14.
リエルは、壁の奥に現れた謎の通路を見つめた。冷たい風が、そこから流れてくる。
「……ゼフ? 壁、開いた」
「どこに?」
「真っ黒な廊下」
ゼフが立ち上がる。
「秘密の部屋に繋がっているに違いない! 調査だ!」
勢いよく踏み出し――壁にぶつかった。
「痛っ」
リエルが腕を掴む。
「そっちじゃない。こっち」
「あぁ……そうだったな。案内しろ」
リエルが暗い廊下へゼフを連れていく。姉妹も続いたが――次の瞬間、強い光が走り、彼女たちを弾き飛ばした。
「ぎゃっ!」
リエルとゼフが振り返る。
「大丈夫!?」リエルが叫ぶ。
慈凪が腕をさすりながら顔をしかめる。
「上の扉と同じ……痛い……」
護里が起き上がり、手を伸ばした。
すると――護里だけは、光の向こうへ踏み込めた。
だが同時に、護里の体が縮む。姉妹と同じくらいのサイズに。
「……体……普通に……?」
飢呑も入ろうとして、弾かれた。
「痛っ! リエル、ビリッてした!」
「触るな!」リエルが慌てて止める。「ゼフ、護里は通れたけど……サイズが普通になった!」
ゼフは顎に手を当てる。
「実に奇妙だ。……この廊下は、一度に一体の霊しか入れない、あるいは出られない構造かもしれない。護里、離れるな」
護里は腕を組む。
「ふん」
「さあ兄上」ゼフが言う。「廊下の奥へ。秘密を暴く」
慈凪が目を覆う。
「き、気をつけて……!」
護里が兄弟に続き、廊下を進む。壁には妙な刻印が並んでいた。
「嫌だ」護里が低く言う。「……本当に見る必要がある?」
「俺も同意」リエルが言う。「ここ、絶対ヤバい匂いする」
「馬鹿を言うな」ゼフが一蹴する。「事件の手がかりだ」
進むほど、リエルの背筋がぞわりと冷える。
やがて、半開きの扉の前で止まった。
ゼフが扉にぶつかる。
「痛っ……リエル、何に当たった?」
「金属の扉」
ゼフが頭をさする。護里が覗き込む。
「大丈夫?」
「珍しいな。心配するのか」
「当然」護里は淡々と言う。「あなたの肉体状態は、私が顕現できるかどうかに影響する」
「それは、俺が言いたいことを薄めた言い方だな」
リエルが咳払いする。
「ねえ、二人とも。早くしてくんない?」
「分かった分かった。扉を開けろ」
リエルがゆっくり押し開ける。
中は――事務室のような部屋だった。天井の灯りが、弱く点滅している。
「うわ……」リエルが呟く。「なんか、昔の学校の校長室みたい」
護里が腰に手を当てる。
「違う」
「知ってるのか?」ゼフが問う。
「断片的に……」護里が部屋を見回す。「壁が……見覚えある」
「なら探して、思い出せるか試すぞ」ゼフが言う。「リエル、ぱっと見で何かあるか?」
護里はゼフのそばを離れない。リエルが机へ近づく。
「紙がぐちゃぐちゃ。引っかき傷だらけ。犬でも暴れ回ったのかってレベル」
「犬ではないだろうな」ゼフが言う。「……むしろ怪物だ。護里、案内を」
護里が机へ導き、ゼフが紙を指でなぞる。
「切り裂かれている。爪……動物にも思えるが、こんな場所に動物を置くとは考えにくい」
【事件詳細#8:引き裂かれた紙――動物か、それ以外か】
床を見ていたリエルが声を上げた。
「ゼフ、これ……信じられない」
「何だ」
リエルは床から破片を拾い、ゼフの掌に乗せた。
「月の護符の欠片。パパがお前に渡したやつとそっくり。しかも……何十個ってある」
ゼフは触れ、目を閉じる。
「感触が違う。どれも“本物”ではない」ゼフは言う。「だが重要だ」
【事件詳細#9:月の護符の破片――複製が作られていた?】
ゼフは破片を護里へ差し出す。
「護里。護符について何か知っているか」
「知っている」
「これは分かるか?」
護里は破片へ顔を寄せる。
「あなたの父が持っていたのは知っている。だが……私は一つしか見たことがない」
護里が破片をつつく。
「これは知らない」
「……なるほど」
(声の調子は嘘じゃない。だが複製なら――姉妹が関わったのか? それとも別口か)
リエルが机を指差す。
「机に引き出しある」
「当然だ」ゼフが言う。「一つ目を開けろ。護里、椅子まで案内してくれ」
護里が導く。リエルが引き出しを開けると、黄色い分厚いフォルダが出てきた。
「フォルダだ」
「中身は」
リエルは一枚目を引き抜く。
「……ログ? 日誌みたい」
「価値がある。読め」
リエルが読み上げる。
「――『Day 1。実験は概ね計画通りに進行。多数の死者の霊が知性と一貫性を示し、複雑な質問と刺激に反応可能となった。次の目標は、彼らの潜在能力と“家から分離できる距離”を拡張すること。時間を要する見込み』」
ゼフの指が絡み合う。
「……実験……」
護里が、背後で固くなる。だが兄弟は気づかない。
リエルが続けた。
「――『Day 2。霊はより饒舌になり、高度な移動が可能になりつつある。上官の命令に従い、儀式知識を魂へ統合し、より“物理的な形”へ固定を試みる』」
ゼフは顎をさすりながら、情報を噛み砕く。
「……他は?」
リエルがフォルダをめくる。
「次の紙、日付がめちゃくちゃ飛んでる。間が全部切り取られてる」
「読め」
「――『Day 13,788。我々の最も成功したプロジェクト、[削除]が完成。彼女は非常に複雑な精神と、他と異なる明確な性質を持つ。魅力的だが、脱走した場合の危険は甚大。最深層に拘束する。安全のため、そして計画成功のため』」
リエルが読み上げるほど、護里は震え出した。
「最後っぽい」リエルが言う。「それ以外は空白……いや、これがある」
「――『Day[削除]。[削除]が解放された! 上官がどこにいるか分からない。逃げたのか、逃げられなかったのか。オトマールが関与したのは確実だ。意図せずとも。私はもう出られない。だが上官がこれを見つけたなら、どうか――“あの”中を――』」
「“あの”中?」ゼフが身を乗り出す。「何て書いてある」
「最後、ぐちゃぐちゃ。走り書きだらけ」リエルが言う。「多分、逃げたんじゃない?」
「……あるいは、逃げられなかった」ゼフが静かに言う。「だが十分だ。こいつらの計画は破綻した。家が“反乱”した理由にも繋がる」
護里がゼフにしがみついた。
「……出たい」
「ん?」ゼフが意外そうに言う。「どうした」
リエルが気づき、息を呑む。
「……ゼフ。護里、泣いてる」
護里はゼフに強くしがみつき、近くの扉を指差した。
「……思い出した……ここ……あそこ……あの中……見て……」
リエルが指された扉――クローゼットのような扉を開ける。
「……う、そ……」
中には腐敗した死体があった。
手には、ひび割れた携帯電話。
顔は恐怖で固まりきっている。
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