13.
警察署の中で、高橋正義はニュース映像を見つめていた。損傷した車から逃げるゼフとリエルの姿が、何度も繰り返し流れる。
「……坊主ども……何をやらかした……」
そこへ、ライフルを携えた宗像ツキコ巡査部長が入ってくる。
「市内を捜索しました、署長。痕跡なしです。おそらく……屋敷へ戻ったかと」
「戻ったなら、なおさら厄介だ」正義は低く言った。「向こうが有利になる。屋敷を監視しろ。境界を出た瞬間、確保しろ」
ツキコは敬礼する。
「了解です」
ツキコは廊下に出ると、待機していた隊員たちへ指示を飛ばした。
「聞いたな。屋敷を包囲。いずれ顔を出す。逃がすな」
武装した警官たちが、動き出す。
――その頃。
ゼフは地下の月の扉を手探りし、耳を押し当てて音を聞いていた。
「……静かだ。異常なほどに」
護里が壁にもたれ、腕を組む。
「何か見つかった?」
「いいや」
「手伝おうか?」
ゼフは顎に指を当て、少し考えた。
「……そうだな。床、真ん中をぶち抜いてくれ」
「は?」リエルが即座に突っ込む。「お前、最近“壊す”の好きすぎだろ! 新しい幽霊彼女に影響されすぎ!」
護里はゼフに近づき、小さく首を傾げた。
「あなたは、何かを見落としている」
「そうか」ゼフは咳払いする。「では改めて――護里。床の中央を、壊していただけますか。お願いします」
護里は笑った。
「いいよ」
護里は部屋の中央へ歩き、腕を広げて他の者を庇うようにしてから、床を踏み抜いた。
――ドンッ!!
床が震え、崩れ落ちる。
全員が落下するが、護里が抱え込むように受け止め、衝撃を殺して座らせた。
そして、そこは――ゼフが以前閉じ込められた“あの部屋”だった。
「やはりな」ゼフが言う。「こんな重要な場所、忘れるわけがない」
「……ここ、バンカー的なやつ?」リエルが周囲を見回す。
「それより悪い」ゼフは低く言った。「隔離用の部屋だ」
ゼフは立ち上がった。
「お前ら、この部屋に閉じ込められた記憶はあるか?」
四姉妹は揃って首を振る。
「ダメだな」リエルが肩を落とす。
【事件詳細#4:姉妹は隔離室に入ったことがない】
「リエル。この部屋の様子は?」
「湿ってる。狭い。ちょっと動いたら潰し合いだろ」リエルが言う。「大人一人すら無理だ。まして護里なんか――」
「……ん?」護里が目を細める。
「いや、何でもない何でもない」
飢呑がリエルを揺さぶった。
「見て! 見つけたよ!」
手には、ぬいぐるみのクマ。にこにこしている。
「好き?」
リエルは受け取り、眉を上げた。
「……待て。どこにあった?」
飢呑は部屋の隅を指差す。
リエルがゼフの肩を叩く。
「おい。ここ、クマのぬいぐるみある」
ゼフが反応する。
「……どこだ」
リエルが手渡した。
「ほら」
ゼフはそれを握りしめる。
「……これだ。俺が脱出に使ったやつだ。姉妹たち、この物はお前らのものか?」
四人はまた首を振った。
「またダメ」リエルが言う。
「飢呑」ゼフが問う。「どこで見つけた」
「左のあっち! そこに立ってた!」
ゼフの口元が引き締まる。
「おかしい。俺が落としたのは右側だ。……風が運んだのでないなら、誰かが“最近”ここに入っている」
【事件詳細#5:隔離室は最近、再侵入されている】
(誰だ……仮面の連中か? それとも、俺が襲われたときに聞いた“声”の主か?)
