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目覚めたら生贄寸前の女官ですが

作者: 白映
掲載日:2026/02/22


シンプルに強い女の子を見たかったので勢いで書きました。ゆるふわな気持ちでどうぞ。





『……を捧げ、請い願う。理外の……』

「……?」


 頭上から聞こえる知らない人の声にふと意識を浮上させ薄らと瞼を開いたところ、いの一番にわたくしの目に映ったのは――うすら寒い銀色の煌きでした。


(……これ、ナイフ、ですわね?)




◇ ◇ ◇




 ごきげんよう、皆さま。わたくしルーミヤ・カレースと申します。エンジュ王国の片隅、しがない田舎の貧乏貴族家の長女として生まれました。貴族としての権勢など無きに等しい我が家ではわたくしの嫁入り先を探すことはできないので、自力で身を立てよと命じられ王宮の女官として働いております。女官と言っても家格の低いわたくしは比較的下っ端、使い走りといったところです。


 それでもわたくし、魔獣も朝な夕なに出てくるようなド田舎出身ですから、王都のご令嬢方と比べれば体力と腕力には自信がございます。自分で申し上げるのもなんですが、真面目でそこそこ責任感がある人間だとも思います。十六歳で奉公に出てから三年、使い走りも特に苦にならず、いたって誠実に勤めてまいりました。良いご縁には残念ながら巡り会ってはおりませんが、堅実な仕事ぶりだと女官長からご評価いただいており、結婚などせずに一生を王宮女官として勤め上げるのも良いと考えておりました。


 王宮のお仕事はお給金も待遇も良く、勤め続けるのに何ら不満はございません。一つ不安なことがあるとすれば、近年不穏な動きを見せているという隣国よりの工作員が王都に潜入しているという噂を聞いたことではありますが……、今代の我が国の国政や国防を担われる皆様は国王陛下ならびに王族の皆様も、官吏の皆様も、騎士団や魔術師団の皆様もとてもとても優秀な方揃いと聞き及んでおります。わたくしのような下っ端などが関わるような事態に陥るまでもなく、早々に収拾が図られることでしょう。……そう思っておりました。


 少し記憶を巡らせますと、昨日は東棟の第三倉庫の整理と先日伐採された西棟中庭の生垣の抜根をしておりました。そして終業後は就寝前に繕い物をしながら、給茶室で淹れたお茶をいただきました。その後少しするととても眠たくなり、早々に床に就いたのですが……、ふと目を覚ませば冒頭に申し上げたような事態になっていたという訳です。


 とんでもない状況に飛び起きそうになりましたが、こんな時こそ平常心です。ナイフの持ち主を刺激しないようなるべく身じろぎを抑えつつ、今の自身の状況の把握に努めたところ、どうやらわたくしはどこかの部屋の床に仰向けに寝かされており、手足を紐か何かで縛られているようです。


 場所はどうやら王宮内の一室。部屋の造りから察するに、玉座の間や謁見の間のある棟の物置などに使われている一室ではないでしょうか。式典用の燭台や垂れ布、演舞で使われるきらきらしい儀礼剣や羽飾り、騎獣の鞍や鞭なんかが周囲に詰まれた箱から覗いています。


 周囲の状況は頭上のナイフを持った危険人物とわたくしの他に、取り囲むように数名いるのが室内の気配から窺えます。頭上の危険人物は王宮官吏の制服こそ着用していますが、耳元にある金の耳飾りは隣国出身の人間がよく身に着けているもの。……もしかして、王都に潜入したという隣国の工作員なのでしょうか。そういえば本日は隣国の大使ご一行が、国王陛下と会談をなさると聞き及んでいます。へ、陛下はご無事でいらっしゃるのでしょうか……?


