冤罪で性犯罪者認定された俺は女のいない流刑地で賢者タイムに突入する
「ヨハン。お前がリーゼロッテ王女を襲ったというのは本当なのか?」
カール・ファウスト公爵は憔悴した表情で息子にそう訊ねた。
場所は公爵家の執務室。時刻はもう深夜で光源は机の上に置かれたランプのみとなっていた。淡い炎の輝きが暗闇の中に親子の姿を照らし出す。
「誤解です。ただその、私にも何が起きたのかよく分かっていなくて……」
「…………」
息子ヨハンの言葉に公爵は続きを促すように頷いた。
「私がリゼ──いえ、リーゼロッテ王女に呼ばれて彼女の研究室に入ると、そこで殿下は突然服をはだけて悲鳴を上げたんです。その後、悲鳴を聞きつけた兵士たちが駆けつけて私は捕らえられて……先ほど父上に迎えにきていただくまで王宮の地下牢に入れられていました」
「そんな突拍子もない話を信じろと言うのか?」
「…………」
公爵の言葉にヨハンは感情を殺した顔で黙り込む。そんな息子の姿に公爵はかぶりを横に振って続けた。
「……いや、すまん。私も信じたいのだ。だが現実に目撃者がいて当の王女殿下も襲われたことを否定しておられない。私が信じたとしても意味がないことは理解できるな?」
「はい」
ヨハンは父の苦しい立場と心情を正しく理解していた。公爵は顎の下で手を組み、鬱々とした表情と声音でヨハンに彼が置かれた状況を説明した。
「王女に醜聞が立つことを恐れて王家は今のところお前の処分を保留しているが、王族を襲ったとなれば本来極刑は免れん。いかに当家が王家と縁続きであり、お前が王女殿下の婚約者候補であったとしてもお咎めなしとはいかんだろう」
「…………」
こうしてヨハンが保釈されたのは、父が王家に掛け合ってくれたことは勿論だが、ことを荒立てて事件が表沙汰になることを王家が嫌ったことが大きく影響している。だがそれは一時的なものだ。王家の権威を護るためにも、いずれヨハンに厳しい処分が下ることは誰の目にも明らかだった。
「いったいどうしてこんなことに……」
「…………」
頭を抱えて嘆く父を前にヨハンはただ溜め息を堪えることしかできなかった。
ヨハン・ファウスト。16歳。彼はファウスト公爵家の次男で、黒髪に深い紫電の瞳を持ついかにも陰気そうな雰囲気を漂わせた少年だった。
実際に人付き合いは大の苦手。貴族として必要なことと割り切れば社交もそれなりにこなすことは出来るが、終わると精神疲労で動けなくなってしまうタイプだ。その為、普段は趣味の錬金術の研究に没頭し、極力人との関りを断って生きてきた。
リーゼロッテ王女はそんなヨハンの同い年の幼馴染だ。リーゼロッテは表向き真面目な優等生で通っていたが、実際はヨハンと同じでかなりのコミュ障。何だかんだ気の合った二人は魔術や錬金術の研究のていで引き籠る陰キャ仲間として親しくしていた──少なくともヨハンはそう思っていた。あの事件が起きるまでは。
突然目の前で服をはだけ、顔を真っ赤にして悲鳴を上げたリーゼロッテ。彼女のせいでヨハンは現在、王女に襲い掛かった性犯罪者と認定されてしまった。
本当に何故こんなことになってしまったのか分からない。仮にリーゼロッテが心の奥でヨハンを疎ましく思っていたのだとしても、それならそう言えば済む話だ。わざわざこんな冤罪をきせる必要があるとは思えなかった。
一応ヨハンは年齢的なつり合いと立場からリーゼロッテの婚約者候補に名前が挙がっていたが、それはあくまで候補。政治的な駆け引きもあってリーゼロッテの婚約者は未だ保留のままとなっている。これが仮にヨハンが正式な婚約者だというなら、それを嫌がったリーゼロッテが彼を罠に嵌めたという線も考えられなくはないが、現時点でそんなことをする必要はどこにもない。
どうしてこんなことに──それがヨハンの嘘偽りのない心情だった。
公爵はおもむろに顔を上げヨハンに告げた。
「……ともかく、お前をこのままにしておくわけにはいかん。王家に対し誠意を示すために、お前を我が家から除籍しアヌヴンに追放する」
アヌヴンとは王国の北の果てにある流刑地。凶悪な魔物が跋扈し一度入れば二度と生きて出てこれないとされる魔境だ。
決して軽い処分ではない。しかしこのまま家に残ればヨハンは王家から死を賜る可能性が高い。であればまだ流刑地に送られた方が生き残る目があるし王家に対する面目も立つ。これが父にできる精一杯の措置だと理解し、ヨハンは深々と頭を下げた。
「……父上。今までありがとうございました」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ヨハン様。目的地が見えて参りました」
公爵との最後の対話から五日後。公爵家を除籍されたヨハンは彼を移送する馬車に揺られ流刑地へと向かっていた。
