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EP5:「私が『特別』なのは、この世界のシステムが証明した通りよ。異論ある?」[LOG_APPRAISAL]

EP5:私が特別なのは、この世界のシステムが証明した通りよ。異論ある?


視界を焼き切るような白光が、ゆっくりと収束していく。


網膜に焼きついた残像が剥がれ落ちた先にあったのは、見知らぬ石畳だった。


足の裏から伝わる感触は、ひどく冷たく、硬い。


磨かれた大理石ではない。


高円寺家の邸宅でも、財閥本社の床でもない。


もっと古く、もっと無骨で、誰かの都合で乱暴に敷かれた石の感触だった。


「……何よ、これ」


凛はゆっくりと周囲を見渡した。


「遊園地のセット? それにしては、ずいぶん手が込んでいるじゃない」


無意識に、指先がお兄様りょうがから授かったサファイアの髪留めへ伸びる。


冷たい硬質感。


それが、ここが夢ではないことを残酷なほど正確に告げていた。


周囲には、中世ヨーロッパを雑に美化したような石造りの建物が並んでいる。


重厚な壁。


尖塔。


見慣れない紋章。


そして、鎧を身につけた兵士たち。


だが、凛の目を最も引いたのは空だった。


群青色の夜空に、大きさと色の異なる双子の月が浮かんでいる。


青白い月。


淡い金色の月。


その二つが、不気味なほど静かに地上を照らしていた。


(天体が二つ……? 潮汐力への影響を考えれば、この地形がここまで穏やかに保たれているのは不自然ね)


凛は目を細める。


(重力定数が違うのか。それとも、この世界そのものに、もっと根本的な欠陥があるのかしら)


未知の異世界に放り込まれた。


普通なら、混乱する場面だ。


悲鳴を上げる者もいるだろう。


膝から崩れる者もいるだろう。


けれど、高円寺凛はそうしない。


不合理を前にした時、凛が最初にすることは、怯えることではない。


欠陥を見抜くことだ。


隣で、音無海が震えていた。


まるで生まれたての小鹿だった。


「あ……あ……ここは……」


蚊の鳴くような声。


相変わらず情けない。


凛は横目で彼を見る。


だが、彼の脳内がこの時どれほど騒がしいことになっていたか、凛はまだ知らない。


([LOG_KAI - INNER VOICE])


(う、嘘だろ……)


(このパース、この石畳の質感)


(完全にベルトの変身ヒーロー劇場版で、敵の首領が最初に街を焼き払う時のロケ地だ)


(巨大イベントホール地下か?)


(いや、時代劇テーマパークの高予算版?)


(違う。違うぞ、音無海)


(空に月が二つある)


(エフェクトチームが優秀すぎる)


(いや、合成じゃない)


(本物か? 本物なのか?)


(つまり、これは召喚テンプレート発生直後の第一シーケンス……!)


海は震える手で眼鏡のブリッジを押し上げた。


恐怖に歪んだ顔。


だが、その瞳の奥には、別の光も宿っていた。


怖がっている。


なのに、見ている。


逃げたいはずなのに、解析しようとしている。


それは臆病な小動物の目でありながら、同時に未知のガジェットを前にしたエンジニアの目だった。


([LOG_KAI - INNER VOICE])


(落ち着け)


(こういう時、内気なモブキャラは下手に動くと、最初の爆発で退場させられるのが定石だ)


(まずは周囲のモデリングを解析して……)


(って、奥から出てきたあの銀髪!)


(なんだ、あのデザインライン!)


(清廉な白いローブ。やたら装飾の多い杖。無駄に整った顔)


(絶対、物語の中盤で『実は私が黒幕でした』って正体を現すタイプだ)


(主人公に強化フォームを強制させる、食えない大幹部キャラだ……!)