 隣国リスキア皇国は数年前に皇帝が代替わりしてからというもの、我が国を含めた近隣諸国を見境なく敵国とみなし、武力衝突を見越した非道な技術の開発や禁術の利用を進めていると噂には聞いていました。ところで今わたくしが縛られ転がされているこの部屋ですが、何だかとてもとてもいやな気配が充満しています。例えるならばわたくしの故郷の北東部に広がる魔の森に迷い込んだ時の雰囲気を煮詰めたような。具体的に何をしようとしているのかはわかりませんが、これが禁術に関わるものだと言われれば納得してしまいます。……まるで、愚かにも人には到底御しきれない何かを喚ぼうとしているような。


 禁術と言えば他者の使役や洗脳、死者蘇生、魂魄の改造など色々ありますが、この状況に当てはまりそうなものはやはり『虚獣召喚』でしょうか。ああいえ、わたくしは魔術の専門的な知識は学んだことはないのですが、そういったお話自体は領主邸に滞在されていた元王宮魔術師のヴェムおじさまに雑談として教えていただいたことがあるのです。


 禁術で言うところの虚獣とは魔性や瘴霊とも呼ばれ、普段はわたくしたちとは異なる世界に存在しており、その力の一端ですらとてつもなく危険なものなのだそうです。術者の力量が足りず従えられなければ術者を食らい、それに飽き足らず周囲全てを食らい腐蝕し焼き尽くす、そんな存在。わたくしたちの身近な脅威である魔獣など、及びもつかないほど恐ろしいものなのだと。そして、そんな虚獣を召喚するときに行う儀式では生贄や血を使うのだと……おじさまは、そう仰っていましたね。


 そうこうしている間にも何らかの呪文のような言葉は続き、その間銀のナイフはわたくしの上に翳されたままです。更に言えば頭上の危険人物が『穢れ無き乙女の血を捧げ……』というような文言を口にしていた気もします。もはや疑いようもありません。


(――さてはわたくし、生贄寸前ですね?)



◇ ◇ ◇



 い、生贄だなんて断固拒否です!……とは申しましても手足を縛られている身。そうやすやすと逃れることはできません。ましてや、周囲の雰囲気から察するに儀式は佳境に達している様子。もう数分もないうちに頭上のナイフは振り下ろされるのでしょう。落ち着いて、けれど急いでどうするかを考えなければ……。



 そう焦るわたくしを嘲笑うかのように、ナイフを持った男は一際高らかにこう謳います。


『我が求めに応じて姿を現し、忠実なる剣として我が望みのために行使せよ!』


 ――その言葉と同時に高く振りかざされたナイフが、勢いよく振り下ろされました。


(……っ!)


 咄嗟に身体を捻り、ナイフの軌道から逃れます。わたくしの身を割くことのなかったナイフは床を削り、刃先が少し埋まります。


(考えている暇はっ……、ありません……!)


 床に突き立てられたナイフに向かって縛られた両腕を滑らせ、紐をぶつりと切ります。切れ味の良いナイフで助かりました。そしてその勢いのまま状態を起こし、自由になった左手でナイフを掴み右手でナイフ男の手首を打ちます。



「ぐぁっ……」



 くぐもった呻き声と共に手放されたナイフを素早く翻し、両足を戒める紐を断ち切ります。これでわたくしは自由の身、武器も手にしている状態。形勢逆転、です。領地で山賊に攫われた経験が活きましたね。人生どこで何が役に立つか分からないものです。

 戸惑った様子で膝立ちになっていたナイフ男の首筋を手刀で一閃、まずは一人沈めました。あら、今はわたくしがナイフ女でしょうか。


「き、貴様……!」


 ですがええ、まだ周囲には敵と思しき男達がいるのです。その数七名。いや多すぎませんか?王宮の警備、実はザルなのでは……?


 気色ばむ男達の間を縫い、まずは三名。それぞれ胴への当身と顎への掌底、それと首筋への一撃で落とします。残りは四名。ですが……、残る彼らはどうも武術の心得があるようで、先ほど沈めた男たちと比べれば隙のない身のこなし。しかもこの短い時間で体勢を立て直し、連携して襲い掛かってきました。

 膂力では勝てないわたくしの優位性は身軽さと素早さのみでしょう。壁際に追い詰められないように斬撃を搔い潜りつつ、ナイフに変わる得物を探します。咄嗟に手に取ったのは騎獣用の鞭。少し重たいですがやはり手に馴染むそれをしっかりと掴み、彼らに向けて奥の手と共に振り抜きました。