御者の声にヨハンは馬車の小窓を上げて外を見る。すると馬車の進行方向には巨大な長城がそびえ立ち大地に楔を打っていた。
──あれが魔獣と罪人を封じ込める蓋か。
流刑地アヌヴンは大陸から突き出した細い半島だ。半島内は危険な魔獣の生息地となっており、それを封じ込めるために300年前にああして長城を築いたのがこの地の始まり。その後、誰が思いついたのか直接死罪とするには差し障りがある罪人の流刑地として用いられるようになり現在の形が出来上がった。
以降、この地に入って出てきた者は一人もいないし、中がどうなっているのか王国も正確には把握できていない。
ただ罪人が流刑地内で数を増やすことがないようにと、アヌヴンに送られる罪人は男しかいないと聞いている。性犯罪者扱いされたヨハンを送り込むにはピッタリの場所で、これならきっと王家も留飲を下げてくれるだろう。
そして二度と女に関わりたくないと思っていたヨハンにとってもこれほど都合の良い場所はない。
小窓を下ろし、静かに馬車に揺られて到着を待つ。すると再び御者の声が聞こえた。
「……これは独り言ですが、私は公爵閣下からヨハン様を長城に送り届けよと言われただけで、そこから先は何も指示を受けておりません」
御者の言葉に苦笑が漏れる。つまり父は暗に逃げても追わないと言っているのだ。ヨハンは答えた。
「……そうか。ではこちらも独り言だが、この期に及んで公爵家に迷惑はかけられん。お心遣いに感謝するとだけ伝えてくれ」
「…………」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──ズズズズゥン……
ヨハンがアヌヴンの地を踏むと同時、その背後で長城に設けられた門が閉じられた。長城は強固な結界によって守られており、これを内側からこじ開けようと思えば軍一個師団か高位魔導士がダース単位で必要になるだろう。
しかしヨハンは自分が一生この地から出られないことなど気にも留めず、のんびりと辺りを見渡した。
長城の中は広々とした草原が広がっていた。半島の奥には緑の深い森が点在しており恐らくあの辺りが魔獣の棲み処だろう。あまり近づきすぎると危険だが、この近辺の大地は乾いており、水場や食料などを求めるならある程度リスクをとって奥に進まねばならない。見渡す限り人気はなく、道や集落なども見当たらない。どうしたものかとヨハンが考えていると、獲物の気配を察して早速魔物が集まってきた。
──ドドドドドドドッ!
最初に近づいてきたのは体長5メートルはありそうな巨大な蜥蜴だ。ドラゴンの亜種と言っても通じそうなその魔獣は舌をチロチロ伸ばし、その巨体から想像もつかない機敏な動きでヨハンに突撃してきた。
「……はぁ。面倒だな」
しかしヨハンは動じることなく億劫そうに溜め息を吐く。
ヨハンがこの地に送られるにあたって物の持ち込みは一切禁じられていなかった。それはヨハンが貴族だからではなく、この地の罪人に共通するルール。魔獣に対し身を護る手段ぐらいは許してやるという最後の恩情だった。
彼が持っているのは曲がりくねった木製の杖と頑丈そうな革の背負い袋の二つ。背負い袋はそれほど大きなものではなく最低限の服や生活雑貨を詰め込むので精一杯に見える。服装も動きやすそうな旅装の上からローブを羽織っただけの軽装だ。
──SHAAAAA!!!
ヨハンは大蜥蜴が20メートルほどの距離に近づいたところで冷静に杖を一振りした。
──ドゴォォォォンン!!
すると杖の先から人一人丸々呑み込んでしまいそうな太さの電撃が地面から水平に伸び一瞬で大蜥蜴を黒焦げにした。
少しでも魔術の知識のある者なら無詠唱で放たれたそれがヨハン本人の魔術ではなく杖にチャージされたものであったことに気づいただろう。そしてさらに踏み込んだ知識があれば、これほどの魔術を行使できる魔道具がある筈がないと目を疑ったかもしれない。
「さて……」
大蜥蜴が完全に炭化している。だが周囲にはまだ他に自分を狙っている魔物が山ほどいた。
「面倒だし飛んでいくか」
そう言ってヨハンはバッグの中から飾り気のない銀の指輪を取り出し左手人差し指にはめる。
──フワ……ッ
【飛行】の呪文が封じられたその指輪はヨハンの身体を高々と宙に運んだ。
『────!?』
10分ほど飛行し、ヨハンは半島の中ほどに小さな水場を見つけて降下する。
そこは小さな丘の麓で丘の中腹から湧水が沢を作っていた。比較的平坦な大地が広がっており、少し離れた場所には広葉樹の森が見えた。
「ふむ……中々よさげな場所だけどここにも人の気配はないな」