海の予想を裏づけるように、甲冑をまとった騎士たちが左右に道を開けた。


一人の男が歩み出る。


銀髪。


白い神官服。


彫刻のように整った顔立ち。


その表情は穏やかだが、瞳の奥には冷たい観察者の色があった。


他人を救う者の目ではない。


他人を配置する者の目だ。


男はゆっくりと頭を下げた。


「ようこそ、異世界エルディアへ。我がアストリア王国は、あなた方を心より歓迎いたします」


凛は黙って見下ろした。


男はさらに言葉を続ける。


「高円寺凛様。音無海様。そなたらお二人は、この地を救うために召喚された神威(カムイ)。我らは、伝承に従い、あなた方をお迎えいたしました」


凛の眉がわずかに動いた。


「……どうして、私たちの名前を知っているの?」


声が低くなる。


男は恭しく頭を垂れた。


「召喚陣に刻まれた魂名ソウルネームに、そう表示されております。肉体ではなく、魂に紐づく名。それゆえ、偽ることはできません」


「気味が悪いわね」


凛は冷たく言った。


「勝手に呼びつけて、勝手に名前まで覗く。礼儀という概念は、この世界では未実装なのかしら」


男の表情が、ほんの一瞬だけ固まる。


それでも彼は、作り物のような微笑を崩さなかった。


「申し遅れました。私はアストリア王国神官長代理、アストル・ヴェイン。此度の召喚儀式を執り行った者にございます」


「神官長代理」


凛はその肩書きをゆっくり反芻した。


「つまり、責任者ではないけれど、説明役として出てきた人間ということね」


「……ご理解が早く、助かります」


「理解したとは言っていないわ。分類しただけ」


アストル・ヴェインは、ほんのわずかに口元を引き締めた。


神威カムイ……?」


凛は腕を組み、その言葉の意味を測る。


「救うために召喚した」


甘美な響きだ。


祈り。


伝承。


使命。


救世。


だが、凛の耳には違うものとして聞こえた。


自分たちで処理できない問題を、外部のリソースに丸投げするための、都合のよい言い訳。


「招いたですって?」


凛は一歩前へ出た。


兵士たちがわずかに身構える。


「冗談はやめて。こちらの同意を取らずに転移させたなら、私の世界では誘拐よ。ついでに不法監禁」


神官たちがざわめいた。


凛は冷たく告げた。


「状況を説明して。私を納得させるだけの論理と証拠を添えて」


「……申し訳ございません」


アストルは、静かに頭を下げた。


「ですが、我が国は今、未曽有の危機に瀕しております。千年の封印を経て目覚めた魔族の軍勢が、各地を侵攻し――」


アストルが語るのは、ありふれた滅亡の物語だった。


封印。


魔族。


王国。


神託。


異世界より訪れる救い手。


騎士たちは悲壮な顔で俯き、民を守るためには仕方がなかったという空気を作っている。


凛は、それらをひと通り聞いた。


そして、短く息を吐く。


「なるほど」


凛の声は、少しも柔らかくならなかった。


「つまり、あなた方は組織としての管理能力を喪失し、未知のバグに国家システムを食い荒らされている」


アストルの眉がかすかに動く。


「その結果、外部からデバッガーを拉致して、命がけの作業を強制しようとしているわけね」


凛は冷たく笑った。


「あまりに低俗で、あまりに厚かましい論理(ロジック)だわ」


「ひっ……」


隣で海が情けない声を漏らした。


「こ、高円寺さん、そ、そんなに怒らなくても……」


「怒っていないわ。事実確認をしているだけよ」


「それを怒ってるって言うんじゃ……」


海は小声で呟いたあと、慌てて口を押さえた。


そして、恐る恐るアストルへ視線を向ける。


「あ、あの……すみません。その……魔族って、やっぱり悪の秘密結社的な……改造怪人みたいな……そういう感じなんですか?」


アストルは困惑したように海を見る。


「悪の、秘密結社……? いえ、魔族とは、忌まわしき闇の力より生まれし破壊の化身です。人の理から外れ、世界を喰らう者たち。彼らに対抗できるのは、異世界より訪れる神威のみが持つ特別な力なのです」


([LOG_KAI - INNER VOICE])


(やっぱりだ)


(この神官、設定をぼかした)


(闇の力という曖昧な定義)


(これは後で物語の根幹に関わる大いなる意思が介入してくるフラグ)


(あるいは制作側がまだ設定を隠しているパターン)


(よし、わかった)


(今の僕は、このイベントをこなさないとセーブポイントにもたどり着けない低レベルNPC同然)


(ここは大人しく、システムに従うフリをするのが正解……!)