「貴様……魔術師、か……!」


 頽れる男達。三名は昏倒させましたが、一際丈夫そうな一名が膝をつきながらもそう言います。


「いえ、違いますわ」


 確かに鞭に魔力を載せて衝撃波を振りまきましたが、わたくしにできるのはこれくらい。ヴェムおじさまのような多彩かつ精密な魔力操作なんて出来ようはずもありません。魔術師だなんてとんでもないことです。


「ともかく、お眠りくださいませね」



 もう一度鞭を振るい、最後の一人を沈めます。しかし中々の実力者だったようで、倒れ伏しながらも飛ばしてきたナイフが私の腕を掠めてぱっと血が散りました。


 ――それを見た男が、にたりと笑ったのです。



「ああ、これで……成った……」



 そんな不穏な一言と共に昏倒する男。それと同時に室内に漂っていた嫌な気配がぐん、と濃密になりました。



「まさか……」



 はっと床を見遣ると、そこには禍々しい紋様のようなものが、わたくしが倒れていた場所を中心として一面に描かれています。そして、そこに散ったわたくしの血。それが触れたところから紋様が赤黒く色づき、見る間に全体が光を放ちました。空気がびりびりと振動します。召喚が……成立したというのでしょうか。止める方法が分からず呆然とするわたくしの目の前、紋様に囲まれた中に黒い霞のような影が集まり、形を成していきました――。





◇ ◇ ◇




 時は正午。エンジュ王国、謁見の間にて。リスキア皇国の使者との会談のため宰相や外務相らと席についていたエンジュ国王ガイゼルは顔を強張らせていた。


 正午丁度に不可解な揺れが発生した次の瞬間、護衛として控えていた王宮魔術師団長が目にも留まらぬ速さでガイゼルに三重防御の付与魔術を掛け、会談の席のエンジュ王国側に防御障壁を張った。それと同時に、先ほどまで国境付近の緊張状態についての折衝を始めようとしていたはずのリスキア皇国の使者達が、どこからか隠し持っていた武器を取り出してエンジュ王国側の会談参加者へ向けたのだ。


「何の真似か、大使殿よ」

「はは、無様だな。今日で貴殿らの国は終わりを迎えるというのに」


 嘲るような物言いのリスキア皇国大使に被せるようにして、魔術師団長が言う。


「申し上げます、王宮内に異常な魔力塊の発生を確認しました!」


 その言葉を裏付けるように、魔術師としての素養はさほど高くないガイゼルにすら強烈な重圧を放つ何ものかが凄まじい勢いで玉座の間を目指していることが感じとれた。


「貴殿ら……っ、一体何をした!」


 同じく護衛として控えており、今はガイゼルを庇う様に前に出て牽制する近衛騎士団長の怒鳴り声に、余裕の表情で相対する大使曰く。


「我らには虚獣がついている。その力を以て、この城は制圧させていただく」

「ふ……ざけるな!」

「隙を見せた方が悪い。そうだろう?」


 そんなやり取りを続ける間もなく、魔力塊が謁見の間に迫る。扉前の護衛の制止の声すら置き去りに、吹き飛ぶようにして開かれた扉から現れたのは……、




「緊急事態にてご無礼ご容赦ください、陛下はご無事ですか!」



 ――捻じれて天を指す一対の角が生えた猛々しい狼のような、しかし背中に三対の羽が生えているので狼ではなさそうな、周囲に赤黒い人魂のようなものを無数に浮かべ従えているどう見ても異界の怪物……と、その背に素晴らしい騎乗姿勢で跨り駆け付けた若い女官だった。



「あっ隣国の!」

「えっそなたはというかそれは何」

「すみませんご説明は後程、そちらは隣国の使者の方ですか?」

「いや剣を向けてきた彼らはもはや使者とは呼べまいがその、それよりもそなたは」

「そうなんですね!ポチ、彼らも巻いて!」

「わうん」

「ポチ??巻いて???」



 エンジュ王国の女官のお仕着せを着た若い女性の命を受けた怪物が一声鳴くと、従えていた赤黒い人魂のうち五つがゆらりと揺れて隣国からの使者たちに巻き付き、ぎゅっと締め上げ一塊にまとめ上げてそのまま怪物の方に引きずっていった。よく見れば怪物の後ろにはもう八名ほどが同じようにして拘束されている。



