第三巻天水防衛戦
戦が始まれば、勝者は歴史に名を刻み、敗者は塵となって消える。
その残酷さを、僕は本で学び、ゲームで体験したつもりになっていた。
だが――本当の戦は、もっと近くて、温度がある。
汗と恐怖と、命の重さが、地面に染みついている。
蜀の軍勢が北へと動いた。諸葛亮が魏へ牙を剥いた。
第一次北伐が始まる。この乱世最大級の戦いで、僕は天水を守る任を負った。
記録を残さなければならない。
僕が、誰で、何を選び、どう立っていたのかを。
これは第三巻――
天水防衛戦。魏と蜀が正面からぶつかる最初の大戦の記録だ。
第一章:天水の空へ
天水の地は、想像していたよりも小さかった。
洛陽から馬を走らせ十余日。荒涼とした山岳地帯の奥に、その城はぽつりと存在していた。
城壁は低く、兵の数も多いとは言えない。
その姿を目にした瞬間、僕は背中を冷たい風が撫でるのを感じた。
「……ここを守るのか。」
この先に諸葛亮がいる。趙雲がいる。姜維がいる。
歴史に名が残る名将たちの刃先が、この小さな城へ向けられている。
馬から降りると、兵士たちの視線が僕に集まった。
一様に、疲れていた。恐怖と不安と、敗走の匂いが漂っていた。
「新任軍師だと?」
前線指揮官のひとりが、渋い声で言った。
男は額に深い皺を刻み、剣を握った手が震えていた。
「あんな蜀の名将たちに勝てるわけがない。」
「諸葛亮が相手だぞ……国が終わる……。」
兵士たちの声は小さく、だが重苦しかった。
この空気、そのまま城を腐らせる――そう思った僕は息を吸い、前へ出た。
「諸葛亮が来るなら、迎え撃とう。」
その言葉に、数名の兵が顔を上げた。
僕は続ける。
「魏が逃げれば、蜀は天下を取る。逃げようが、籠もろうが、結果は変わらない。」
「だったら――勝ちにいく。」
その瞬間、火が灯った。
少なくとも、数人の目に勇気が戻った。
僕はそれで十分だった。
第二章:情報の刃
天水会議室――と言っても、ただの砦だった。
戦略用の地図、机、そして荒々しい魏将たち。
僕の隣には曹真、張郃、地元の将たち。
全員が地図に視線を集めている。
「翔国。」
曹真が言う。
「蜀軍、趙雲が前衛として出たとの報だ。」
どよめきが走る。
趙雲。それは、ただの武将ではない。
「趙雲に正面から当たれば大損害です。」
僕は即答した。
張郃が渋い顔で見てくる。
「逃げろと?」
「いいえ。」僕は首を振った。
「趙雲が強いなら、狙うのは趙雲そのものではなく――
趙雲が辿るルートです。」
地図の上には山が複雑に入り組んでおり、道は少ない。
蜀軍が必ず通る山峡がひとつだけある。
「ここに伏兵を置きます。」
「趙雲軍を“疲れさせる”。」
司馬懿が腕を組む。
「倒すのではなく、体力を奪う、と。」
「はい。趙雲は英雄です。英雄は決戦の瞬間に輝く。
その瞬間を来させなければ、勝負は決まる。」
張郃が、ニヤリと笑った。
「面白い。」
天水は守れる――そう思った。
第三章:最初の火蓋
夜――。
天水北の山峡を、魏軍一隊が潜んでいた。
張郃が伏兵を指揮し、僕と曹真は後方で軍旗を見守る。
霧がかかり、風が鳴る。
沈黙の中、遠くで馬の蹄が鳴った。
「蜀軍だ……。」
兵士たちが息を呑む。
やがて、白い旗が見えた。
――趙雲。
歴史が、目の前にいた。
胸に熱が走る。
だけど僕は叫んだ。
「まだだ――動くな。」
蜀軍は油断していた。
天水を弱小と見ていた。
だからこそ隙があった。
趙雲軍先頭が峡谷中央へ入った瞬間――
「今だ、撃て!!!」
轟音が山谷に響き、巨石が転がり落ちた。
蜀軍の陣形が乱れ、馬が逃げ惑う。
だが――趙雲は崩れない。
煙の中から槍を掲げ、軍を整え直し、叫んだ。
「退くな!前へ続け!」
その声に、背筋が震えた。
やはり英雄だった。
伏兵で倒れるような相手ではない。
でも――
目的は十分果たした。
蜀軍の進軍は著しく遅れ、疲労が蓄積した。
僕は小さく呟く。
「勝てる……」
天水戦は、ここからだった。




