EP5:「私が『特別』なのは、この世界のシステムが証明した通りよ。異論ある?」
「私は救世主として選ばれたようですけれど! 欠陥だらけの異世界と、創造主の烙印」
# [LOG_RIN]
視界を焼き切るような白光が収束し、網膜に焼き付いた残像がゆっくりと剥がれ落ちていく。
浮遊感の後にやってきたのは、足の裏から伝わる、ひどく冷たく、不快なほどに硬い石の感触だった。
「……何よ、これ。遊園地のセット? それにしてはやりすぎじゃないかしら」
私は無意識に、お兄様《凌雅》から授かったサファイアの髪留めに触れた。
指先に触れる冷たい硬質感が、ここが夢ではないことを冷酷に告げている。
周囲を見渡せば、そこには中世ヨーロッパをデフォルメしたような、古風で重厚な石造りの建物が整然と並んでいた。
だが、私の目を最も惹いたのは、空だ。
群青色の夜空に、大きさと色の異なる「双子の月」が浮かび、不気味なほどに地上を照らし出している。
(天体が二つ……。潮汐力への影響を考えれば、この地形がこれほど穏やかに保たれているのは物理的に説明がつかないわ。重力定数が異なるのか、あるいは――もっと根源的な『欠陥』がこの世界にはあるのかしら)
私が物理法則のバグを脳内でデバッグしている横で、隣に立つ音無海が、まるで生まれたての小鹿のように膝を震わせ、周囲をキョロキョロと見回していた。
「あ……あ……ここは……」
蚊の鳴くような声。
相変わらずの情けなさ。だが、私の隣で震える彼の脳内が、まさかこれほどまでに「喧しい」ことになっているとは、この時の私は露ほども思わなかった。
([LOG_KAI - INNER VOICE])
(う、嘘だろ……。このパース、この石畳の質感。完全に『仮面ライダー』の劇場版で、敵の首領が最初に街を焼き払う時のロケ地……さいたまスーパーアリーナの地下か、さもなくば太秦映画村のハイエンド版だぞ。
空に月が二つ? エフェクトチームが優秀すぎる。いや、これ合成じゃない。
本物か? 本物なのか? つまり、ここは『召喚』のテンプレートが発生した後の第一シーケンス……!)
海は震える手で眼鏡のブリッジを押し上げた。その瞳には、恐怖と同時に、獲物を狙うエンジニアのような、あるいは狂信的なコレクターのような、異様な光が宿っている。
([LOG_KAI - INNER VOICE])
(落ち着け。こういう時、内気なモブキャラは下手に動くと最初の爆発で退場させられるのが定石だ。
まずは周囲のモデリングを解析して……って、奥から出てきたあの銀髪。なんだあのデザインライン! 清廉な白いローブに、あの杖。絶対、物語の中盤で『実は私が黒幕でした』って正体を現して、主人公に強化フォームを強制させるタイプの、食えない大幹部キャラ(悪魔元帥系)じゃないか……!)
海の予想通り、重厚な甲冑を纏った騎士たちが道を開け、一人の男が歩み出てきた。
彫刻のように整った顔立ち。
だが、その瞳の奥には、他人を道具としてしか見ていない、冷徹な支配者の色が透けて見える。
男はゆっくりと頭を下げた。
「ようこそ、異世界『エルディア』へ。我がアストリア王国へ、よくぞお越しくださいました。そなたらお二人は、この地を救うために召喚された『神威』として、我らがお迎えいたしました」
「神威……?」
私は眉をひそめ、その言葉の定義を解析にかける。
「救うために招いた」という甘美な響き。
だが、その裏にあるのは、自分たちで解決できない問題を外部のリソースに丸投げするという、無責任な「外注」の論理だ。
「招いたですって? 冗談はやめてくださる。
同意のない転移は、私の世界の法では『誘拐』および『不法監禁』に該当しますわ。状況の説明を。
それも、私を納得させるに足る論理的な裏付けを伴ったものをね」
私の鋭い一喝に、銀髪の男――神官アストルは一瞬だけ目を剥いた。
高円寺の人間として、理不尽に跪くことなどあり得ない。
「申し訳ございません。ですが、我が国は今、未曾有の危機に瀕しております。千年の封印を経て目覚めた魔族の軍勢が……」
アストルが語る、手垢のついた「滅亡の危機」の物語。
騎士たちの顔に漂う悲壮感。それらはすべて、私を動かすための「演出」にしか見えなかった。
「……なるほど。つまり、あなた方は組織としての管理能力を喪失し、未知のバグ(魔族)にシステムを食い荒らされている。だから、外部のデバッガーを誘拐してきて、命がけの作業を強制させようというわけね。あまりに低俗で、あまりに厚かましい論理だわ」
「ひっ、……凛さん、そ、そんなに怒らなくても……」
海が小刻みに震えながら、私の袖を弱々しく引く。
「……す、すみません、その……魔族って、やっぱり……改造人間的な……ショッカー的な……そういう感じなんですか?」
アストルが困惑したように海を見る。
「しょっかー? いえ、彼らは忌まわしき闇の力より生まれし、破壊の化身です。それに対抗できるのは、異世界より訪れる『神威』のみが持つ特別な力なのです」
([LOG_KAI - INNER VOICE])
(やっぱりだ。この神官、設定をボカしたな。この『闇の力』っていう曖昧な定義は、後で物語の根幹に関わる大いなる意思が介入してくるフラグだ。よし、わかった。
今の僕は、このイベントをこなさないとセーブポイントにも辿り着けない低レベルNPC同然だ。ここは大人しく、システムに従うフリをするのが正解……!)