空から見渡した限り、アヌヴン内部に魔獣の姿はあれど人の姿や集落などは見当たらなかった。それなりの数の人間が送り込まれている筈だが、やはりこの環境で人が生き抜くのは難しいということか。それとも危険を避けるためにもっと分かりにくい場所に住んでいるのだろうか。
「──ま、どうせ罪人だし、いないならいないで構わないけどね」
ヨハンは背負い袋を地面におろすと、口を開けて中から物を取り出した。
大き目の鍋にカラフルな色彩の薬剤が入ったガラス瓶が数個、それから赤い液体の入った壺とその中に漬けられた生々しい白い人形。見た目からはとてもこの背負い袋の中に納まる容量ではなかったが、この背負い袋は『無限の鞄』と呼ばれるマジックアイテム。袋の中には亜空間が広がっていて、小さな小屋が丸々入るぐらいの容量があった。
「ふんふ~ん」
ヨハンは鼻歌を歌いながら鍋の中にガラス瓶の薬剤を流し込み、更に壺に漬けられた白い人形を九つ投入する。
──ゴポゴポゴポ……ッ
すると鍋の中で人形はあっという間に膨れ上がり、あっという間に成人サイズの人型に成長した。
──ムクリ
人型はパチリと目を開け、立ち上がる。そして九体が同時にヨハンの前に傅いて言った。
『マスター、ご命令を』
それは錬金術の秘奥の一つ、自立行動可能な完全体のホムンクルスだった。彼らは透き通るような白い肌に灰色の髪と青い目、中性的で完璧な美貌を持っていた。しかし彼らの胸と下半身には人間の男女を分けるものが存在せず、人とは全く違う生命体であることを示していた。
ヨハンは背負い袋の中から彼らの為の執事服を一式取り出して言った。
「取り敢えず服を着ろ」
『はい』
言われるがまま服を身にまとうホムンクルスたちにヨハンは続けて告げる。
「お前たちの名前はフレンだ。個体名を区別する場合は今着ている服の胸に刺繍した番号で呼ぶ」
『はい』
「最初の命令だ。1番から4番は俺の護衛、5番から7番は水と食料の確保、8番と9番は錬金術に使えそうな素材がないか周辺を調査してこい。道具は使用者権限Bまでのものであればバッグの中の物の使用を許可する。必要な知識は記憶領域の3番ストレージを参照しろ」
『はい』
ホムンクルスたちはヨハンの命令に従って即座に動き出した。
ヨハンはそれに満足そうに頷くと自身はバッグの中から掌大の金属の箱を取り出し、それを地面に放り投げた。
──ズドォォォン!!
すると金属の箱は轟音を立てて高さ9メートル、縦横6メートルほどの鉄製の塔へと変化した。携帯要塞──これもヨハンが製作し持ち込んだ魔道具の一つである。
「それじゃ俺は一旦休むから、明日の朝になったら起こしに来てくれ」
『はい』
「──それと言い忘れたが、万一人間を見つけたら殺すな。情報が欲しいから襲ってきても捕獲しておけ」
『はい』
ホムンクルスたちにそう言い残してヨハンは携帯要塞の中に入っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アヌヴンへの流罪……名目は公爵家に連なる貴族としてあまりに不適格な言動を繰り返していたため、か。カールめ、先手を打ってきたな」
アーランド国王ハインツ三世は王宮の自室でファウスト公爵から送られてきた手紙に目を通しながら「悪くない」と独り言ちた。
ここ数日、ハインツ三世は娘のリーゼロッテに降りかかった事件にどうケジメを付けるか頭を悩ませていたが、それが妥当な決着を迎えたことにホッと肩の荷を下ろした。
事の発端は五日前、ファウスト公爵家の次男ヨハンが、第二王女リーゼロッテに襲い掛かったことだ。幸いにも未遂に終わりはしたが、王族に対しこのような蛮行に及んだヨハンを許すわけにはいかない。ヨハンは王家とも遠縁でリーゼロッテの婚約者候補にも名が挙がっていた一人。リーゼロッテの信頼を裏切った罪は重く、国王としても一人の父としても八つ裂きにしてやりたい思いだった。
だがファウスト公爵家はアーランド王国の重鎮であり、王家としても気を遣わなければならない相手だ。また話を大きくすればリーゼロッテがヨハンに疵物にされたなどと言った醜聞が流れ、リーゼロッテの将来に影を落としかねない。さりとてこの一件をなぁなぁで済ませれば王家の威信に瑕がつく。ハインツ三世は公爵家の出方次第では暗殺者を送り込み非公式にヨハンを殺害することも検討していた。
そうした事情を踏まえるとファウスト公爵の対応は悪くなかった。一度入れば二度と帰ってこれないとされる魔境アヌヴンへの流罪。ヨハンはそのまま野垂れ死ぬ可能性が高いし、仮に生き延びたとしてもそのような地獄のような環境で一生を送るというのは人によっては殺すよりも思い処罰と言えるかもしれない。王家の溜飲を下げるには十分で、リーゼロッテに醜聞が流れることもないだろう。公爵家が自発的にしたことなので王家との間に禍根が残る可能性も低い。ファウスト公爵としても直接息子の死を見るより生の希望を持てるだけ罪悪感が少なくて済む。
