EP6: 「私に跪くのが道理! 帰還の理を欠いた不完全な世界」
「私は救世主としてではなく! 礼節を欠いた招致への是正」
# [LOG_RIN]
黄金の光が収束し、静寂が広場を支配した。
私の右手に触れていた水晶は、その役割を終えたかのように冷たい沈黙を守っている。
周囲の騎士たちの眼差しは、先ほどまでの「不審者」を見るそれから、神聖な「救済の象徴」を仰ぎ見るものへと劇的に変貌していた。
だが、私の心に去来したのは、選ばれたことへの昂揚などではない。
ただ、この不条理な事態を招いた者たちへの、底冷えするような憤りだった。
「……さて。形式的な儀式(鑑定)は済みましたわ」
私はサファイアの髪留めにそっと触れ、背筋を鋼のように伸ばして正面の神官長を射抜いた。
「状況は概ね理解いたしましたわ。要らぬ説明は省きなさい。……今すぐに、私を元の場所へ戻す『道筋』を示しなさいな。それが、無断で客人を招いた側が果たすべき最低限の礼節ですわ」
私の声は、夜の冷気よりも鋭く広場を震わせた。
しかし、跪く神官長セラフィムが震える唇から漏らしたのは、高潔な精神とは程遠い、あまりに無責任な告白だった。
「……大変申し上げ難いのですが。我らには、元の世界へお戻しする方法が……判明しておらぬのです」
「……なんですって?」
私は、自分の聴覚が不出来な幻想でも掴まされたのかと疑った。
「招く手段を持ちながら、帰す術を知らぬというの? それは『召喚』などという高尚なものではなく、ただの身勝手な略奪と呼ぶべき不始末ですわ」
他人の人生を左右する重責を負いながら、出口の設計すら怠るとは。
「この国の統治者、および神職の方々は、自らの知性の欠如を恥じないのかしら。無秩序を振り撒いて救いを乞うなど、三流以下の喜劇ですわね」
私の糾弾に、騎士たちが色を失い、セラフィムが脂汗を浮かべて頭を下げた。
「も、申し訳ございません! しかし、伝承によれば、千年前の勇者様は魔族を討伐した後に姿を消された……つまり、魔の根源を断つことこそが、帰還の理となるはず……」
「『はず』? 憶測と願望で私の時間を拘束するつもりかしら。甚だしく非論理的、かつ傲慢ですわ」
私は苛立ちの矛先を、隣で縮こまっている「彼」へと向けた。
「……さらに理解に苦しむのは、この付け足しのような存在よ」
なぜ、私の隣にこのような……志も、矜持も感じられぬ陰気な男を配置したのか。
「これでは、美しい旋律の中に混じった不快な不協和音だわ。音無さん……でしたかしら? あなたのその
卑屈な立ち居振る舞い、見ているだけでこちらの理知が削られるようですわ」
「ご、ごめんなさい……凛さん、僕なんかと一緒に……」
「……謝罪は結構。言葉の価値が下がるだけですわ」
私は彼――音無海を、もはや視界に入れることさえ止めた。
「いいわ。条件を提示します」
私はセラフィムを、冷徹な支配者の瞳で見下ろした。
「私は私自身の誇りにのみ従って動きます。あなた方の指図も、命令も、一切認めません。私がこの地の『不浄』を掃き清めるのは、あくまで我が家へ帰るという目的のため」
「不服があるなら、そこの『影』でも使いなさいな。……もっとも、何の足しにもならないでしょうけれど」
「凛様に従うなど……滅相もございません! あなた様こそが、このエルディアの唯一の希望なのですから!」
セラフィムの屈服。周囲の騎士たちの、卑屈な期待が混じった視線。
私は背筋を伸ばし、己の正義を再定義していた。
(このような無秩序な世界に、一秒たりとも留まるつもりはありませんわ。……早急に、この世界の理を解き明かし、私の手で『凱旋の門』をこじ開けてみせます)
# [LOG_KAI]
([LOG_KAI - INNER VOICE]) (……始まった。完全に『帰還不能』の絶望イベントだ。本来ならここで主人公が膝をつくシーンなのに、凛さんの論破スキルが世界観のパワーバランスを破壊しかけている……)
僕はカバンを抱きしめたまま、広場の隅で石畳の冷たさを感じていた。
システム側の不備――いや、運営側の無責任。
それを「礼節の欠如」という独自のレイヤーで断罪する凛さんの姿は、もはや異世界に舞い降りた『裁きの女神』そのものだった。
([LOG_KAI - INNER VOICE]) (凛さんは怒っている。当然だ。彼女にとって、この不条理な世界は設計段階で破綻している欠陥仕様でしかないんだから)
「不協和音」「影」「付け足し」。
凛さんの口から放たれる言葉は、改造手術のメスよりも正確に、僕というモブキャラの存在意義を切り裂いていく。
けれど、スーツの下に隠されたこのギアだけは、確かに僕の腰を締め付け、熱を持って共鳴していた。
([LOG_KAI - INNER VOICE]) (いいんだ。今はまだ、僕は背景でいい。……凛さんの視界から外れていても、このスーツの下にある『聖域(CSM)』だけは、僕がこの世界をハックするための唯一のデバッガーツールなんだから)
僕は震える唇を噛みしめ、自分にしか聞こえない音量で、その日のロードを完了させた。
「……ファイズ様。……お力、お借りします……」
『闇属性の創造主』。
その禍々しいスキルの本当の意味を、この世界の住人はまだ知らない。
僕は、自分だけの教典を心の奥底で開き、ジャケットの陰で沈黙を守る銀色のベルトに、静かなパッションを注ぎ込んでいた。