「まずは、そなたらの力を確かめさせていただきたい。この水晶に手をかざせば、この世界での『固有スキル』が判明します」
アストルが、透明な水晶を恭しく掲げた。
それは、私から見れば単なる魔法の道具などではない。個人の生体データを読み取り、世界の基底プログラムと照合するための「入出力インターフェース(I/O)」だ。
「お断りいたしますわ」
私は冷淡に言い放った。
アストルが固まり、広場の空気が凍りつく。
「な、……お断り、とは?」
「当然でしょう? どこの誰とも知れない相手に、身元の保証もないデバイスを介して、私の機密情報を渡すなど、論理的にあり得ません。
その水晶のセキュリティパッチは最新なのですか? 読み取ったデータが外部に流出しないという保証は? そもそも、私たちがあなた方の敵ではないと、どうやって証明するつもりかしら」
「そ、それは……」
アストルが絶句する。無理もない。
彼らにとっての『神聖な儀式』を、私はただの『脆弱なデータ収集』として切り捨てたのだから。
([LOG_KAI - INNER VOICE])
(すげぇ……。凛さん、異世界のイベントフラグを正論でへし折ったぞ。通常ならここで『ええ、やってみるわ』って進むのがテンプレなのに、まさかのコンプライアンス遵守。でも待てよ、あの水晶……よく見ると中心のコアが『宇宙刑事ギャバン』のレーザーブレードと同じ青白い発光パターンだ。
うー……試したい。あれが本当にステータス画面をポップアップさせるデバイスなら、エンジニアとして構造を覗いてみたい……!)
「ひ、……凛さん。でも、これをやらないと、僕たち……晩ご飯も食べさせてもらえないかも……」
「……はあ。相変わらず情けないこと」
私は溜め息をついた。
確かに、このまま膠着状態を続けても時間の無駄だ。まずは敵――あえてそう呼ぶけれど――の持っている技術水準を確認しておく必要がある。
「いいわ。さっさと済ませましょう。解析結果さえ出れば、私たちがどれだけミスマッチな人材か、あなたたちも理解するでしょうから」
私は迷うことなく、水晶に右手を触れた。
その刹那、石畳の広場全体が、目を焼くような「黄金の光」に包まれた。
「なんという……神々しい! 凛様のスキルは『光属性の勇者』――! 伝説に謳われる、国を救う最強の神威です!」
沸き立つ周囲。跪く騎士たち。
水晶から溢れ出したその光は、私の中に眠る「高円寺としての誇り」が、この世界の物理エンジンと極めて高い同期率を叩き出した結果のように思えた。
(勇者。……ふん、まあ妥当な解析結果ね。私という存在が、どこへ行っても『特別』であることは、もはや道理ですもの)
「次……海様、お願いいたします」
海はガタガタと震えながら、まるでものすごい劇薬に触れるような手つきで水晶に指を伸ばした。
その瞬間だった。
黄金に輝いていた水晶が、突如として反転。
中心から、どす黒く、不浄な紫色のノイズが渦を巻き、叫びを上げるように激しく脈動し始めたのだ。
「な、……これは……!? 禍冥羅……いえ、そんなはずは!」
アストルの顔が、恐怖で引き攣る。騎士たちが一斉に剣を抜き、海を取り囲んだ。
「海様のスキルは……『闇属性の創造主』。イメージを具現化する異能ですが、……既存の魔法体系とは一切互換性がない、あまりに危険で、不確かな力……」
周囲の視線が、「救世主」から「不気味な異物」へと変わる。
海はその場にへたり込み、情けなく肩を落として、蚊の鳴くような声で謝罪した。
「あ、……すみません。やっぱり……僕、ハズレ枠ですよね……役に立たなくて、ごめんなさい……」
私は、その情けない姿を冷ややかに見下ろした。
「まあ、妥当な結果ね。使えない男でも、一応は私の荷物持ち程度の役には立つかもしれないわ」
だが。
うつむく音無海の脳内では、今、狂気にも似た「歓喜」の咆哮が吹き荒れていた。
([LOG_KAI - INNER VOICE])
(きた……。きたきたきたきた!! これだ! これだよ! 紫の光! システム側のエラー! 既存の魔法と互換性がない? 当たり前だ、僕が脳内で描いているのは魔法なんて低級な言語じゃない。
特撮という名の、究極のアルゴリズムなんだから! 『創造主』? 違うね、この世界の神様。これはエンジニアに与えられた最強の『開発環境』だ……!)
海が肌身離さず身につけている腰のベルト。
あの、凛が『お遊びの玩具』と切り捨てた銀色のベルトが、彼の「闇」に反応し、静かに、けれど激しく。
人類の科学を超越した、起動音(システムの産声)を上げ始めようとしていた。