「妥当な所か」
ハインツ三世は改めて独り言ちた。今すぐ許すわけにはいかないが、これなら時間を置いて公爵家と和解の場を設けても良い。
「後はリゼだな……」
リーゼロッテは事件以降ショックで自室に引き籠っていた。詳しい話を聞こうにも「何も聞かないで!」と叫んで取り付く島もない。目に入れても痛くない愛娘の様子にハインツ三世は心を痛めていた。
──コンコンコン
「陛下。リーゼロッテ殿下がお見えです。陛下にお話したいことがあると」
「なに!?」
自室のドアがノックされ、侍従長が告げた言葉にハインツ三世は目を丸くした。
「すぐに通せ!」
ほどなくしてドアを開けて久方ぶりにリーゼロッテが姿を見せた。長く美しい銀糸の髪に白い肌。泣きはらしていたのか青く澄んだ瞳が今は少し腫れぼったく見えた。
「おお、リゼ……! 元気そうで良か──」
「あの、お父さま。ヨハンのことでお話があるのだけれど……」
父の言葉を遮り、リーゼロッテは仄かに頬を赤らめてそう切り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「マスター。マスター、起きてくださいマスター」
「んあ……」
携帯要塞二階のプライベート空間に備え付けられたベッドで思う様惰眠を貪っていたヨハンは、身体を揺らす振動と聞き慣れない声に重たい瞼を開ける。するとそこには執事服を着た中性的な美貌のホムンクルスの姿があった。
「……フレンか」
「はい。フレン1番機です」
フレンと名付けられたホムンクルスシリーズの一体は無表情にそう返す。そこに誇らしげな色が見えたのは造物主としての贔屓目だろうか。
「マスター、ご起床の時間です」
「……………………分かった」
ヨハンは無視してこのまま眠り続けたいとも思ったが、いきなり命令を撤回するのはフレンたちの教育に良くない。またこの地での新生活のためにやっておかなければならないことは幾らでもあった。
ヨハンはもぞもぞと下着姿でベッドから這い出し、放り投げていた服を身につける。実家にいた頃は使用人が着替えを手伝ってくれていたが、まだ生まれたばかりのフレンはジッとこちらを見つめていた。手伝うように教育しようかとも思ったが、流刑地で身なりを気にすることもあるまいとすぐにその考えは撤回した。
「行くぞ。俺の就寝中、何か変わったことはあったか?」
壁に沿って設けられた階段を下りながらヨハンはフレンに訊ねた。
「ございません。全機指示されたタスクは完了しております」
指示されたタスクと言うと、護衛、食料と水の確保、錬金術に使えそうな素材の調査の三つ。
「朝食の準備は済んでいるか?」
「いえ」
「素材の調査結果は?」
「8番機がサンプルの整理を、9番機が報告書を作成しております」
「分かった」
フレンたちホムンクルスは指示したことは完ぺきにこなすが、それ以外は融通が利かない。ヨハンはこのあたりは要改善だなと頭の中のメモ帳に記しつつ、携帯要塞の扉を開けて外に出た。
「た、助けてくれぇ……」
「ぅ……ぁ……」
「────」
ヨハンの目にボロボロの様子で縛られたむくつけき男たちの姿が飛び込んできた。恐らく彼らはこの流刑地に送り込まれた罪人だ。こちらを見つけてちょっかいをかけてきたところを、フレンたちホムンクルスに返り討ちにされたといったところか。相当こっぴどくやられたのだろう。彼らがフレンを見る目には強烈な恐怖が滲んでいた。
これが2、3人なら驚きはしないが数が多い。ざっと見た限りで30人前後の男たちが縛られ地面に転がされていた。
「……こいつらは?」
「襲撃者です。ご指示通り殺さず捕獲しました」
淡々と1番機が答える。
「そうか。次からは襲撃者は『変わったこと』に分類するように」
「かしこまりました」
「うめぇ! うめぇよ……!」
「かぁぁっ! 火の通った肉喰うなんざ久しぶりだな、おい!」
「おい、こら! それ俺の肉だぞ!?」
「ばぁ~か! 早い者勝ちだよ!」
一時間後、拘束から解放された罪人たちが焼かれた鹿や猪の肉に目の色を変えてかぶりついていた。その横ではフレンたちが今も肉を捌き、調理を続けている。
ヨハンは少し離れた場所で折り畳み式の椅子に座り、果物を齧りながらそれを呆れた表情で眺めていた。罪人たちからこの地の情報を聞くにしても、多少は打ち解けてからでなくては話になるまいと食料を分けてやることにしたのだが、罪人たちはフレンたちが一晩がかりで集めてきた食料を遠慮も慎みもなく食い尽くそうとしていた。別に肉などまた集めてくればいいだけなので構わないが、彼らは自分たちが返り討ちにあって殺されても文句の言えない立場だという自覚がないのだろうか?
