15.
慈凪、玲離、飢呑は、通路の入口の外で待っていた。
慈凪は不安そうに指を噛む。
「こ、怖い……! もし戻ってこなかったら……玲離、どうするの……?」
玲離は数回瞬きをした。
「中に入れない。離れている不快感は強いが……どうにもならない」
飢呑は壁を何度か跳ね返り、二人の横へ着地すると、そのまま通路へ突っ込もうとした。
「入ーれーて!」
――そのとき。
彼女たちに気づかれない場所で、一本の触手が“見て”いた。
玲離が振り向いた瞬間、それは影へ引っ込む。
「……何か変」
慈凪が勢いよく振り返る。
「な、何!? 何が!?」
「……見られている気がする」
飢呑も目を輝かせる。
「誰?」
「え……?」慈凪の声が震える。
「……気にするな。データが足りない」
玲離は通路へ視線を戻し、ただ待った。
その頃――
リエルが扉を開けると、壁にもたれかかるように死体が転がっていた。手には携帯電話。
護里はゼフにしがみつき、離れない。
「うぇ……」リエルが吐き気をこらえる。「俺、夕飯戻す」
「何だ」ゼフが問う。
「死んでる。しかも、あのログ書いてた奴と同一人物っぽい」リエルが顔をしかめる。「プロ探偵じゃなくても分かる」
「つまり、心配していた“何か”に殺された。だから最後まで書けなかったわけだ」
護里がゼフの胸に顔を埋め、涙を流した。
「やだ……また……また……!」
「……リエル、ちょっと来い」ゼフが小声で呼ぶ。
リエルが近づき、同じく小声で返す。
「何?」
「……これ、どうすればいい」
ゼフは護里を示した。
「え、怖がってるんだろ。慰めれば?」
「分からん。慰め方が分からん」
「お前、女と喋ったことないの?」
「ある! 妹とも喋ってる!」
リエルが額を押さえる。
「とにかく安心させろ。頼られてんだよ。俺は……えーと、クローゼット見てくる」
「おい、待て――」
ゼフは咳払いする。
「護里。なぜこの部屋が、お前の不快と悲しみを刺激する?」
「全部!」護里はさらに強く掴んだ。
「痛っ……」ゼフが顔をしかめる。「なぜ非実体がこんなに強い……」
「優しい言葉!」とリエルが小声で釘を刺す。「覚えて!」
「……あぁ、そうだな」ゼフは硬い声で言う。「護里。……大丈夫だ、と言う場面だろう。これは」
護里は涙を拭き、震える声で言った。
「……まだ調べるの? 私に手伝わせるの?」
「当然だ。取引は――」
「おほん!」リエルが割り込む。「嫌なら、ここから先は無理に巻き込まない。な? ゼフ」
リエルが肘でつつく。
「……そうだそうだ。いや、私は彼女に依存などして――」ゼフは言い直す。「有能な協力者を絶望に突き落とすほど、私は非道ではない」
護里が一歩引いた。
「……協力者?」
リエルが小さく呻く。
「ほら始まった……」
ゼフは首を傾げる。
「違うのか? 友好的な同盟者。共同作業者。プロとしての相性――」
護里は腕を組み、ぷいとそっぽを向いた。
「ふん!」
「……え?」ゼフが固まる。「拗ねた?」
「拗ねた」リエルが即答する。「拗ねてる」
「なぜだ」
リエルはゼフを端へ引っ張る。
「多分、孤独で怖いんだよ。相棒じゃなくて“友達”が欲しいんだと思う」
「だが彼女は幽霊だ」
「存在してるだろ。そこ大事」
「なら、なぜ“拗ねる”! 非合理だ!」
「お前が真面目すぎて、がっかりしてるとか。お前に懐いてるんじゃない?」
「これは深刻だ。死体があり、ログがあり、事件がある」
護里は壁を向いたまま、目を閉じていた。
リエルはため息をつく。
「ほら。怒ってる」
「……素晴らしい。管理すべき問題が増えた」
「よし、とりあえずクローゼット行こう。ドラマは後だ」
リエルがゼフをクローゼット前へ連れていく。護里は少し距離を置いて見ていた。
「骨みたいになってる」リエルが言う。
「当然だ」ゼフが応じる。「死んだのは何年も前。明確な死因は?」
「分かんねえ。ただ……何かを見上げたまま死んだ感じ」
「……興味深い」
【事件詳細#10:ログ筆者の死因不明――何が起きた?】
