11.
――二年前。
ゼフ、リエル、そしてオトマールは教会の席に座り、棺が運び出されるのを見送っていた。
「……ママ……」ゼフが呟く。「何があったんだ、パパ?」
「不運な事故だ」オトマールは静かに答えた。「お前たちの母さんは……運が悪かった。私の責任だ」
「そんなこと言うなよ、パパ」リエルが言う。「この二年くらい、ママずっとストレス溜めてたじゃん――病気だったの?」
「そうだな、息子よ」オトマールは目を伏せる。「……いろんな意味で、な。いろんな意味で」
タキシード姿のオマーが近づき、オトマールの肩に手を置いた。
「辛いな。……心からお悔やみ」
「ありがとう」
オマーは棺を見てから、オトマールへ向き直る。
「で、今度こそ家は売るのか?」
「売れない」オトマールは首を振った。「誰も買わない。……それに、管理は私の責任だ」
「でも危険が――」
「それは私が背負う」オトマールが遮った。「家は私のものだ。私が持つ」
「分かった分かった」オマーは両手を上げる。「ただ忠告だ。……長居しすぎるな」
オトマールは立ち上がった。
「ゼフ、ついて来い」
リエルは父がゼフを連れていくのを見て声をかける。
「パパ、どこ行くんだよ?」
「すぐ戻る、息子」
オトマールはゼフを奥の部屋へ連れて行き、月の護符を手に握らせた。
「お前はもう十六だ。ほとんど大人だ。……これを、しっかり持っていろ」
「月の護符?」
「母さんと私は、お前が将来オカルティストになりたいのを知っている」オトマールは言った。「だが危険な仕事だ。私の護符は、必要なときにお前を助ける」
「大事にするよ、パパ」
オトマールはゼフの両肩を強く掴む。
「いいか。もし“彼女たち”に会うことがあったら、丁重に扱え。お前の旅を大きく助けることもある。……逆に、そこで終わらせることもできる」
「……誰のこと?」
鐘が鳴った。オトマールが手を離す。
「……ああ。戻る時間だ」
オトマールはゼフを連れて部屋を出た。
――現在。
リエルがゼフの目の前で指を鳴らした。
「おい! 起きてる?」
ゼフは目を覚ました。寝室のベッドの上だ。
「カメみたいにパチパチ鳴らすな」
「だってお前寝てたし……朝だぞ」
ゼフが起き上がる。
「は? 夜、丸ごと無駄にしたのか?」
「人は寝るんだよ」
「手がかりが消えるだろ!」
「いいからこれ聞け」
リエルはスマホでニュースを流した。
『速報です! オード兄弟が、車内の一般人に襲いかかる様子がカメラに捉えられました! 一族の呪いがついに二人にも及んだのか、それとも最初から――』
さらに声が変わる。
『心配するな。必ず連行する。私、高橋正義署長が直々に、この凶暴な犯罪者どもを逮捕してみせる』
「……署長、俺らに令状出したのか?」ゼフが言う。
リエルは頷いた。
「うん。だけどあいつ、この家には入れない。昨日の話のせいでな。だから外で“面子”保つために、俺らが出てきた瞬間狙う」
「つまり、外に出るのは危険か」ゼフが言う。
「そう。だからUberかDoorDashで物を取るしかないし、動くなら夜」
「不愉快だが、必要な状況だ」ゼフは息を吐いた。「……姉妹は?」
「玲離と飢呑は、俺の寝室で“寝る”ように説得した」リエルが言う。「まあ、離れられないから選択肢ないけど。で、お前のは――ドアの外にいるはず」
「最高だな」ゼフが乾いた声で言う。「問題が問題を呼ぶ」
リエルは手を合わせた。
「じゃ、任せた」
リエルはさっさと部屋を出ていった。
ゼフは小さく吐き捨てる。
「……愚か者」
ゼフが立ち上がり、ドアを開けて一歩出た瞬間、何か大きな“枠”にぶつかった。
「痛っ」
「あなた」護里が言う。
「そうだよ、俺だ」ゼフは手で探りながら言う。「で、お前が護里だろ」
「そう」
その背後から、慈凪が不安げに顔を覗かせた。
「わ、私も……いる……」
「二人とも入れ」ゼフが言う。「俺も、俺のせいじゃない牢に閉じ込められてる」
護里と慈凪は視線を交わし、ゼフの部屋へ入った。
ゼフがベッドに座ると、二人はその前に立つ。
「慈凪。能力、頼む」
「うん……」
ゼフが言葉を口にすると、視界が短く戻る。
彼は枕元からペンと紙を掴んだ。
「よし。お前らに“インタビュー”する」
護里が眉を上げる。
「インタビュー……とは?」
「俺が重要な質問をして、お前らをもっと知るやつだ」ゼフは言う。「本来の意味はだいぶ違うけど、この会話ではそういうことにしておけ」
護里は少し間を置いた。
「何を聞きたい」
「まず――」
(……何を聞く。信頼を取るには、誠実さと敬意だ。適当な質問じゃ逆効果)
「お前、背が高いよな」ゼフが言う。「正直、すごい。生まれつきか?」
護里は腰に手を当て、ゼフをじっと見下ろした。
「そうだと思う。……私は、いつも高く立っている」
「正確な身長は?」
護里は顎に指を当てる。
「……あの男……あなたの父が……七フィート七インチと言っていた」
「ほう」ゼフが頷く。「かなり珍しい」
(……その身長は自然か? それとも何か“変えられた”のか?)
考え込んだ瞬間、ゼフはペンを落とした。
だが慈凪がさっと動き、拾って手渡す。
「あ、あの……どうぞ……!」
「……あ。ありがとう」
「ど、どういたしまして……!」
護里がそれを見て、少し首を傾げた。
「あなたは……視えないの? それは……ずっと?」
「盲目って言う」ゼフが言う。「で、そう。失ったら終わり」
「見えない……?」
「もうな」
「……“もう”?」
「元々じゃない」ゼフは言った。「十一のときにやった。姉と一緒に、放棄された核関連の工場に行って、霊がいるって聞いてさ。顔面に放射線を浴びた。母さん、二度と幽霊狩りに行かせてくれなくなった」
「姉……がいるの?」
「いる」ゼフが言う。「今は出張中。弁護士になる修行中だ」
「弁護士?」
「短く言うと、俺がこの家に長く縛られたら必要になるやつだ」
慈凪と護里が小声で何か囁き合う。
ゼフはベッドに背中を預けた。
「……今、何を話してる」
「な、何でもない!」慈凪が慌てる。
「声の調子で分かる。嘘だ」
「ご、ごめん……! ただ……」
ゼフはため息をつく。
「いい。どうせまた、解くべき秘密が増えただけだ」
「あなたのことを話していた」護里が認めた。
「だろうな。で、何を?」
「信じるべきかどうか」
ゼフは寝返りを打ち――ベッドから落ちた。
「痛っ……。で、結論は?」
護里は少し迷ってから言った。
「……機会を与える。長く閉じ込められていた。あなたは賢いように見える」
ゼフは床から起き上がる。
「いい」ゼフは言った。「なら俺の指示に従え。俺は道を誤らない」
護里と慈凪が小さく頷き合う。
だが誰も気づかなかった。
ドアの下から、細い“触手”のようなものが覗き――
するりと引っ込み、どこかへ這い去っていったことを。
――




