共鳴
さくさくと砂を踏んで、彼は灼熱の太陽の下をひたすら歩いていく。
見渡す限りの砂の海に日陰など存在しないので、フードつきのマントをかぶり、顔の下半分も布で覆われている。そのため、はたからはその冷然とした目元しかうかがうことはできなかった。
そして彼のすぐ後ろには、同じような姿の少年がもう一人。
「……それで?」
不意に、彼は立ち止まった。同行者の少年も一歩分遅れて足を止める。
「『それで』?」
「いつまでついてくる気だ」
「言ってるじゃない。『いつまでもどこまでも』」
「……」
「あ、なんかヤな顔された」
彼は答えず、また足早に歩き出した。
「あれ、怒った? ……怒ってない? どっち?」
「……怒ってはいない」
「じゃあよかった」
仮に「怒っている」と言ってみたところで、少年の態度は変わるまい。それは彼もいやというほど深く理解している。
理解できないのは、なぜ、相手が自分についてくるかということだ。
「え? まだ説明してなかったっけ?」
彼の心中の声が聞こえでもしたように、少年は素っ頓狂な声を上げた。
「覚えがない」
「そういえば……まだだったかもね?」
こいつは、と思いつつ、疲れるので突っ込まない。
少年はうんうんと勝手にうなずいた。
「あっははは、そっかー。じゃあこの際だから、ちょっと語っちゃおっか――」
「っ!」
聞き終える前に、彼は跳んだ。
どっと砂が盛り上がる。その中から姿を現したのは『王砂蟲』。環状の鋭い牙を持ち、人の背丈の3倍ほどもある肉食サンドワームだ。
「うわー、大物!」
叫んだ少年は、すでにちゃっかり退避していた。彼は一つ舌打ちしてからすらりと片刃の剣を抜いた。
王砂蟲が頭に突き刺さるような鋭い鳴き声を放った。それは獲物をマヒさせる効果を持つ。しかし彼は、口の中に仕込んでいた薬草を噛みつぶしてしのぎきり、助走をつけて大きく跳躍した。
上段に剣をかざす。鋭い呼気とともに、刃を蟲の体に振り下ろす。
落下の勢いを味方に、剣は蟲の口から尾までを一気に切り裂いた。
――――――――――――ッ!
半分ずつの蟲が両側に崩れ落ちた。砂埃を上げながらしばらくの間のたうって、それも徐々に静かになる。
彼は蟲の動きが完全に止まったことを確認してから、剣に付着した蟲の体液を砂でぬぐい、ぱちんと鞘に戻した。
「お疲れー」
「……。お前」
「言いたいことはわかってるよ? でもいいじゃない、君一人でどうにかできちゃうのはわかってるんだからさ」
あはは、とひとしきり笑ってから、少年はふと真顔になった。
「あの時も……ちょうど、こんな感じじゃなかったっけ」
砂をすくおうとしていた手を止め、彼は少年に目を向けた。
「あの時?」
「初めて会った時。君は盗賊に襲われて、それを返り討ちにしてた」
あまり思い出したくない場面だった。彼は眉根を寄せた。
すると少年は、遠くを見るような目になった。
「僕が到着したのはちょうど全部終わったところで。君の手は、赤くて……」
ちょうど今、蟲の体液で濡れているように。彼はそれを砂で乱暴にすり落とした。
「こっちは、お前があそこで急に泣き出したことに驚いたんだが」
「うん。そうだったね」
彼の皮肉に臆面もなくうなずいた少年は、にっこりと、最上級の笑顔を見せた。
「それが理由だよ」
「は?」
「ホントはわかってるんでしょ? あの時、本当に泣きたかったのは――」
「……」
「僕には昔から不思議だったことがあってさ。わけもなく心が動いて、自分じゃコントロールできないんだ。それが一目君を見た時に、『ああ。この人だった』、ってね」
少年がずいっと顔を寄せてくる。自分の胸を示しながら、少し、声を低めた。
「探してたんだ、ずっと。――この胸に共鳴する『誰か』を」
彼は少年を見返して。
理解しようとする努力を放棄した。
「あ、ちょっと! 僕せっかくいいこと言ったのに!」
ため息とともにまた歩き出した彼を、少年があわてた様子で追ってくる。
「どこがいいことだ」
「だってさー」
「もういい。運命論は信じない」
「……え?」
ちらとだけふり返ると、少年がきょとんと目を見開いていた。それから、本当に不思議そうに首を傾けた。
「なんだ」
「『運命』って……ちょうど、言おうとしたとこだったけど。もう口に出したっけ?」
「!」
しばし、沈黙。
「…………バカバカしい!」
彼は心の底から吐き捨ててまた歩き出した。少年が全開の笑顔でそれを追いかける。
「ねーねー、待ってよーっ」
「うるさい」
「静かにしてたらついてってもいいの?」
「……」
「あれ?」
「――勝手にしろ!」
彼は口元の布をしっかりと巻き直した。
初めてできた同行者に、今、顔を見られたくなかった。
END