──いや、そんなことを気にする余裕も無いくらい腹が減ってたってことなのかもな……
ヨハンが彼らの食事風景を観察していると、一足先に食事を終えた小柄な老人がヨハンに話しかけてきた。
「襲い掛かったことを見逃していただいただけでなく食料まで分けていただき、まことにありがとうございます」
「構わん。えっと──」
「オルドリックと申します。この者たちのまとめ役のようなことをしております」
オルドリックと名乗った老人の所作は洗練されており、元は相応の知識階級に属していただろうことが見て取れた。丁度いいとヨハンは彼に話しかける。
「お前らを見逃したのは善意でも親切心でもない。お前らからこの土地の情報を聞くためだ」
「理解しております。どうぞ何なりと聞いてください。もっとも我々が御身の望む知識を有しているかは保証いたしかねますが」
オルドリックはヨハンが貴族であることを察して恭しく頭を下げた。
「早速だがこのアヌヴンにはお前らを含めてどれくらいの人間がいる? 空から見た限り集落のようなものは見当たらなかったが、お前らはどこに住んでいるんだ?」
「集落はありません。私の知る限り、この地に住んでいるのはここにいる34名で全てです」
「!」
オルドリックは即答した。その内容にヨハンは目を丸くする。
「驚かれましたか?」
「まぁ、な……いや、厳しい環境であることは知っていたから人数については驚かんが、集落がないというのはどういうことだ?」
程度の差はあれ人がいれば自然と集落が出来上がるモノだろうと考えていたヨハンは首を傾げた。
「集落をつくっても強力な魔物に襲われれば放棄せざるを得ないのですよ。この地には我らでは手も足も出ない化け物が多すぎます。どれほど防備を固めても壊される時はあっという間。であれば最初から身軽にしておいた方が喪失を嘆く必要もなくて済みます」
オルドリックの表情には実際に何度も喪失を経験してきたのだろう悲哀と諦念が滲んでいた。
ヨハンは彼らの境遇に同情するつもりはなかった。彼らは罪人としてここにいる。ひょっとしたらヨハンと同じように冤罪をかけられた者もいるかもしれないが、そこまで気にしてやる義理はなかった。ただ純粋に、彼らから実りのある話を聞くのは難しそうだ、と胸中で溜め息を吐く。
「…………」
ヨハンが黙り込んだのを見て今度はオルドリックの方から質問をしてきた。
「貴方様はさぞや高名な魔術師とお見受けしますが、お名前をお伺いしても?」
貴族なのかと聞いてこなかったのはヨハンの事情に踏み込んで刺激することを恐れたためだろう。
「ヨハンだ。それと俺は魔術師じゃない。錬金術師だ」
「は……」
ヨハンの言葉にオルドリックはピンときていない様子だった。
錬金術は魔術の一分野で、一般人から見てその区分けは曖昧だ。錬金術は霊薬の調合や物質の錬成や加工、魔道具の製造など「ものづくり」全般を包含し、魔術師であれば全くこれに触れないということはない。また錬金術には魔力や魔術の知識が必要とされるため、魔術の使えない純粋な錬金術師は存在しなかった。実際にヨハンも魔術を習得している。しかしヨハンの魔術師としての技量は辛うじて一人前に手が届くかどうかと言ったところ。一方、錬金術に関しては公爵家の伝手などで昔から高度な魔道具や知識に触れる機会に恵まれ、高価かつ稀少な素材や設備を思う存分に使うことが出来たため、ヨハン本人も一流と自負できるだけのレベルに達していた。そうした事情からヨハンは自身を魔術師ではなく錬金術師と自認していた。
「ま、区別がつかんならそれでも構わん。改まって何の話だ?」
いつの間にか他の罪人たちも食事の手を止めてヨハンとオルドリックのやり取りを見守っていた。
「ヨハン様はこれからどうされるおつもりですか?」
「どうと言われてもな……」
ヨハンは彼らが何を求めているのか考えながら答えた。
「ここから連れ出してくれと言いたいなら無駄だぞ? 俺は罪人として余生をこの地で過ごすつもりだし、仮にアヌヴンから出ることがあったとしてもお前らを連れて行く理由はない」
「承知しております」
オルドリックは不満の色一つ見せずに頷いた。
「私が申し上げたいのは、ヨハン様がこの地で暮らしていくのであれば、我々をお傍に置いていただけないかということなのです」
なるほどそっちか、とヨハンは納得した。
「つまりお前は、自分たちを庇護してくれと言いたいわけだな?」
「ありていに申し上げればその通りです。勿論ただでとは申しません。お聞き届けいただけるのであれば、我ら一同ヨハン様に忠誠を誓います」
「ふ~ん……」
ヨハンが他の罪人たちに視線を向けると、彼らもオルドリックの言葉に異論はないらしく縋るような視線をこちらに向けていた。
「何卒」
懇願にヨハンは天を見上げて思考した。
