10.
ゼフとリエルは息を切らしながら屋敷へ駆け戻った。
「サイレンも車輪の音も聞こえない」ゼフが言う。「追われてないと思う」
「だといいけどな」リエルは顔をしかめる。「この家に来てまだ一日も経ってないのに、もうトラブル起こしてんのかよ……」
四姉妹が目の前に現れる。
ゼフは気配に気づき、荒い息のまま言った。
「……よし。話がある……」
ゼフは手近な一人を掴む。
「なんで車をひっくり返した」
「その表現は……正確ではない」
「おい」リエルが指摘する。「それ玲離。護里は左」
「あ、そうか」
ゼフは掴み直す。
「じゃあ、お前だ。なんでやった」
「私たちを悪魔呼ばわりした!」護里が即答する。「あの下品な人間!」
「女よ、あいつが言ってたのは俺らだ! 俺ら! あいつ、幽霊なんか見えてねえだろ!」
「……ふむ。……あ」
ゼフは額を叩いた。
「よし。これはもうダメだ。お前ら、チームとしての相性と落ち着きが足りない。このままじゃまともな捜査にならない」
護里が眉をひそめる。
「それはどういう意味」
「意味は――お前は無知で無謀で――」
リエルが慌ててゼフの口を塞いだ。
「つまり……」リエルが代わりに言う。「もっとお前らのことを理解した方がいいってこと。俺、スポーツやってたときさ、チームが一番強いのは“絆”ができてるときだった。ゼフ、テーブルに座らせて、向こうの視点も聞こうぜ」
「お前の社交ごっこで全部壊すな」
「いいから座れ」
――しばらく後。
ゼフとリエルはダイニングテーブルに座り、幽霊姉妹は警戒しながら近くに立っていた。
「座っていいよ」リエルが促す。「俺ら、危害は加えない」
「誓える?」護里が疑う。
「俺は弱いし」リエルは肩をすくめる。「こいつは目が見えない上に弱い。超常相手にできることなんて、ほぼない」
ゼフは腕を組む。
「……腹立つが、悲しいほど正しい」
護里がゆっくりゼフの隣に座る。慈凪も続く。
飢呑は当然のようにまたリエルの膝に乗り、玲離はリエルの横に腰を下ろした。
「……座れって、そういう意味じゃない」リエルがげんなりする。
飢呑がリエルの頬をつまむ。
「面白い人間! 好き!」
「……どうも」
ゼフは拳に顎を預けた。
「話、早くしろリエル。事件ファイルがある」
「急ぐなって」リエルが言う。「数日は大人しくした方がいい。道で車ひっくり返した熱が冷めるまで」
リエルは咳払いした。
「でさ……お前ら、閉じ込められてから一度も外に出てないんだよな?」
四人は揃って頷いた。
「そりゃそうか。看板をピカピカ扱いする奴が、外の世界を知ってるわけない」
護里はテーブルの紙袋を手に取る。
「これは……何?」
「人間の食べ物」リエルが説明する。「ハンバーガーとポテト。食べたことない?」
護里は首を振った。
「……覚えていない」
リエルはゼフの耳元へ囁く。
「なあ、ゼフ。お前の飯、ちょっと食わせてみろ」
「いい」ゼフは素っ気なく言う。「あの距離走ったら食欲も消える」
ゼフは紙袋を探って掴もうとして、倒した。
「くそ!」
リエルが拾ってゼフの手に戻す。
「左だ」
「分かってる!」
ゼフは袋を護里の方へ押し出した。
「ほら。食え。言葉で説明するより、体験させた方が早い」
護里はゼフと袋を交互に見て、ためらってから手を入れ、バーガーを取り出した。
「……包まれている」
「そうだ」ゼフが言う。「上を剥がして食え」
護里はゆっくり包装紙を剥がし、バーガーをじっと観察し、目の前にかざすように見た。
