9.
ゼフとリエルは、高橋正義に連れられて警察署の外へ出た。
「ちょっと!」ゼフが不満げにうなる。「せめて部下を何人か貸してくれよ!」
「悪いな、坊主」高橋正義は首を振る。「あの家は危険だ。深く掘れば、埋まるぞ。忠告だ――今は厄介事を探すな。何か見ても、立ち向かうな。すぐに戻って来い。別の住まいは用意してやる」
そう言い残し、高橋正義は署内へ引き返した。兄弟だけが取り残される。
「……くだらねえ」ゼフが鼻で笑う。「四十年も署長やってて、腰が引けてる。まあいい。店寄って、今夜の飯買うぞ」
そのとき、姉妹が兄弟の体から離れ、通りの真ん中に姿を現した。
「話は上手くいった?」護里が尋ねる。
「お前ら何してんだ!」リエルが小声で怒鳴る。「誰かに見られる前に戻れ!」
「見えない」玲離が淡々と言う。「あなたたち以外の人間には、私たちは感知できない」
「でもさ、道のど真ん中で独り言言ってる変人に見えるだろ」ゼフが言った。「ついて来い」
姉妹はついてきた。ゼフとリエルは近くのファストフード店へ入る。
飢呑が看板をつんつん突いた。
「わあ! ピカピカ!」
「触るな!」リエルが必死に止める。
看板がぐらぐら揺れ、店内の客がこちらを見て、ひそひそ声を漏らす。
「なあ、あれ……オードのガキじゃね?」
「そうだ……近づかない方がいい」
「また誰かを“あの家”に連れ込んだのか? ……いや、親父本人みたいなもんか」
人がぞろぞろと店を出ていく。すれ違いざま、ゼフにぶつかる者もいた。
「羊だな」ゼフが吐き捨てる。「理解もしねえ噂で逃げてる」
女性の店員が気づいて手を振った。
「いらっしゃいませ! ご注文は?」
「人間の腹が一番早く満たされるやつ」ゼフが答える。
「はい!」
リエルが額を叩く。
「ハンバーガーとポテトでお願いします、すみません」
店員は頷く。
「承知しました。お持ち帰りで?」
「はい」
会計を済ませ、店員が奥へ行ったタイミングで、二人は席に座った。
「で、次どうする?」リエルが聞く。
「まだ分からん」ゼフは肩をすくめる。「仮面の連中が誰か突き止める必要がある。あの家で何かやったのは確かだが、何を、なぜ、どうやって、いつ――全部不明だ」
リエルは顔を手で覆う。
「何年も前からの話だろ。手がかり探すのもキツい。もう全員死んでてもおかしくない」
「死んでるって決めつけるな」ゼフが言う。「親父は“外の尺度”では最近死んだ。五十九だった。なら仮面の連中も生きてる可能性は十分ある」
リエルが言い返そうとして――膝の上に飢呑がちょこんと座っていることに気づいた。
「おい! 何してんだよ!」
「あなた、しゃべる椅子!」飢呑が指差す。
「は……?」
ゼフは腕を組んで背もたれにもたれた――その肩を、慈凪がぎゅっと掴む。
「……明かりが怖い……お願い、もう帰ろ……」
「女よ。光で幽霊は死なねえ」
「でも……気持ち悪いの……!」
ゼフはため息をつく。
「いいか。しばらく俺たちと一緒にいるなら、外に出ることに慣れろ」
「でも……外なんて出たことない……!」
「そう」護里も頷く。「とても、とても長い。壁。壁。壁。壁。壁。……もっと壁!」
護里が勢い余って椅子を叩いた。椅子が飛び、壁にぶつかって逆方向に折れ曲がる。
「今の何?」奥から店員の声。
「……やべ」リエルが顔を引きつらせる。
リエルは折れた椅子を掴み、外へ放り出すように運んで戻ってきた。
「な、何でもないです! すみません!」
店員がロビーへ戻ってくる。
「お待たせしました。こちらお品物です!」
紙袋を二つ、テーブルに置いて奥へ戻ろうとする――そのとき。
リエルは、店員の腕に“妙な印”が見えた気がした。
「……ん?」
だが店員は素早く腕を隠し、振り返って笑う。
「良い夜を!」
「……あ、はい。あなたも!」リエルは返した。
外へ出てゼフを導きながら、リエルは耳元で囁く。
「なあ。あの店員、ちょっと怪しい。変な目で見てきたし……腕に花のタトゥーみたいなのがあった」
「……ふむ」ゼフが言った。「面白い最初の手がかりかもな」
飢呑が二人にしがみつく。
「ねえねえ! 答え見つかった!?」
「まず」ゼフは続ける。「この四人を何とかする」
振り返ると、飢呑がリエルの背中に張りつき、残り三人は道の真ん中に立っていた。
「……うん。先にそっちだな」
そこへ車が近づき、クラクションが鳴る。
「おい! 邪魔だ! どけよクソガキ!」
「すみません!」リエルが頭を下げる。
車が進みながら、運転手が吐き捨てた。
「最近のガキは悪魔だ。うるせえったらねえ!」
護里の目が光った。腕を伸ばす。
「……は?」
「あ、やめろ!」ゼフが察する。
護里は一動作で車をひっくり返した。
車体は滑って壁にぶつかり、人々の悲鳴が上がる。
「護里!」ゼフが叫ぶ。
護里は自分の手を見つめる。リエルは、這い出してくる運転手を見て青ざめた。
「助けなきゃ!」
だが運転手は二人を指さし、叫びながら逃げ出した。
「呪われてる! 家が呪ってるんだ! 人間じゃねえ! 逃げろ!」
通りの人々も、同じように散っていく。
「慈凪」ゼフが命じる。「治癒の魂!」
「……う、うん!」
すぐにゼフの視界が戻った。
目の前はひっくり返った車、逃げ惑う群衆、そして道の中央に立つ護里。
ゼフは護里の腕を掴み、引っ張った。
「行くぞ! 今すぐだ!」
ゼフ、リエル、そして姉妹は足早にその場を離れた。
――その頃。
ファストフード店から、さっきの店員が出てきた。
通りの惨状を眺め、口元をわずかに上げる。
「……ふうん」彼女は呟く。「魂の結びつけ……」
彼女は通りの先を見る。もう兄弟はいない。
「……Like Father, like Sons。全部、計画通り」
彼女の瞳が、淡いピンクにちらついた。
「……全部、計画通り」
――