アストルは、傍らの神官見習いに目配せをした。


運ばれてきたのは、透明な水晶だった。


大人の頭ほどの大きさがあり、内部では青白い光が液体のように揺れている。


「まずは、そなたらの力を確かめさせていただきたい」


アストルは水晶を恭しく掲げた。


「この水晶に手をかざせば、この世界における固有スキルが判明します」


凛は水晶を見た。


ただの魔道具とは思わない。


生体情報を読み取り、この世界の基底システムと照合するための入出力インターフェース。


少なくとも、そういうものだと仮定した。


「お断りするわ」


凛は即答した。


広場の空気が凍りつく。


アストルが目を見開く。


「……お断り、とは?」


「当然でしょ」


凛は腕を組んだ。


「どこの誰とも知れない相手に、身元保証もないデバイスを介して、私の機密情報を渡す理由がない」


「機密……?」


「生体情報よ。読み取ったデータが外部流出しない保証は? その水晶のセキュリティは最新? 保管責任者は誰? 利用目的は? 削除申請は可能なの?」


「そ、それは……神聖な儀式でありまして……」


「神聖という言葉で脆弱性を隠すのはやめなさい」


アストルが絶句した。


無理もない。


彼らにとっての神聖な儀式を、凛は脆弱なデータ収集として切り捨てたのだから。


([LOG_KAI - INNER VOICE])


(すげぇ……)


(高円寺さん、異世界のイベントフラグを正論でへし折った)


(通常ならここで『ええ、やってみるわ』って進むのがテンプレなのに、まさかのコンプライアンス遵守)


(でも待てよ)


(あの水晶……よく見ると中心のコアが、宇宙警官ジャパンのレーザー剣と同じ青白い発光パターンだ)


(うー……試したい)


(あれが本当にステータス画面をポップアップさせるデバイスなら、エンジニアとして構造を覗いてみたい……!)


海は、ちらちらと水晶を見ていた。


完全に怯えている。


しかし、同じくらい興味を抑えきれていない。


「ひ、高円寺さん……」


「何?」


「でも、これをやらないと、僕たち……晩ご飯も食べさせてもらえないかも……」


凛は無言で海を見た。


海は一歩下がった。


「す、すみません……」


「……はあ」


凛は深く息を吐いた。


情けない。


あまりにも情けない。


けれど、海の言葉には、ほんの少しだけ現実味があった。


こちらは、この世界の貨幣も、食料事情も、権力構造も知らない。


このまま膠着状態を続けても時間の無駄だ。


そして何より。


この水晶とやらが、本当に個人情報を読み取る装置なら、相手側の技術水準を測るには絶好の材料でもある。


危険はある。


だが、情報を得ないまま拒否し続けるのも愚かだ。


(令嬢の心得)


(未知の場で最初に握るべきは、感情ではなく主導権)


「いいわ」


凛は水晶へ歩み寄った。


「ただし、結果は私にも開示すること。隠した瞬間、あなた方を敵とみなすわ」


「も、もちろんでございます」


「それと」


凛はアストルを見据えた。


「私を救世主扱いするかどうかは、私が決めることよ。あなた方ではない」


誰も言い返せなかった。


凛は迷いなく、水晶に右手を触れた。


その刹那。


石畳の広場全体が、目を焼くような黄金の光に包まれた。


「おお……!」


「なんという輝きだ……!」


「伝承の通りだ……!」


騎士たちがざわめく。


水晶の内部で、黄金の光が渦を巻き、凛の周囲に円環を描いた。


熱はない。


だが、まるで王冠のように、光は凛の頭上で静かに燃えている。


アストルが震える声で告げた。


「凛様の属性は、光。固有スキルは――」


水晶の奥に、文字が浮かび上がる。


《勇者》


広場がどよめいた。


「光属性の勇者……!」


「伝説に謳われる、国を救う最強の神威だ!」


騎士たちが一斉に跪いた。


まるで、凛がこの世界に現れた瞬間から、そうなることが決まっていたかのように。


凛は黄金の光の中で、静かに目を細めた。


驚きはなかった。


感動もない。


あるのは、確認だけだ。


(勇者。……ふん)