「毒は入ってないって」リエルが言う。「まあ、入ってたら終わるけど。てか幽霊に毒って効くのか?」
護里はバーガーを置き、腕を組む。
「信用できない」
ゼフは額を叩く。
「よし、会話失敗。じゃあ手がかり探し――」
リエルが咳払いして遮る。
「じゃあゼフが食って見せれば?」
「は?」
ゼフは両手を上げた。
「冗談だろ――!」
だがすぐ諦めたように息を吐く。
「……分かった。護里、よく見てろ。俺がやる」
護里は腕を組み、脚を組み、鋭い視線でゼフを見つめる。
ゼフは手探りでバーガーを掴み、口に運ぶ。
「ほら、無害――」
次の瞬間、むせ込んで咳き込み、倒れそうになる。
「うっ……やばい、死ぬ、死ぬ!」
「おい、大丈夫か!?」リエルが顔色を変える。
「水! 水!」
リエルが慌ててペットボトルを渡す。
ゼフは一気に飲み干し、ようやく息をついた。
「助かった……塩が強すぎる。調理担当、盲人を初日で殺す気か」
リエルは幽霊たちへ向き直る。
「ごめん。こいつ塩に敏感なんだ」
だが意外にも、護里は口元を緩め、くすっと笑っていた。
慈凪も口を押さえながら小さく笑う。
リエルがゼフの耳元で囁く。
「……おい。笑ってる。お前、笑わせたぞ」
「俺が?」
ゼフはテーブルを叩こうとして――椅子から落ちた。
護里の足元に転がり、姉妹の笑い声がさらに大きくなる。
「何がそんなに面白い!」
リエルがゼフを起こした。
「ほらな。こいつ普通のアホだよ。悪の天才でも、狂ったカルトでもない」
「背中が……」ゼフが唸る。「リエル、ソファに寝かせろ」
「え、マジで?」
「いいから……」
リエルがゼフをソファへ運び、ゼフは枕を背中の下に押し込んだ。
姉妹はその様子をしばらく見ていたが――護里がようやくバーガーに口をつけた。
「……これは……」護里が小さく息を呑む。「……美味しい……」
リエルが親指を立てる。
「だろ? 普通の食い物。怖くも何ともない」
護里はもう一口食べ、慈凪へ差し出した。
「……はい」
慈凪はしばらく見つめてから、恐る恐る噛む。
「……す、すごい……!」
リエルはゼフを揺さぶった。
「見ろよ! 幽霊が飯食ってる!」
「今の言葉、言い直してみろ。どれだけ変か分かる」
「でもさ、超常パワー持ちが味方なの、嬉しくないの?」
「やったぁ」
飢呑がリエルの袋を漁り、ポテトをつまみ出し、リエルの前に来た。
「これは何? おもちゃ?」
「食べ物」リエルが言う。「食べられる」
言い終える前に、飢呑はポテトでリエルをつつき始めた。
「つん! つん!」
「そういう使い方じゃない」
リエルは一本取り、飢呑の口元へ運ぶ。
「ほら、やってみろ。口開けて」
飢呑が大きく口を開け、リエルが一本入れる。
もぐもぐして飲み込み、目を輝かせた。
「どう?」
飢呑はその場でそわそわ歩き回り、リエルを揺さぶる。
「もっと! もっと!」
玲離が手を差し出した。
「……私も欲しい」
それを聞いて、ソファのゼフが眉をひそめる。
(……リエル、幽霊と仲良くしてるのか?)
玲離がポテトを食べる音がする。
椅子が動き、護里と慈凪もゆっくり立ち上がる気配。
「ゼフ!」リエルが叫ぶ。「効いてる! 上手くいってる!」
「……面白い」ゼフは顎を撫でた。「幽霊と絆、か……」
ふっと、父の記憶がよぎる。
(……そういえば。親父が言いたかったのも、これだったのか……?)
「……パパ?」
――




