第二巻第一次北伐・開戦前夜
乱世は、常に静かに牙を研いでいる。
蜀が北へ攻め込む――それは、歴史の書物で読み、画面の向こうで遊び、どこか遠くの出来事だと思っていた戦いだ。
だが今、僕はその渦中にいる。
当たり前のように銭湯へ通い、平凡に働いていた男は、魏の軍師・翔国として国王と向き合うことになった。
なぜここへ来たのか。
なぜ軍師でいられるのか。
なぜ歴史の本来の道筋に、自分が立っていられるのか。
その答えはまだ分からない。
けれど――
魏と蜀が戦おうとしている。諸葛亮が動く。歴史が動く。
そして僕も、何かを動かさなくてはならない。
これはその記録の第二章。
銭湯帰りの普通の男が、魏王の前に立つところから始まる物語だ。
洛陽の空は、灰色だった。
はっきり晴れているのに、どこか重苦しい。大国の都というものは、空気が違う――そう思った。
玉座の間へ続く石畳を進みながら、僕は息をのむ。
左右に並ぶ文官、武官。鋭い目。冷たい視線。観察されている。
そして奥に――魏王、曹叡がいた。
若い。だが、その存在感は圧だった。
玉座から放たれる雰囲気が、背中を押しつける。膝が震えそうになる。
兵士の声が響いた。
「魏軍師・翔国、入場!」
その瞬間、僕は悟る。
逃げ道は、もう消えたんだと。
曹叡の瞳がまっすぐ僕に向く。
「そなたが翔国……。魏に新たな軍略をもたらす者と聞く。」
喉が乾いた。
だけど言うしかない。
「――恐れながら、蜀軍が動きます。」
王の眉が僅かに動く。
玉座の間に、ざわりと空気が流れた。
「天水が狙われます。
蜀は兵站を補える道を確保するため、北伐の初動で天水を落とすはず。」
自分の声が震えていないことに、驚いていた。
歴史で知っていた情報――その知識を、今、魏王へ向けて放つ。
曹叡は静かに目を細めた。
「……面白い。」
文官たちがざわめく。
この場にいる誰もが僕を見ていた。
得体の知れない若造を見る目。
期待と、疑念と、嫉妬と、警戒が混じった目。
曹叡は命じた。
「そなたを軍師として正式に任ずる。
この乱世、魏の智として働け。」
その声は重かった。
心臓が大きく脈を打った。
そうして僕は、完全に魏の軍師になった。
歴史の本に書かれた戦、その中心へ歩み出すことになった。
――蜀軍、北伐。
ここから始まる。