──どうしたもんかねぇ。正直なとこ、罪人なんざ近くに置いときたくねぇんだけど……
ヨハンは特に他人の助けを必要としていない。人手に関してはホムンクルスがいれば何とかなるし、何なら話し相手だってそっちで事足りる。事足りてしまうのは人としてどうかと思うが、足りてしまう。
また罪人たちを抱え込むのは足手まといになるだけでなく、コミュ障のヨハンにとってはストレスの元だ。裏切られるリスクもあるし何もいいことがない。これで彼らが罪のない一般人なら助けてやろうかという気持ちにもなろうが、罪人相手では同情する理由もない。ここにいる罪人は政治犯なども多く必ずしも悪人とは限らないのだがヨハンはそうした事情を知らなかった。
実利面でも感情面でもヨハンが彼らを傍に置く理由が見当たらない、が。
──ああでも、こいつらを無視したり排除したりしても罪人は次々送り込まれてくるわけだし、こういうストレスは無くならないんだよなぁ。ならこいつらを手下にして、そういう厄介事の緩衝材にするってのは一つの手か? それに人手が増えれば農業なんかも始められるかもしれんし……
『…………』
必死そうな罪人たちの表情を見てヨハンは嘆息する。
「──ま、いいだろ」
『おお……っ!』
「ただし一つ条件がある」
『!』
ヨハンはホムンクルスの一体に命じて鞄から沢山の丸薬が入った瓶を持って来させた。
「この丸薬は呪いを結晶化したものだ。これを飲んだ者が俺を裏切ろうとすれば、そいつは身体が爆散して死亡する」
厳密には全く違う薬なのだが、結果は変わらないのでヨハンは分かりやすくそう言った。
「こいつを飲んで俺の手下になるって誓うなら──うぉっ!?」
ヨハンの言葉の途中で罪人たちが丸薬に群がり、躊躇することなく全員それを飲み込んだ。この流刑地での生活によほど追い詰められていたらしい。
──ま、この様子なら裏切ろうなんて考えんだろう。
「……分かった。今日からお前らは俺の手下だ。俺の命令に従ってる限り、お前らの安全と衣食住ぐらいは保障してやるよ」
『おおおおおおおおおっ!!!』
罪人たちが一斉に歓喜の声を上げて踊り出す。そのあまりの喜びようにヨハンは呆気に取られた。
そして罪人たちは次々にヨハンに言った。
「大将! 偶にでいいんで、またこんな風に肉を食わせてもらえますか!?」
「俺は脂っこいもん好きじゃねぇし、構わんよ」
「あの、コイツずっと顔色が良くなくて皮膚にあざみたいなものができてるんですけど……!」
「どれ、見せてみろ──ああ、壊血病だな。栄養剤出してやるからそれ飲んで寝かせとけ」
「俺、仲間の仇を取りたいんです! 俺もそこの白い奴らみたいに、魔物を倒せるようになれますか!?」
「あ~……ホムンクルスは人間とは基本性能が違うからなぁ。今度護身用の武器を作ってやるよ」
「へへ、このホムンクルスって女も作れたりしねぇんですかい? できれば一人一つとは言いませんけど、俺らにも恵んでもらえたり──」
──ゲシィッ!!!
罪人たちの要求にテンポよく答えていたヨハンだったが、ある要求が彼の逆鱗に触れてしまい、それを口にした罪人の顔面に彼のブーツが突き刺さった。
『…………』
罪人たちはピタリと動きを止めて黙り込む。ヨハンは冷え冷えとした殺気を浮かべて言った。
「……いいか? 二度とは言わんから良く聞け。俺はその手の女絡みの話が嫌いだ。もちろん男が好きとかそんな話でもない。とにかく二度と俺の前でその手の下世話な話をするな。分かったな?」
『……(コクコクコク)!』
罪人たちは言葉もなく激しく頭を上下させた。
ちなみにヨハンがこうして女性関係の話題に嫌悪感を示すのは、別に王女に裏切られて性犯罪者の冤罪を着せられたからではない。彼が今のようにそうした性的なことを嫌うようになった原因は幼少期のトラウマにあった。
幼いころヨハンは姉のように慕っていた使用人が父と書斎でイタしているシーンを目撃し、その生々しさに嫌悪感を抱いてしまった。元々少し潔癖症の気があったこともあり、以来ヨハンは女体そのものに苦手意識を持つようになってしまったのだ。普通に女性と話をする分には問題ないし、恋人のような関係に憧れがないわけではないのだが……
──はぁ、やなこと思い出した。
信頼していた幼馴染の王女に肌を見せつけられトラウマで動けなくなった数日前の事件を思い出しゲンナリする。
「ち、違うんだ、大将……!」
そこで話を切り上げていれば良かったのだが、ホムンクルスの美貌に諦めかけていた女体への欲望を刺激された男は、蹴られた顔を押さえながらヨハンに言い縋った。
「お、俺は何も下世話な気持ちで女だなんて言ったわけじゃねぇんだ。ここは男しか送られてこなくて、新しい命が生まれねぇ。罪人がこれからも送られてくるかは分からねぇし、そいつらが年寄りじゃねぇとも限らねぇだろ? そうなると折角大将に守ってもらってもいずれ年寄りだらけになって困るんじゃねぇかと思うんだよ。だから俺たちも子供を作って育てていけりゃいいんじゃねぇかと思って──なぁ?」
