EP3:「不浄の覚悟! スーツの下に眠る力」:[LOG_BATTLE]
「――スマートブレインの社員である僕にとって、満員電車は戦場じゃない。ただの『演出』に過ぎないんだ。……そうだろう?」
アスファルトの上を滑るタイヤの感触が、今の僕には『サイドバッシャー』の駆動音のように聞こえていた。
聖域の維持。世界の救済。
そんな大層な大義名分を掲げなければ、電池一本のために必死に車を飛ばす自分の惨めさに、心が折れてしまいそうだったからだ。
僕は聖地として崇めている近所のコンビニへ車を走らせた。
かつて仮面ライダーの一番くじでラストワン賞を引き当てた、相性の良い場所だ。
だが、こんな日に限って店内は異様に混んでいた。
レジ待ちの数分間が、まるで『精神と時の部屋』、あるいは『魔空空間』に閉じ込められたかのように長く感じる。
ようやく僕の順番が回ってきたが、目の前に立っていたのは店内で一番愛想の悪い、死んだ魚のような目をしたロッカー崩れの店員だった。
(最悪だ。よりによってこいつか……。神は僕に、このゲートキーパーを突破せよと仰るのか)
(お前に、この神器が扱えるのかと問われているのだな!受けて立とう!)
僕は一分一秒を争う騎士の心境で、カウンター越しに告げた。
「単4電池を。上位聖核の『エボルタ』で。在庫はすべて僕が引き取りますっ!」
決まった〜。あとは会計を済ませるだけだ。
店員は僕の言葉を聞き終わる前に、鼻の穴を指で弄りながら、欠伸混じりの声を返した。
「……単4? あー、ないっすよ。たった今、さっきの客が全部買っていったんで。午後まで待てば来るんじゃないっすか.....たぶん」
「えっ……な、ないの!? 本当に!? 引き出しの奥に一つくらい、残ってるんじゃ、なぁ、なぁいかなぁ……なぁ?」
あまりの衝撃に、僕の日本語は幼児退行を起こした。
「ないものはないっすよ! 次の客待ってるんで、もういいっすか?」
「もっ……もっとよく探してく見てださい……? 一つくらい、切手の引き出しとか.....おでんの出し汁底に迷い込んでいるとか……そういう可能性は……?」
僕は引き下がらない。
しかし、もう意味不明である。自分が何を言っているのか僕が一番理解できなかった。
それほどまでに僕は追い詰められていた。
「あぁー?、ないっス。ないっスよ。っつーか、しつこいっスよ。ないもんはない。はい、次の方ー」
店員は僕をゴミを見るような一瞥で掃き出し、次の客の会計を始めた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 僕は、今日という日のために……ッ!」
「あー、コレ。営業妨害っすよ。警察呼びます?」
……警察。特撮ファンが最も恐れるワード。
僕は顔を真っ赤にし、背後に並ぶ長蛇の列からの冷ややかな視線を浴びながら、這う這うの体で店を後にした。
僕は車を飛ばし、いつもヒーロートイを物色するビックカメラへと向かった。
……死闘の末。
ビックカメラで聖核を購入し、自室に戻ったのは数時間後だった。
「御神体様、お待たせして誠に申し訳ございません」
平伏し、謝罪を捧げ、ファイズドライバー、フォン、ショットへと、次々と魂魄体を受肉させていく。
そして、ついにその瞬間が訪れた。
ファイズフォンを片手スナップで開き、起動コードを叩き込む。
「5・5・5」+「ENTER」。
勿論、認証コードは誰もが知る世界共通の常識だ!
『STANDING BY…..』――ヒィィィーーン、ヒュイーン、ヒュイーン……。
五臓六腑に染み渡る神聖なギミック音。
僕は二時間もの間、鏡の前で変身を繰り返し心ゆくまで堪能し、ふと足元の箱に目をやる。
「あ、そうだ。プロジェクターの起動も確認しとかなくちゃ」
裏蓋を開けた僕は、再び「世界の終わり」を目撃した。
「……ん? 中位聖核(単3電池)3体?」
引き出しを漁る。
「えええええええ……ッ!? 中位聖核が……2体しか……ない……ッ!!」
僕は再び、ビックカメラへと車を走らせた.....
試練から戻った僕は日曜日だというのに僕は迷わず仕事用のスーツに着替えた。
銀色に輝くギアを腰に装着し、鏡の中の自分に見惚れる。
「ヨシッ!これならいける。……少しモコっとしているけれど、全然問題ない」
月曜日の朝。
僕はいつもの起床時間より2時間も早く目を覚ましていた。
本日のライダー様は――本来ならお手製のクジで決めるのだが、今日に限ってはその必要はない。
「決まってるだろ。本日のライダー様は、Φ《ファイズ》様だ」
僕は「スマートブレインの社員(ファイズ様)」として、通勤ラッシュの戦場に立っていた。
吊り革を掴む僕の左手、ジャケットの袖からはファイズアクセルが顔を覗かせている。
隣に座る5歳くらいの少女が、クリッとした瞳で僕を、いや、僕の腕の『神の結晶』を凝視していた。
(この少女、僕をみてるのか……? もしかして、僕がスマートブレインの……それとも、僕の中に潜むオルフェノクの気配を感じ取っているのか?)
そんなありもしないことを、僕はあろうことか無意識に口に出して呟いていた。
「ねえ、ママ。どうしてあのお兄ちゃん、男の子が遊ぶオモチャをつけてるの? 幼稚園にオモチャをもっていくと先生に怒られちゃうんだョ」
母親が咄嗟に娘の口を塞ぎ、我が子を抱き抱えるように背を向けた。
「見ちゃダメよっ!」
(……ハハッ。……流石にないよね)
自分が無意識に言葉を発していたことに気づき、動揺を隠すのがやっとだった。
だが、その羞恥心を上書きするように、脳内ではファイズアクセルの起動音が鳴り響く。
この満員電車の雑踏を、10秒間の高速移動で駆け抜けられたなら――。
不審者として連行されることなく、僕は無事に会社へと辿り着いた。
ジャケットの下にある、重く、硬く、そして神聖な「覚悟の重み」だけを誇らしく感じながら。