慈凪が不安げにゼフの袖をつまむ。
「ゼフ……わ、私……ここ、嫌……」
「この環境が記憶を刺激する?」ゼフが尋ねる。
慈凪は小さく頷く。
「……たぶん……」
「なら逆に、だ」ゼフが思考を切り替える。「お前らがここにいないなら、どこに閉じ込められていた? この家の中で、四人の強い霊を、抵抗ほぼ無しで拘束できる場所は」
「四人だけじゃないだろ」リエルが言う。「数十……下手すりゃ百以上いる」
玲離がリエルの耳元で囁いた。
「……扉の向こうだと思う」
「扉の向こう?」
「うん。あの光……妙に馴染みがある。それに地下では、いつも変な音がする。影に包まれた“人影”も、地下に近いほど見る」
「そうだとすれば」ゼフが言う。「扉の向こうへ行ければ答えが出る。問題は――ここに、まだ手がかりがあるかだ」
リエルが玲離へ小声で言う。
「もう一回、能力いける?」
「いい」
玲離がリエルに溶け込み、リエルは唱えた。
「洞察の魂」
空気が鈍り、情報が押し寄せる。
リエルは部屋を見回し――そして、目を見開いた。
「……ん? 音の波が、左の壁の向こうから来てる」
「何だと?」ゼフが即座に反応する。「慈凪、そこへ案内してくれ!」
慈凪が導き、リエルが壁を叩く。
――コン、コン。
明らかに空洞音。
「……偽装壁だ」
ゼフは護里へ向いた。
「頼む。壊してくれ」
護里が拳を叩き込む。
部屋は激しく揺れる――だが、壁はびくともしない。
「は?」リエルが青ざめる。「今ので隔離室ほぼ潰れたのに、なんで壁だけ無傷なんだよ」
護里はゼフの肩に手を置き、膝をつく。
「扉と同じ。動かない」
「問題ない」ゼフは言った。「ここまで隠したなら、封印もする。自然だ」
【事件詳細#6:偽装壁が存在する】
慈凪が指をもじもじさせる。
「ごめんなさい……あまり役に立てなくて……」
「違う」ゼフが即答する。「散れ。何でもいい、壁を突破できる“鍵”を探せ。慈凪、お前は少し借りる」
「うん……」
慈凪がゼフに溶け込み、視界が短く戻る。
「……頼む。何か……何か……」
ゼフは部屋を見渡し、床のクマを拾い上げた。
「市販品だな。拷問する子供に、カルトがわざわざ買うとは……妙だ」
「ゼ、ゼフ……あと十秒くらいしか……」
「十分だ。すぐ見る」
ゼフはぬいぐるみを上下に確認し、表面に何も無いと分かると裏返した。
首の後ろ。毛並みが不自然に絡み、潰れている“パッチ”がある。
その瞬間、視界が途切れた。
慈凪の声が耳に響く。
「ごめん……ごめんなさい……!」
「いい」ゼフは落ち着いた声で言う。「必要なものは見えた」
「え……見えたの……?」
ゼフは首の後ろを指で探り、確信する。
「……あった。ファスナーだ」
皆が身を寄せる中、ゼフがファスナーを下ろす。
中から出てきたのは、小さなネックレスだった。
「ネックレス?」リエルが眉をひそめる。「なんでテディベアの中に……」
慈凪が恐る恐る触れる。
「わ、私のに似てる……でも、下に……ハート……」
【事件詳細#7:ハートのネックレス】
ゼフは沈黙した。
そして、ゆっくり息を吐く。
「……繋がった」
「また始まった」リエルがぼやく。
(ネックレス。動かされたぬいぐるみ。偽装壁。これは――)
【推理:偽装壁の奥へ入った者が、このネックレスを“鍵”として使った】
「本当に?」リエルが半信半疑で言う。
「確実だ」ゼフは言い切った。「壁へ案内しろ」
護里と慈凪がゼフを壁へ連れていく。
ゼフがネックレスをかざすと、手の中で震え、飛び出しそうなほど暴れる。
そして――ネックレスと壁が、同時に淡く発光した。
「わっ、何か起きてる!」飢呑がはしゃぐ。
次の瞬間。
――ドンッ!!
衝撃波が走り、全員が後ろへ吹き飛ばされる。
そして、偽装壁が横へ滑るように開いた。
奥には、暗い通路。
「……やば」リエルが息を呑む。「今、デカい突破口引いたぞ」
――




