめていた。

 笑わば笑え、といった表情であるが、もちろんのこと笑えない。


「可愛いでしょ? 可愛いって言っちゃいなよ、ほら!」


「だから、可愛さどうこうじゃなくって、それじゃあ働きにくいだろって言ってんだよ!」


「うーん、だけどさ、仕事用とおでかけ用で2種類ぐらいは必要なんじゃない? これはおでかけ用のチョイスなのだよ」


 すると、アイ=ファはいくぶん申し訳なさそうな眼差しになりながら玲奈を見た。


「レイナ、私からも一言いいだろうか。……何というか、こういうふわふわした服を着ていると、私は身に力が入らないような心地になってしまうのだ」


「そっかー。やっぱりもうちょいカジュアルなほうがアイ=ファちゃんの好みなのかな」


 玲奈も腕を組み、考えこんでしまう。


「よし、ちょっくら待っててね! このお店ではこれで最後にするから!」


「あ、おい、玲奈――」


 ワンピース姿のアイ=ファと2人きりにされてしまった。

 アイ=ファはまたひどく静かな目つきで俺を見つめてくる。


「……何か言いたいことがあるならば、はっきり口にするがいい」


「べ、別に言いたいことなんてないぞ?」


「嘘をつけ。さきほどからずっと目が泳いでいるではないか」


 そう言って、アイ=ファは唇をとがらせた。


「私とて、自分がどれほど滑稽な姿をさらしているかは自覚しているつもりだ。ならば、はっきりとそう言われたほうが、まだしも気分は安らぐであろう」


「滑稽だなんてことは全然ないよ。似合いすぎててびっくりしたぐらいさ」


 俺は本心で言ったのだが、アイ=ファはまったく信用した様子もなく、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 これでは気恥かしさを抑えて本心を語った甲斐もない。


「お待たせ! 今度は自信作だよ!」


 玲奈がまた両手に衣類を抱えて戻ってくる。

 そうして3度目の試着が始まった。

 3度目の正直か、2度あることは3度あるか、決着の時である。


「ねー、思ったんだけどさー」


「うん? 今度は何だよ?」


「仕事用の服は、デニムパンツをショートからロングにするだけでいいんじゃないかなー?」


「ああ、全然それでもかまわないぞ、俺は」


「それなら量販店でいいよね。たしか5階に安いお店があったはずだから、そこで探そう!」


「何だよ、お前がまともなことを言い出すと気味が悪いな」


「ダイナマイツ!」


「おい」


 何だかこの十数分でめっきり疲れてしまった。

 この後も仕事を控えているのに、俺たちは大丈夫なのだろうか。


「はい、第3弾の完成です!」


 俺は力なく振り返る。

 そうして、思わず「へえ」と言ってしまった。


 雰囲気は、最初のやつと同系統である。

 パーカーとTシャツとミニスカートの組み合わせだ。


 ただしパーカーはスタジアムジャンパーのようなデザインで、胴体と袖とでカラーリングが異なっており、胸もとや背中には色々なワッペンが張りつけられている。

 そのぶんTシャツのほうはシンプルで、スカートはワインレッドのチェック柄だ。丈はさきほどと同じぐらいでも、普通の布素材なのでふわふわとはしていない。


「これは、なかなかいいんじゃないか?」


 全体的にカラフルな装いであるのに、けばけばしくはない。

 適度にカジュアルだが、膝上10センチのスカートが女の子っぽくて可愛らしい。


 また、ワンピースとの落差からか、俺もそこまで落ち着かない心地を誘発されることもなかった。

 ただひたすらに、本当にこの娘さんはびっくりするぐらい容姿に恵まれているんだな……という思いを噛みしめさせられるばかりである。


「このスカートなら生足でもニーソでも黒タイツでも合うだろうし、このパーカーならデニムとも合わせやすいと思うんだよね。着回しの良さまで考慮してコーディネートしてみました!」


 そして玲奈は、その手に持っていた帽子をアイ=ファの頭の上に載せた。

 カーキ色の、キャスケットとかいう種類だろうか。ちょっと大きめのハンチング、といった感じのデザインだ。

 その帽子も、今の装いにはとてもよく似合っていた。


「コンセプトは、アメリカ風とイギリス風をハイブリッドさせたガーリー&カジュアルね! これはかなりの自信作!」


 相変わらず言葉の意味はわからなかったが、とりあえず俺も異存はない。


「どうだろー? アイ=ファちゃん的にはどんな感じ?」


「私に善し悪しはわからない。しかし――」


 と、アイ=ファの瞳がじっと俺を見る。


「レイナとアスタがともに問題はないと考えるなら、その言葉に従ってみようと思う」


 そうしてようやくアイ=ファのよそゆき衣装は完成された。

 帰り道はその格好で辿ったので、アイ=ファが好奇や好色の目で見られることもなくなった。


 が――それはけっきょく憧憬や賛美の視線に転化しただけで、視線の質量と熱量はむしろ増大したぐらいかもしれなかった。


 量販店で購入したデニムパンツの袋を小脇に抱え、颯爽とした足取りで人混みを歩きながら、アイ=ファがそっと口を寄せてくる。


「アスタ。本当に私は滑稽な姿になってはいないか?」


「う、うん、大丈夫。おかしな目で見られてはいないから心配するな」


「この格好は、私に似合っているか?」


「……似合ってるよ。大丈夫だって」


「そうか」と言ったきり、あとは《つるみ屋》に帰還するまで、アイ=ファは口を開こうとしなかった。


 心なし――その横顔には、何だか機嫌のよさそうな柔らかい表情が浮かんでいるように感じられてならなかった。

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