3.
「……オード……」
――あいつは“あっち側”だ。
――怪物の一人だ。
――殺せ。
――待て。まず、何をするか見よう。
「うおっ!」
ゼフは起き上がり、荒い息をついた。
(今の声……本物か? それとも俺が変になってるだけ? 上から聞こえた気がした)
立ち上がり、補聴器のスイッチを入れる。
「……どうでもいい。集中しろ。手がかりを拾う」
目を閉じ、音に意識を寄せた。
【右から水滴の音……配管? それとも別の何か?】
前へ進み、壁にぶつかる。
【石……というか、煉瓦みたいだ。ここは1955年じゃない。別の場所へ運ばれたか、家の古い区画にいる】
ゼフは一歩下がった。
「……下に照明があるのかも分かんねえ。リエルがいりゃ早いのに。……でも、もしかして――」
跳び上がって天井に手を伸ばす。だが、何もない。
【中央照明なし? 普通の部屋じゃない。……まだ家の中か?】
顎に指を当てる。
「……よし。繋がった。まとめるぞ」
【事件詳細#1:水滴の音】
【事件詳細#2:煉瓦のような壁】
【事件詳細#3:頭上の照明なし】
【推理:俺は地下の隠し部屋に引きずり込まれた。だが、誰に? 何に? なぜ?】
ゼフは首を振った。
「考えてる時間はねえ。ここから出る。方法さえ見つけりゃいい」
壁沿いに手を這わせ、出口を探す。だが、扉らしきものがない。
「……誰かいるか?」
返事はない。
「くそ。入れたってことは、入る手段がある。じゃあ、どうやってだ? 考えろ、オゼファリオン……考えろ」
【どうやって入った……?】
その瞬間、ひらめいた。
【天井に照明なし/壁が煉瓦/上から声――】
【推理:地下の隠し部屋だ。入口は天井だ】
ゼフは顎に触れる。
「よし。次は――上に上がる方法。何かあるはずだ」
「……オード……」
また声。
「近い……! 急げ、急げ!」
手探りで部屋を巡るが、何もない。
「くそ……空っぽにされてる。徹底してやがる。別の出口が――」
歩いた足先が、金属に当たった。
「……ん?」
しゃがんで触る。
「排水口だ。水滴はここか。……どこに繋がってんだ?」
指を格子の隙間にねじ込み、力任せに引っ張る。
「開け……時間ねえんだ……!」
手が滑って尻もちをついた。
「……よし。腕力だ。……いや、踏みつければ――」
排水口の位置を確かめ、何度も跳び乗る。
「開けろ、クソ換気口!」
ぎし、ぎし、と軋む音。やがて格子が外れ、ゼフは中へ落ち込んだ――が、半身が入ったところで、すぐに何かに突き当たる。
「……くそ。行き止まりかよ!」
這い出たそのとき、足元に柔らかいものが触れた。
拾い上げる。
「……ふわふわ……ぬいぐるみ? なんでこんな場所に――」
【事件詳細#4:隠し部屋でぬいぐるみを発見】
「持っとくか。……他にも何か」
さらに探ると、切れたロープが指に引っかかった。先には凧が結ばれている。
「凧……ぬいぐるみ……子どもの玩具。妙だな」
ゼフはぬいぐるみを握り締めた。
「親父……ここで何してた」
凧のロープをもう一度掴み、引っ張る。しっかり張っている。
「……使えるかもな。出口さえ見つければ。……見えねえ以上、工夫が必要だ」
ぬいぐるみをぎゅっと握る。
「お前、役に立てそうだ」
部屋の角へ行き、ぬいぐるみを真上に放る。
すぐ戻ってきて、顔に当たった。
「……そこじゃねえ」
左の別の角でも試す。
「……違う」
右でも。
「……まだ」
最後の角へ移動し、息を吸う。
「頼むぞ……!」
放ったぬいぐるみは、戻ってくるまでが明らかに長い。
「よし! 見つけた!」
受け止め、深呼吸する。
「煉瓦を足場にして登れる。問題は――穴を抜けることだ。深さは……いや、待て」
もう一度、ぬいぐるみを投げる。
「……一、二、三。三秒。了解」
ゼフはゆっくり壁をよじ登った。
やがて指先が金属に触れる。
「入口だ……凧を引っかける場所が要る」
ぬいぐるみを投げると、胸に戻る直前に金属に当たる鈍い音がした。
「……そこだ」
凧を投げようとした瞬間――何かが、凧を掴んだ。
「……オード……」
「リエル? お前か?」
「……オード……」
「おい、離せ!」
凧が引かれ、ゼフの体がじわじわと持ち上がる。
「……オード……」
「誰だ!」
次の瞬間、ゼフは一気に引きずり出され、壁へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「……殺せ……」
(あの声……人間みたいだ。なんでだ)
頭の中に、ちらつく顔が浮かぶ。読めない表情。歪んだ輪郭。
――壊された……
――この家へ引きずられた……
――悪魔の手先……
――封印のための虐殺……
足音が近づく。ゼフは後ずさりし、壁に背を押しつけられた。
月の護符を取り出す。
「下がれ、化け物ども!」
「……オード……」
次の瞬間、護符が弾き飛ばされた。
何かが首元を押さえ、ゼフを壁に縫い付ける。
「……まずい……!」
「――やめろ」
力が、ふっと消えた。
代わりに、耳を裂くような悲鳴が響き、足音が慌ただしく遠ざかっていく。
ゼフは咳き込みながら空気を吸い込み、床を手探りした。
「……くそ。護符が……ない。今の、何だ……?」
そこへ、リエルが駆け込んできた。
「おい! いた! ゼフ! お前、家じゅう探させやがって!」
「リエル……?」ゼフは息を整えながら言う。「俺の護符。見えるか。月の護符」
「それどころじゃねえだろ。何があったんだよ!」
「……妙なことが起きた」ゼフは言った。「俺は……護符を……探さないと」
「もっとヤバいニュースがある」
「何だ」
リエルは周囲を見回す。
「扉が七つある。全部、変な印が付いてる。で、もっと最悪なのが――」
「何だよ」
「俺たちの写真がある。……血で、文字が書いてある」
「何て?」
リエルは飲み込むように言った。
「……『Like Father…Like Sons』」
――