「へ? あ、ああ……子供がいたらやっぱり空気も明るくなるし、皆もやる気がでると思うかな」
その男たちは穴だらけの理屈を、しかし熱の籠った表情と声音で弁舌をたれる。ヨハンはそんな彼らに冷え切った視線を向けた。
「…………他の連中も同じ意見か?」
『…………』
他の罪人たちはヨハンの冷えた態度を見て首を縦には振らなかったが、しかし叶うことなら女のいる暮らしを送りたいとは思っているのだろう。否定はしなかった。
「…………そうか。そんなにお前らが将来のことを考えてくれてるのなら、俺もお前らの主人として希望を叶えてやらんといかんな」
「おおっ!?」
「マジっすか!!」
歓喜の声を上げて立ち上がる男二人。ヨハンは続けて言った。
「8番、9番、その二人を工房に運べ。子供が欲しいというなら、望み通りそいつら二人の赤ん坊を創ってやろうじゃないか」
『…………へ?』
ヨハンの言葉が理解できず男二人が固まる。
「さ~て、母親役はどっちにするかな。ホムンクルスの製造技術を応用すれば精子同士でも因子だけを抜き出して受精は可能だ。創るからには二人で仲良く育てるんだぞ~」
「待って待って待って!?」
「大将! それなんか違う大将!!」
悲鳴を上げる男たちをホムンクルスが担ぎ上げ、ヨハンの後を追って携帯要塞一階の工房に運び込んでいく。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!?』
そして工房の中から響き渡る絶叫。
『…………』
それを聞いていた他の罪人たちは決してヨハンを怒らせてはならないと理解し、彼に益々の忠誠を誓った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「何で何で何でぇぇぇっ!!?」
一方、その頃王宮では第二王女リーゼロッテが国王からヨハンが流刑地に送られたという話を聞いて悲鳴を上げていた。国王ハインツ三世はそれを娘の優しさ故の反応と解釈した。
「リゼ、お前は本当に優しい娘だな。だがヨハンは王族であるお前を襲った。未遂とはいえ本来は死罪をであってもおかしくはないのだ。それを──」
「はぁっ!? 私を襲った!?」
父の言葉にリーゼロッテは目を丸くする。
「何のことですかっ!?」
「…………は? いや、あの日研究室でヨハンがお前に襲いかかったのだろう? 近衛が駆けつけた時、お前は服がはだけてかなり危うい状態だったと聞いたが……」
ハインツ三世は娘の反応にキョトンと目を瞬かせた。
リーゼロッテはそれを聞いた直後は何を言われたのか分からない様子だった。しかし徐々に理解が追いついてきたのか、顔が真っ赤に染まる。
「ちちち違います!!! あれはそんなんじゃなくて──っ! と、とにかくヨハンは私を襲ってなんかいません!!」
「? 襲われたのでなければ、どうして服がはだけていたのだ? それに何日も部屋に閉じこもって話してくれなかったのは何故だ?」
「それはその、あの……」
「あの?」
「~~~~っ!! とにかく違うんです!!」
「???」
ハインツ三世は支離滅裂な説明に混乱した。だが何となく、娘がヨハンを庇っているわけではなく、何か行き違いがあったということだけは理解した。
「とにかく、このことをカールおじ様に伝えて直ぐにヨハンを連れ戻さないと──!」
「待て!!」
慌てて部屋から出て行こうとするリーゼロッテの腕を掴んでハインツ三世は言った。
「既にヨハンがアヌヴンに出立してから五日以上経っている。今から行っても間に合わん」
「それなら一刻も早く騎士団を派遣してヨハンを助けないと!!」
「そんな単純な話ではない!!」
「!」
ハインツ三世は話を聞こうとしない娘に言い聞かせるように叫んだ。大声にリーゼロッテの身体がビクンと震えて止まる。
「……よいか? アヌヴンは危険な魔獣の棲みつく魔境で、騎士団であっても一度入れば戻ってこれるという保証はない。しかもヨハンがアヌヴンのどこにいるか──そもそも生きているかどうかも分からんのだ。助けたいと言って簡単にどうにかできるものではない」
「そんな……!」
「第一お前の言うことが本当なら我々は無実の罪をヨハンに着せ、ファウスト公爵に息子を処分させたことになるのだぞ? 今更間違いでしたなどと言えると思うのか?」
「でも──」
なおも言い縋るリーゼロッテの言葉を遮ってハインツ三世は叫んだ。
「でもではない!! 誰が原因でこんなことになったと思っておるのだ!!!」
「!?」
リーゼロッテは父に怒鳴られてその場に泣き崩れた。
結局あの日何があったのか?
