赤い線
「先生、この実験体は何故泣いているのですか?」
泣いていないよ
彼女は寝ているのさ
恐い夢でもみているのだろう
大丈夫、私がいてあげるから
ゆっくり深呼吸をしなさい
膝の上に頭を乗せて嗚咽を漏らす彼女を、周りの研修生に見えないよう白衣で隠す
彼女はとても辛いのか、腕で隠している顔から涙を流す
下唇を歯で噛み、声が漏れないよう必死に堪えている
私は覗き込む研修生達に振り返り、人差し指を唇に当てた
研修生も周りと顔を見合わせ私を真似る
いい子達だ
笑みを浮かべ、再び彼女へと視線を向ける
彼女は眠っていた
泣きつかれてしまったのだろう
安らかに休息できる事を願う
女にしては短い髪の毛に優しく触れる
どうか、私の事など気にせず生きてほしい
この喉が潰れてしまったのは貴女のせいではないのだから
貴女は操られていただけだ
傷痕は一生残る
けれど、包帯で巻けば貴女には見えない
けれども貴女は悲しむ
私はどうすれば貴女を泣き止ませられるだろう
実験体として貴女を隔離し、呪いを解いたのに
誰も貴女を蔑まない環境を創ったというのに
だけど、髪の毛をむしり取る自傷行為を止めさせる為に、あんなに綺麗だった長い髪はこんなに短くなってしまった
爪を噛む癖、肌を引っ掻く自傷行為を止めさせる為に、常に短く切り揃えている
どんどん貴女は昔の面影を自ら消してしまう
「――――」
口を開けても、やはり言葉はつくれない
パクパクと魚のように口が動くだけ
伝えたい言葉があるのに、私には不可能なのだ
「先生、傷が開きますよ」
そうだね
君達はそろそろ戻って良いよ
私はもうしばらく、彼女と共にいる
「わかりました」
ヒュン
研修生達は足元から消え、代わりに私の手の平に色違いのビー玉が四つ
それをズボンのポケットに入れ、白衣を脱いで彼女に掛けた
静かな部屋に、彼女の寝息がよく聞こえる
退かした腕からは今だ涙が頬をつたう
やつれてしまった美しい顔が、ガーゼや絆創膏などで痛々しい
手首には赤い線がいくつも並んでいる
私より一回り細い手首にそっと口づけた
この傷口から、私の思いが彼女の中を流れるように
冷静に考えれば愚かな願望だが、私にも夢くらいみさせてほしい
唇に出来る時までは、眠る貴女の傷口に