「ポチ、あなた他にも彼らの仲間が居るか分かったりしない?」

「ぐるっ」

「この部屋にはいない?」

「わおん」

「え、武装した人たちが地下水路に隠れているの?」

「っ……すぐさま第二から第四騎士隊を地下水路へ!必要に応じ通路を遮断せよ!第一は此処へ!」



 女官 (たぶん)と怪物の会話を聞き、一足先に衝撃から立ち直った騎士団長が指示を飛ばす。伝令に走り出ていった部下を見送った騎士団長は、警戒を解かぬまま彼女と怪物に向き直った。



「ええと、女官殿、あなたは……」

「も、申し遅れました、わたくし王宮女官として勤めさせていただいております、カレース家が長女ルーミヤと申します。先ほど縛られております彼らに虚獣召喚の生贄にされそうになりまして、術者たちは無力化したのですが」

「「「生贄?無力化した??」」」

「はい、ですがわたくしの不注意で召喚は成ってしまい。こちらが召喚された虚獣です」

「「「こちらが召喚された虚獣です???」」」

「あっご安心ください、きっちり躾けておりますので!」

「「「きっちり躾けておりますので?!?!?!」」」



 騎士団長と魔術師団長、それからガイゼルの言葉がきれいにハモった。しかし致し方ないことだとガイゼルは思う。どうしてこうなったかが理解できない。ルーミヤと名乗る女官の側に控える有翼の狼は虚獣、魔性、瘴霊だと言われれば納得する姿ではあるが。しかし躾けてあるというのは事実だろう、彼女の右手には鞭が握られているが妙に堂に入った身のこなしである。


(……そうであるなら、一先ずは)


「すまないが……、隣国からの侵入者の確保に協力願えないだろうか」

「勿論です!ポチ、よろしくね」

「わう!」



 事情聴取はその後だと、歴代でも特に人を見抜く目を持ち、かつ異様に柔軟だと評される国王は意識を切り替えたのだった。



◇


 ――事が平定されてのち、通常召喚者の規定した期間がすぎれば異界に戻るはずの虚獣が全く帰る気配を見せずにルーミヤの傍に居ついたり、いくら安全とは言われても常にルーミヤに付き従う異形におびえる女官達の嘆願によりルーミヤの籍が対魔獣部隊ともいわれる第七騎士隊へ移動になったり、鞭使いとして目覚ましい活躍を見せる女騎士となんか角生えた怪しい騎士のバディが誕生したりするのだが……、それはまた別の話である。









~人物等紹介~


■ルーミヤ・カレース

 エンジュ王国に多い栗色の髪に栗色の瞳を持つ、一見して平凡な王宮女官。真面目だがおおらかで細かいことを気にしない性格。決して広くはないものの魔の森の一部を含み、知る人には『人外魔境』と評されるエンジュ王国カルデヴィシア領を治めるカレース家の出身。王宮女官として出仕するまでは領地で育ち、領地特産である果樹の品種改良の手伝いの傍ら、特注の鞭を片手にカレース家私設騎士団に交じり、人里に降りる魔獣などを追い払う生活をしていた。

 王都に出てきてからは機会がなく本人含め誰も気付いていなかったが、王都のご令嬢どころか騎士団の精鋭と比較しても相当に『体力と腕力には自信がある』。騎士団に移籍になったものの特段気にせずのびのびと勤めている。でっかいペットができたので『わんこの飼い方 初心者編』を取り寄せた。




■ポチ

 原態は銀糸の毛並みに柘榴石の瞳、黒曜の捻角に、毛並みと同色の猛禽じみた三対の翼を持つ狼に似た虚獣。彼らの住まう異界において、王族に連なる身分を持つ存在。贄に興味を惹かれ気紛れに召喚に応えたら、召喚者が昏倒していたのでちょっと暴れて帰ろうと思っていたが、暴れるどころか一吠えする前に鋭い鞭の音と迫力に満ちた『お座り』の声に服従してしまった。殺意こそなかったが、意に染まぬ動きをすれば即座に塵に帰されそうだったと後に語る。

 面白い玩具を見つけたのでしばらく帰らない、という伝言を受け取り慌ててやってきた異界の部下は、人間の小娘にどでかいブラシでブラッシングされる上司を見て呆然としていた。ちなみに部下(三つ首の灰色狼)も見つかってブラッシングされた。



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