凛は口元に冷たい笑みを浮かべる。


「まあ、妥当な解析結果ね」


アストルが顔を上げる。


凛は当然のように告げた。


「私が特別なのは、この世界のシステムが証明した通りよ。異論ある?」


誰も答えなかった。


答えられるはずがなかった。




「次……海様。お願いいたします」


アストルの声には、凛の時よりわずかな期待と、わずかな警戒が混ざっていた。


海はびくっと肩を跳ねさせる。


「ぼ、僕ですか……?」


「はい。あなたもまた、召喚された神威ですので」


「いや、でも、僕は……その……多分、何も……」


「いいから触りなさい」


凛が横から言った。


「さっさと終わらせて。あなたが震えていると、こっちまで寒くなるわ」


「す、すみません……」


海は恐る恐る水晶へ歩み寄った。


その手は、まるでものすごい劇薬に触れる前のように震えている。


しかし。


腰には、銀色のベルトがあった。


彼が昼間、遊びではないと言い張ったもの。


凛が玩具と切り捨てたもの。


海はそれを一瞬だけ見下ろし、深く息を吸った。


そして、水晶に指を触れた。


瞬間。


黄金に輝いていた水晶が、反転した。


光が潰れる。


空気が軋む。


中心から、どす黒い紫色のノイズが渦を巻き、悲鳴のような音を上げて脈動し始めた。


《ERROR》


水晶の奥に、一瞬だけ文字のようなものが走った。


「なっ……!」


アストルの顔色が変わる。


騎士たちが一斉に剣へ手をかけた。


紫の光は、海の手首から腕へ、肩へ、そして腰のベルトへと絡みついていく。


まるで、何かを探しているように。


あるいは。


ようやく、見つけたと言っているように。


「これは……禍冥羅キメラ……? いや、そんなはずは……!」


アストルの声が震えた。


水晶の中に、再び文字が浮かぶ。


《闇属性》


続けて。


《創造主》


広場の空気が、一瞬で変わった。


凛の時にあった歓喜は消える。


残ったのは、警戒。


畏怖。


そして、拒絶。


「海様の属性は……闇」


アストルは、絞り出すように告げた。


「固有スキルは、創造主(デウス・エクス)


海が目を見開く。


「創造……主……?」


「イメージを具現化する異能です。ですが……既存の魔法体系とは一切互換性がありません」


アストルの額に、冷たい汗が浮かんだ。


「過去の記録にも、同系統の神威は存在しません。これは祝福というより……世界の外側から持ち込まれた異物です」


騎士たちが海を取り囲んだ。


剣先が、わずかに彼へ向く。


さっきまで救世主として迎えられていた男は、ほんの一瞬で、不気味な異物になった。


海はその場にへたり込んだ。


肩を落とし、蚊の鳴くような声で呟く。


「あ……すみません。やっぱり……僕、ハズレ枠ですよね……」


誰も答えない。


「役に立たなくて……ごめんなさい……」


凛は、その情けない姿を冷ややかに見下ろした。


「まあ、妥当な結果ね」


海の肩がさらに縮む。


凛は腕を組んだ。


「使えない男でも、一応は私の荷物持ち程度の役には立つかもしれないわ」


「にもつ……」


海は小さく呟いた。


だが。


うつむく音無海の脳内では、今、狂気にも似た歓喜の咆哮が吹き荒れていた。


([LOG_KAI - INNER VOICE])


(きた)


(きたきたきたきたきた!)


(これだ)


(これだよ!)


(紫の光)


(システム側のエラー)


(既存の魔法と互換性がない?)


(当たり前だ)


(僕が脳内で描いているのは、魔法なんて低級な言語じゃない)


(ベルトの変身ヒーローという名の、究極のアルゴリズムなんだから!)


(創造主?)


(違うね、この世界の神様)


(これはエンジニアに与えられた、最強の開発環境だ)


(デベロッパー・ツール、起動準備完了……!)


海は顔を伏せたまま、震えていた。


周囲から見れば、恐怖で怯えているようにしか見えない。


だが、その指先は。


確かに、腰の銀色のベルトに触れていた。


次の瞬間。


ベルトの中心に埋め込まれた銀のコアが、紫のノイズに呼応して淡く光る。


小さな音が鳴った。


カチリ。


それは玩具のギミック音にしては、あまりにも深かった。


金属の奥で、何かが目を覚ましたような音。


海が息を呑む。


凛も、わずかに目を細めた。


アストルが青ざめる。


「まさか……その道具は……」


音が、もう一度鳴った。


それは、海が自室で何度も聞いた玩具の待機音に似ていた。


けれど、決定的に違った。


音が、世界の奥から鳴っていた。


《SYSTEM STANDBY》


銀色のベルトは、まだ完全には目覚めていない。


だが。


音無海の闇に反応し、静かに起動を始めていた。


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