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第四巻天水東門攻防戦

英雄は、武で戦場を支配する。

 だが、戦を制するのは、必ずしも英雄ではない。


 魏と蜀が天水で激突してから一月。

 僕たち魏軍は、辛うじて城を保ち、蜀軍を足止めし続けてきた。

 しかし、戦況は依然として苦しい。


 趙雲という英雄が、こちらへ来るらしい。

 兵は疲れ、城は傷み、武器弾薬も乏しい。

 僕は軍師でありながら、こんな戦場で、自分の生死すら読めずにいる。


 だが――僕は知っている。

 英雄とは、倒す相手ではなく、読み解く存在だ。


 東門が危うい。

 蜀軍が狙ってくるなら、必ずここだ。


 ならば僕が勝つ方法は、ただ一つ。


 ――英雄を、戦ではなく戦略で倒す。


 この第四巻は、趙雲率いる東門攻防戦。

 魏と蜀、どちらが乱世を支配するかは、ここで決まる。


 記録を残す。

 この戦いが、僕という一介の凡人が、歴史へ爪跡を刻んだ瞬間になるように。

夜の天水は、眠らない街だった。

 いや、眠れなかったと言うべきだろう。

 門の外には蜀軍が息を潜め、その誰もが夜明けを待っていた。


 石壁を叩く風は鋭く、夜気には湿った鉄の匂いが漂っている。

 矢の音が耳に残り、槍を構える兵の手は震え続けている。


 僕は城壁の上に立ち、暗闇を眺めていた。

 東門の向こうに何がいるかわかるほどの視力はない。

 しかし、確信があった。


 そこに趙雲がいる。


 部下が言った。

「翔国殿……本当に、東門へ兵を置かないのですか?」


 僕はゆっくりと頷いた。


「置けば破られる。守れば潰される。」


 兵は息を呑む。


「なら――門を開けて誘い込む。」


 その瞬間、背後に武将たちの気配が走った。


 曹真が歩み寄り、低い声で囁く。

「覚悟は決まっているのだな。」


「はい。もしこれが失敗すれば――僕を斬ってください。」


 曹真はそれ以上何も言わなかった。

 ただ背中を叩き、去った。


 僕は壁の外を見つめ続けた。


 趙雲。

 英雄。

 無双の武。


 だが武は、必ずしも戦場を支配しない。

 そこが僕のつけ入る隙だった。


 闇が白む頃、蜀軍の旗が揺れた。

 馬蹄の響きが増え、甲冑同士が擦れる金属音が近づく。


 そして――夜が破られた。


 城壁の下、蜀軍全体の視線が東門へ一斉に向けられるのがわかった。

 僕の胸は高鳴り、心臓の鼓動が戦鼓のように響いた。


 趙雲が見えた。

 月光に浮かぶ銀甲の武将は、ほとんど神話の存在だった。

 槍先が星のように揺れ、その背から風が巻き起こっているように見える。


 美しかった。

 強かった。

 恐ろしかった。


 趙雲は馬を止め、城を見上げた。

 その表情に、驚きが浮かぶ。


 ――東門が、無人。


 蜀兵がざわめく。

「逃げたのか……?」

「天水は、もう崩れたのでは?」


 趙雲は静かに首を振った。

「違う。これは罠だ。」


 僕は思わず口元を上げた。

さすがは英雄。

だが英雄と気付かれること自体、何も変えられない。


 門が破られ、蜀軍が一気に雪崩れ込んだ。

 騎馬、槍兵、弓兵。

 一万の蜀兵が城に押し寄せ、城内へと突入していく。


 それでも――誰にも魏兵の姿は見えない。


 兵は混乱した。

「どこへ行った?」

「守りがない……!」


 趙雲の声だけが響く。

「深追いするな! 部隊を散らすな!」


 だが兵は勢いに任せ、城内奥へ進む。


 その瞬間だった。


 暗闇の路地から魏兵が飛び出す。

 両側の石壁に身を隠していた伏兵が、一斉に突撃した。


「押し込め!!」


 僕の叫びとともに、路地が血に染まる。


 蜀兵は路地で狭まり、身動きが取れなくなった。

 槍を振るう空間すらない。

 趙雲の精鋭が、押し返せない。


 城門が閉じられる音が響く。


 蜀軍の退路は、断たれた。


「閉門完了!!」

 僕の側近が息を切らし叫んだ。


 趙雲軍は袋の鼠だ。


 東門前へ迫った魏騎兵が叫ぶ。

「突撃!」


 魏騎兵が蜀軍の背へ突っ込み、槍の雨が降る。

 蜀軍は狭所で崩れ落ちた。


 趙雲は叫ぶ。

「全軍、退却!!」


 勇敢だった。

 見事だった。

 だが彼の声は戦況を変えられない。


 魏の矢が空を覆い、蜀兵を撃ち落とす。

 斬られ、倒れ、崩れ、叫びが地を満たした。


 趙雲は最後尾へ下がり、馬を返し、決死の突撃で脱出した。

 銀の甲冑が血と泥で黒く染まりながら、彼は部隊を率いて城外まで撤退した。


 その姿を、誰もが見ていた。

 英雄だった。

 だからこそ、僕は思った。


 ――これでいい。


 武に勝ったのではない。

 戦略で勝ったのだ。


 魏軍の兵たちが声を上げた。

「勝った……!」

「蜀軍が退いたぞ!!」


 肩に力が入らなくなり、僕は石壁に寄りかかった。

 震えが止まらない。


 勝利は甘くない。

 血と恐怖と偶然の積み重ねだ。

 でも、それでも勝った。


 空が白み、冷たい風が吹き抜けたとき、僕は深く息を吸った。


「天水は、まだ落ちていない。」


 けれど同時に理解していた。

 諸葛亮本隊は健在だ。

 姜維も動いているだろう。

 そして――街亭が待っている。


 戦いは続く。

 僕は逃げない。

 僕は――魏の軍師だ。

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