12.
「ねえねえ! ねえ! 遊ぼう!」
「……あとで……」
リエルはベッドに倒れ込み、顔に枕を被っていた。飢呑はその腹の上でぴょんぴょん跳ね、最後はどすんと座り、あぐらまでかいた。
「好きな色は?」
「もう五回目……緑」
「好きな人!」
「……え、弟。たぶん」
「好きな天気!」
「……夏?」
飢呑はリエルの顔へぐいっと近づく。
「私も!」
「お前、夏って分かってるのか?」
「分かんない!」
「じゃあなんで好きって言った」
「だってリエルが好きだから! 新しい友だちが好きなもの、私も好き!」
リエルは枕で顔を押さえ直した。飢呑は相変わらずつついてくる。
一方、玲離はリエルのスーツケースを黙々と整理し、クローゼットへ押し込んでいた。
「終わった」玲離が告げる。
「ありがと、ありがと。じゃあ、俺の横に――」
――ドンッ!
リエルが飛び起きる。
護里が部屋に入ってきた。肩にはゼフと慈凪を担いでいる。
「……何。今の」
「邪魔してるか、兄上?」ゼフが言う。
「まずさ、なんでドア蹴り破ったの。開いてたよ?」
「護里を護里のままにした」ゼフが平然と言う。「成功する提携の鍵は、無意味な制限を排除することだ」
「ドア破壊が無意味な制限の排除?」リエルは頭を抱えた。「……もういい。お前、幽霊と上手くやってるっぽいな」
ゼフが床に降りる。慈凪が手を取って、部屋の奥へ導いた。
「そうだ。俺は、幽霊が絶対に抗えない提案をした」
「……何?」
「一日一時間、外の探索」
「待て待て。俺ら指名手配だろ」
「だから静かに動く」ゼフはさらりと言った。「ともかく。全員、いい感じの友情だか関係だか、気持ち悪い何かになったところで――家をもう少し探る。手がかりを増やす」
飢呑がリエルにしがみつく。
「今回は私、リエルの背中に乗ってもいい?」
ゼフがリエルの方へ向く。
「リエル。こいつ、どれくらいデカい?」
リエルは飢呑を見てから、真顔で答えた。
「んー……細いけど肉はある。脚長い。腕は普通。でも全体的にガッチリ。たぶん350ポンドは超えてる」
「なるほど。情報提供感謝」
ゼフは手探りで飢呑――ではなく護里の太ももに触れてしまった。
「……君の提案は記録し、慎重に検討した。だが残念ながら、君の巨大な肉体フレームは、俺の小さな人間ボディでは扱えない」
「……じゃあ、肩は?」
「よし、移動するぞ」ゼフは話を切り上げた。「慈凪。もう一度地下へ案内してくれ」
ほどなくして一行は地下へ降りた。
リエルは七つの扉を見上げ、眉をひそめる。
「なんでまたここ?」
「今回は前提が違う」ゼフが言う。「仮面の集団がこの家を“運営”していた。地下に彼らの起源か、拠点、目的――何かしらの痕跡があるはずだ。ここから絞り込める」
「ファストフードの女は?」
「仮面側かもしれないし、ただのミスリードかもしれない」ゼフは冷静に言う。「判断には証拠が要る」
ゼフは護里と慈凪へ向き直った。
「淑女たち。少し手伝ってくれるか?」
「う、うん!」慈凪が頷く。
「何をすればいい?」護里が問う。
「まず護里。その七つの扉のどれかを破壊してみろ」
護里は月の紋が刻まれた扉へ歩き、拳を叩き込んだ。
――ゴンッ!!
天井の木片が落ち、部屋全体が震える。
だが扉は無傷のまま、かすかに光っただけだった。
「……効かない」
「効かないどころか、扉以外全部壊してる!」リエルが呻く。天井から水がぽたぽた落ち、頭に当たる。
【事件詳細#1:扉は力押しで破れない】
「事件詳細……?」慈凪が首をかしげる。
「重要な手がかりをメモするやつだ」ゼフはレコーダーを掲げた。「推理するときに見返す」
「す、すごい……ゼフ……!」
「分かってる」ゼフは当然のように言った。「次。慈凪、その扉に触れてみろ。すり抜けられるか?」
慈凪が月の扉に手を置く――瞬間、弾かれた。
「きゃっ! 攻撃してきた!」
護里がすぐ支える。
「大丈夫? 妹!」
慈凪は小さく頷いた。
「妙だな」ゼフが呟く。「よし、二人とももう扉に触るな。悪い」
【事件詳細#2:霊は扉に触れられない】
「リエル」ゼフが言う。「玲離を使って、この空間を精査できるか?」
「やってみる。玲離」
玲離が一歩進み、リエルの体へ溶け込む。
「洞察の魂」
世界が鈍くなる。リエルの視界が研ぎ澄まされる。
頭の中で玲離の声が響いた。
(あそこ。気になるものがある)
箱が積まれた一角が、意識の中で“強調”される。
「マジ? じゃあ見てみる」
箱をどかすと、確かに封筒が落ちた。
擦り切れた古い手紙だ。
「……なんでこんなのが」
宛名を見て、リエルの顔色が変わる。
「……オトマール宛て。パパに?」
「寄越せ」ゼフが言う。
リエルが手紙を渡す。ゼフは指で紙の質を確かめた。
「古い。……数年どころじゃないかもしれん」
「仮面の時代のものか?」
「可能性は高い」ゼフが言う。「開けて読め」
リエルは封を切り、読み上げた。
「――『親愛なるオトマールへ。あなたは我々の最終目的に協力する誓約を立てた。今さら引き返すことはできない。前の家族に起きた件の後ではなおさらだ。あなたと、あなたが深く大切にする者たちは、過程に協力するのが最善である。さもなくば、我々は“労働の戦利品”を用いざるを得ない』……」
「“労働の戦利品”」ゼフが繰り返す。「つまり、人を脅す材料……? あいつら、やったことを道具にしてるって意味か」
「筋は通る」リエルは肩をすくめた。「理由もなく誘拐する連中には見えないし。脅迫って、人間が一番効率よく望みを通す手だしな」
飢呑がリエルに腕を回し、顔を寄せる。
「ねえねえ、進展した?」
「まだ」ゼフが言う。「だが重要な証拠だ」
【事件詳細#3:父は“仮面”に関わる誰かに脅されていた】
「姉妹たち」ゼフが言う。「他に何かないか探してくれ」
四人は散って探したが、戻ってきて首を横に振る。
飢呑だけが得意げに“成果”を掲げた。
死んだネズミ。
「見て! 見つけたよ!」
「ありがとう……いや、捨てて!」リエルが青ざめる。
「はーい! 投げる! キャッチ!」
飢呑が投げた。リエルは反射で避ける。
ネズミは扉に当たり――その瞬間、目がぱちりと開いた。
次の瞬間、また力が抜けて、ぐったりした。
「……今の見た!?」リエルが息を呑む。
「ネズミが……生き返った……?」慈凪が震え声で言う。
「何だと」ゼフが身を起こす。「どうやって?」
「扉だ。扉に触れた瞬間、目が開いた」
ゼフの顔が引き締まる。
「……扉が“治した”」ゼフが言った。「慈凪の能力みたいに……」
「わ、私?」慈凪が指差す。
「全部つながる」ゼフは低く言う。「だからお前らの能力は歪で、異様に強い。……何をされたにせよ、“向こう側”だ」
ゼフは七つの扉を指した。
「――あの向こうでやられた」
ゼフの声が冷える。
「そして俺たちは、必ず突き止める。……すぐにな」
――