大前提としてリーゼロッテにはヨハンに対する悪意など微塵もなく、それどころか彼女はヨハンに好意を抱いていた。それは恋や愛と呼べるほど鮮烈なものではなかったかもしれないが、人見知りの気があるリーゼロッテにとってヨハンは唯一心安らげる異性であり、結婚するなら彼以外にいないとさえ思っていた。
だが彼女は偶然、自分と他国の王子との縁談話が持ち上がっているとことを耳にしてしまう。ヨハン以外の相手と結婚しなくてはならないという可能性を知り彼女は焦った。そしてその縁談がまとまる前に正式にヨハンと婚約──いや、単に婚約しただけでは撤回されてしまう可能性があるので既成事実を作る必要がある、と普段ならあり得ない短絡的な思考に至ってしまった。それがあの日の出来事に繋がる。
研究室にヨハンを呼び出したリーゼロッテは自ら服をはだけてヨハンを誘惑しようとした。
しかし女性との肉体的接触に苦手意識を持っていたヨハンは、リーゼロッテの突然の奇行に冷めた態度を取ってしまう。ヨハンもリーゼロッテ本人には好意を持っていたため、言葉で説明して、順を追ってアプローチしていればそんなことにはならなかった可能性が高い。だが現実にヨハンはリーゼロッテの誘惑に拒否反応を示した。
そのヨハンの反応にリーゼロッテは我に返り、恥ずかしくなって叫んでしまった。
後は悲鳴を聞いた近衛が駆けつけ、状況からヨハンがリーゼロッテに襲い掛かったものと判断して彼を捕縛。ヨハンは何が起きたのか分からなかったため有効な弁解ができず、またリーゼロッテは羞恥のあまり周りが見えておらずまともに話ができる状態ではなかった。
そしてあれよあれよという間に冤罪が成立してしまい、現在に至る。
誰が一番悪いかと言えばリーゼロッテなのだろうが、彼女もまさか好きな男へのアプローチに失敗したショックで引き籠っていたら、その相手が性犯罪者扱いされていたとは夢にも思うまい。また周りが詳しい話を聞く前に早とちりしてヨハンを流刑地送りにしてしまったことも良くなかった。もっと言うならヨハン自身がアッサリ立場を捨てて流刑地送りを受け入れたこともどうかと思う。
つまりどういうことかというと、あの出来事はとても不幸で馬鹿馬鹿しいすれ違いだったのだ。
「うぅ……っ」
ショックでその場に泣き崩れるリーゼロッテをハインツ三世は慌てて慰めた。
「そ、そう落ち込むな。ヨハン以外にも男は幾らでもいる。お前の魔術の腕を聞きつけた帝国の王子からも縁談の申し込みがあるし──そうだ! ファウスト公爵への謝罪も兼ねて、公爵の長男エルリックとの縁談を進めてもいい。だから──」
「そういう問題ではありません!!」
混乱しているのか頓珍漢なことを言う父を、リーゼロッテは真っ赤な目で睨みつけた。
「私はヨハン以外と結婚するつもりはありません!!」
「何ぃ!? しかしお前が開発した魔道具は評判で、縁談の申し出は引く手あまた──」
リーゼロッテが開発した魔道具やそれに関連した論文は世界的にも評価が高く、王国の国力底上げに大きく貢献していた。その結果、才媛として名を馳せたリーゼロッテには縁を結びたいという話が山ほど舞い込んでいた。
「何言ってるの!? あの魔道具は全部ヨハンが開発したものですよ!?」
しかしリーゼロッテはその父の勘違いを否定した。
「は!? い、いや確かにヨハンが共同研究者であることは聞いているが、研究の主体はお前だろう?」
「違います!! それは私が王族だから名目上そうなっているだけで、実態はほとんどヨハンの個人研究だって最初に説明したじゃありませんか!!?」
「……言ったか?」
「言いました!!」
ここにも一つのすれ違いがあった。確かにリーゼロッテとヨハンが研究を始めた当初、ヨハンの錬金術師としての才能を知るリーゼロッテは父に彼をアピールするために最初にそのことを説明していた。だが当初ハインツ三世は、それを所詮子供の研究と真面目に取り合っておらず、リーゼロッテの説明を聞き流していた。その後、二人の研究が多大な成果を挙げ、そこにリーゼロッテの名前を見つけたハインツ三世は自分の娘が主体となって結果を出したのだと勘違いしてしまっていた。
そこでふとハインツ三世はあることに気づく。
「──ハッ!? ま、待て! ということはつまり、先月視察した浄化施設の開発はどうなるのだ? 他にもいくつかお前たちの研究を前提に話が進んでいた計画があった筈だが……」
「全部ストップするに決まってるじゃありませんか! 私はヨハンのお手伝いをしてただけで、彼がしていた研究の一割も理解できてません!!」
「何ぃ!? ま、マズいではないか!!」
「何を今更勝手なことを──!!」
ヨハンの価値に気づいて慌てだすハインツ三世に、リーゼロッテは眦を吊り上げて怒りを露わにする。
二人は暫く不毛な言い争いをしていたが、最終的にどんな手を使ってもヨハンを連れ戻さなくてはならないということで意見が一致。流刑地アヌヴンに騎士団を派遣することを決定した。
しかしアヌヴンの地は彼らが想像以上の魔境であり騎士団の探索は難航した。流刑地内には今まで伝説とされていたドラゴンも目撃され──
「たたた大将! ドラゴンが村の中に──!?」
「防衛用のドラゴン型ゴーレムだよ。こいつがあれば例え王国が攻めてきたって薙ぎ払えるぞ~」
「攻めて来ねぇし戦力過多過ぎんだろ、馬鹿野郎!!」
「それより赤ん坊が泣いてるぞ~、お母さん」
「お母さんじゃねぇ! ってハイハイよちよちミルクでしゅか~? それともおしめでしゅか~?」
これは後に流刑地の魔王と呼ばれる男の物語。
連載用のネタのプロトタイプ。
「ざまぁ」でも「ハーレム」でもなく、チート気味だけどその能力を全く無駄な方向に全振りした陰キャ馬鹿の話。
なおホムンクルスシリーズ・フレン=フレンズ。