「携帯」リエルが言う。「機種、そこまで古くない。動くか試す?」
「良い。電源を入れろ」
リエルがボタンを押し、何度か試す。
「おっ……低電力の表示出た!」リエルが声を上げる。「充電すれば中身見れるかも!」
「よし。回収しろ。鞄に充電器があるはずだ」
護里は複雑そうな顔で、通路の外へ出ていった。
「……出たな」ゼフが言う。
「出たね」リエルが頷く。
「他に目立つものは?」
「特になし」
「なら戻る。携帯を開ける」
リエルはゼフを連れて通路の外へ出る。護里はすでに入口で待っていた。慈凪たちが護里へ飛びつくように抱きつく。
そして兄弟に気づく。
「戻った!」リエルが言った。
「新たな手がかりもある」ゼフが付け足す。
「な、何を見つけたの?」
「携帯電話だ。この家がこうなった経緯について、有益な情報が入っている可能性がある」
「もう上に行ける……?」慈凪が怯えた声で言う。
「行こう」ゼフが頷く。「回復が必要だ。疲れた状態では推理が鈍る」
護里は腕を見下ろし、鼻で笑った。
「……まだ小さい。でも力は残ってる」
護里はゼフへ近づく。
「それで満足?」
「当然だ。お前の強さは最も――」
リエルが慌てて咳払いする。
「言いたいのは、見た目とか関係なくお前はお前ってこと。あと、上に戻るの手伝って、護里」
護里は目を細め、面倒そうにため息を吐いたが、腕を伸ばして兄弟と姉妹をまとめて掴む。
そのまま――ぐい、と引き上げた。
居間に戻ると、リエルがゼフの鞄から充電器を取り出す。
「あった」
「繋げ」ゼフが言う。「長く放置されていた。回復には時間がかかる」
その間、姉妹は台所のテーブルに集まり、ひそひそ話していた。
数分後、リエルが携帯を確認しようとしたところで、姉妹が全員こちらへ来た。
「……失礼」護里が遮る。
ゼフがすぐ顔を向ける。
「……囲まれているのか?」
「囲まれてる」リエルが小声で言う。「あと、そっちじゃない」
リエルがゼフを正しい方向へ回し、ゼフはシャツを整えた。
「よろしい。諸君、何だ」
飢呑が両手を背中に回す。
「会議したの!」
「……ほう」
「護里がね、もう“相棒”やめるって」玲離が淡々と言う。「それは私たち全員の意見でもある」
「……やば」リエルが小声で漏らす。
ゼフは肩をすくめる。
「理解した。事件は複雑で、精神的負荷も大きい。無理に付き合わせるつもりはない。離れていい」ゼフは携帯へ向き直る。「……充電は何%だ?」
リエルが青ざめる。
(今それ聞く!?)
「……友達じゃないの?」慈凪が小さく言う。
「当然違う」護里が鼻で笑う。「この人、調査のことしか見てない」
「……ん?」ゼフが困惑する。「ならなおさら。働かなくていいと言っている。君たちは君たちの意思がある。携帯を――」
リエルが携帯を差し出す。
「ロックされてる。パスコード」
「なら私が解除を――」
護里が、ゼフの手から携帯を叩き落とした。
カラン、と音を立てて廊下へ転がる。
「……解けないな」ゼフが呻く。
ゼフはため息を吐き、真正面を向いた。
「では何が望みだ。君たちは怒っている。だが理由が分からない」
リエルが耳元で囁く。
「喋るな」
護里はリエルへ向き直る。
「リエル。兄に言って。友達になりたくないなら、もう助けない。私たちはもう“使われたくない”。相棒としてでも」
「……おいおい」ゼフが割り込む。「友達が欲しかったのか?」
「言っただろ」リエルが肩をすくめる。
「分かった分かった。友達でも何でも。……一〜二時間で終わらせ――」
「ダメ」飢呑が即答する。「一緒に遊ぶの! 私たちがいいって言うまで!」
「……待て」
慈凪が頷く。
「う、うん……友達って、見せてほしい……」
「つまり」玲離が淡々と補足する。「次の二日間は、事件なし。手がかり探しもなし」
「リエル!」ゼフが焦る。「止めろ!」
護里がゼフへ近づき、腕を掴む。
「二日間。友達として扱う。それだけ」
護里はゼフの腕を引いた。
「……さあ、来て」
――




