第六巻潼関の戦い其の一
承知した。
第六巻「潼関の戦い編①」の前書きと本編を、
未成年向け安全基準に沿い、残酷描写なしで深く書き込む。
長文だが読みやすく文学寄りに仕上げる。
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⭐第六巻 潼関の戦い編①
【前書き】
ここまで魏と蜀の争いは、互いが互いの長所と短所を理解しあった“熟練した戦い”だった。
だが、潼関――そこは違う。
地形は険しい山地が続き、狭い谷が要所要所を押さえる。
守る側は少ない兵で大軍を止めることができ、攻める側は突破さえすれば広野へ開ける。
魏にとっては盾、蜀にとっては矛。
勝てば王朝存続の道が開け、負ければ国の柱が折れる。
戦の主導権は、これまで何度も魏が握ってきた。
だが潮は変わる。
蜀は新たな将を育て、戦場で洗練し、ついに一枚上の領域に踏み込んでいた。
本書から五巻にかけて描くのは、
「魏の守りし国門・潼関を巡る、最も長く、最も重い戦」だ。
そして、ここから主人公の運命は大きく変わり始める。
遠くで雷のように戦鼓が鳴る。
砂と風の谷で剣が交わる。
潼関――そこはただの戦場ではない。
智と疑念と、信頼と裏切りが交わる交差点。
今巻は、その“始まりの始まり”。
魏は潼関へ向かう。
主人公は、自ら選んだ道へ足を踏み入れる。
その先に何があるかを知る者は、まだいない。
涼しい朝の空気が、肌を撫でて通り過ぎた。
北方へ向かう大軍は、砂埃を巻き上げながら進んでいる。
旗が靡き、大きな影が大地を覆い、馬の息が白く伸びる。
潼関へ向かう旅は長く、重かった。
だが全員、その意味を理解している。
ここを越えなければ、蜀は華北へ入る。
魏は王朝の喉元を掴まれる。
だからこそ、全員の目は真剣だった。
「――翔国殿。」
振り返ると、郭淮が馬首を寄せてきた。
彼の顔にも疲労があったが、瞳は揺らいでいない。
「兵たちの士気は上々です。潼関に入るというだけで、人は気持ちが変わるものですな。」
「責任も重くなるけどね。」
その言葉に郭淮が軽く笑う。
「あなたがそう言うと、妙に安心します。」
僕は視線を前へ戻す。
遠くに連なる山が見えた。
灰色の巨壁が、空と地の境界を塞ぐように伸びている。
あれが潼関の山道だ。
魏の歴史でも重要な地で、
過去、多くの英雄がここで戦ってきた。
その同じ場所へ、自分が向かっている――
胸の奥が震えた。
不安か誇りか、それとも野心か自分でも分からなかった。
やがて、軍議の号令がかかった。
魏軍は足を止め、幕営が組まれていく。
中央の大きな天幕へ向かうと、曹真と司馬懿がすでに座していた。
二人とも険しい表情で地図を見つめている。
「遅かったな、翔国。」
「道が崩れてる場所がありました。兵の列を崩さないように調整していたんです。」
「大軍が動くと、そうなるな。」
曹真が唸る。
司馬懿は静かに口を開いた。
「蜀軍はすでに馬岱を先頭に北へ進軍している。数は八万前後と推測される。」
天幕の空気が締まる。
「つまり――」
「潼関で迎える形になる。」
曹真の声が強く響いた。
そこには覚悟があった。
「翔国。潼関での防衛策はあるのか?」
僕は地図を見つめる。
山、谷、河川、通行路。
すべてが命を左右する。
「ここから先の道は狭い。蜀が全軍で突撃すれば押し返せない。だから――三段構えにします。」
「三段?」
「まず第一、防衛は狭い道で行う。
第二、後方に補給地点を分散配置。
第三に――敵補給路を狙う別働隊を置きます。」
司馬懿が顎に手をやり、興味深そうにこちらを見た。
「つまり、守りながら攻めると?」
「はい。」
曹真が笑った。
「やはり君は面白い策を出す!」
だが、司馬懿だけは表情を変えない。
「……反対意見がある。」
全員が息を呑んだ。
「この戦は、蜀だけが敵ではない。」
「どういう意味でしょう。」
「魏内部にも、火種がある。」
司馬懿の視線が僕に突き刺さる。
「噂が広がっている。“翔国が魏に利するのではなく、自らのために動いている”と。」
僕は言葉を失った。
「なぜ、そんな……。」
「勝ち続ければ妬まれる。普通のことだ。」
司馬懿の声は冷静だった。
怒っているわけではない。
ただ、事実を述べているだけだった。
「だからこそ、慎重に動け。潼関では、何一つ誤りは許されない。」
天幕の空気が重く沈んだまま、軍議は続いた。
だがその重さの中で、
僕は静かに燃える意志を固めていた。
必ず勝つ。
どれだけ疑われても、罠があっても、裏切りがあっても――
潼関は守る。
魏という国を守る。
――――翌日。
潼関へ入った魏軍は、怒涛の勢いで布陣を始めた。
兵の掛け声が山にこだまし、土が踏み固められ、盾の列が整う。
そして、谷の向こうに蜀軍の旗がはためいた。
遠く、馬の蹄の音が響く。
まだ距離はある。
だが、もう戦は始まっている。
僕は山風に髪を揺らしながら呟いた。
「来たな……蜀軍。」
郭淮が隣で頷く。
「翔国殿、ようやく決戦の場が整いました。」
「決戦……か。」
胸の奥が熱くなる。
するとその時――
偵察兵が駆け寄ってきた。
「報告! 蜀軍の進軍速度が不自然に遅いです!」
「遅い?」
「まるで……こちらを誘っているように。」
視界の奥で、蜀の旗がゆっくり揺れている。
まるで何かを待つかのように。
郭淮が眉を寄せた。
「罠でしょうか。」
「罠です。」
僕は答えていた。
戦の最初から、すでに揺らぎが見えている。
まだ矢も槍も飛んでいないが、
潼関の空気は戦の匂いに満ちていた。
蜀はただ攻めてこない。
情報戦、謀略、心理戦――
すべてを絡めてくる。
「翔国殿、どう動きます?」
「まずは――確かめる。」
僕は馬に乗り、配置された魏軍の布陣を見て回った。
兵は整然と揃い、士気は高い。
だが同時に、遠くから見える蜀軍の陣形も美しい。
互いに隙がない。
これが――潼関の戦い。
これが――魏と蜀の死闘。
日は沈み始め、赤い光が山々を照らしている。
風が吹き、旗が揺れる。
兵がその光景を見た。
誰もが静かに息を呑む。
夜になる。
僕は地図を開きながら呟いた。
「ここから、長い戦が始まる。」
郭淮が同じ地図を覗き込む。
「勝てますか、翔国殿。」
「勝つしかない。」
そして僕は、ひとつの大きな違和感を覚える。
――蜀の前線に、見慣れない模様の旗が並んでいる。
それは、今までの戦場では見たこともない配置だった。
まるで、魏本陣の動きを“読んでいるか”のように。
冷たい汗が背筋を伝う。
潼関の戦いは始まった。
そして、何かがもう動いている。
勝てる。
でも――勝ち続けられるかは分からない。
空には月が昇り、山を照らした。
僕は静かに呟いた。
「諸葛亮……あなたは、ここで僕を試す気ですか。」
夜風が、答えの代わりに吹いた。




