公子様のお世話係ですが、溺愛されました!
ご都合主義でございます✾
サラサラと流れる金糸の髪に柘榴のように紅い瞳をもつ男性がひとり。
輪郭は宝石が一番輝くようにカットされたように美しく唇には魅惑的な微笑みを浮かべていた。
なっ、彼は…この御方は!?
「…ご主人様なのですか?」
「ああ、おかえり ロゼリア…」
嬉しそうでいて、でも今にも泣き崩れて壊れてしまいそうな表情で彼は寝台にいる私に抱きついた。
記憶よりも大きい彼は私の身体をすっかり覆ってしまって、彼の背中に回された手の感触から彼をどれほど独りにしてしまったかを思い知った。
「ただいま戻りました、アルブレヒト様」
声が出る。
ああ、私きちんと生きているんだ。
ポタリと、どちらから零れたのかわからない雫がシーツを濡らしてしみを作った。
「もう離さないから」
麗しく凛々しい姿からは想像もできないほど弱々しく震えるその声に私は「はい」と頷いて彼の背中を撫でるので精一杯だった。
❅❅❅
それはよく晴れた日のこと。
窓から日が射し、春風が萌黄色のカーテンを揺らすカーロイド公爵邸の夫人の寝室にて、私は一生涯お仕えすることになるご主人様と出会った。
「キャッキャッ!」
ベビーベットの中に横たわる赤ん坊は嬉しそうに手をあちこちに伸ばして遊んでいた。
しかしよく見るとこの赤ん坊が普通ではないことがわかる。
何故ならば、その髪は蜂蜜色の見事なブロンド、滑らかな白い肌にはしみ一つなく瞳には太陽の如き真紅の輝きを宿していたからだ。
この髪色はカーロイド公爵家特有のものなのだ。
つまりこのちっちゃな太陽神、あるいは天使のような赤ん坊は正真正銘次代のカーロイド公爵になられる御方だ。
「ロゼリア ふふっ、貴女という子はそんなに遠くから見つめないのよ
貴女はこの子の世話係なのですから、それにそこにいては話しかけることすらできないわよ」
部屋に入ってから一歩も動かない私を茜萌色の目を細め、手招きをして呼び寄せるのは奥様― ミルシア・カーロイド公爵夫人。
「奥様、私はまだここに勤めて2年です」
「そうね、貴女は10歳でここに来て先月で12歳になったのだものね」 「ご子息の、しかも公爵家後継ぎのお世話だなんて私には荷が重うございます。
もっと経験の豊富な使用人にお任せくださいませ」
その方が断然未来の公爵様のためになるはずだ。
でも、今のは少し失礼かしら?
「出過ぎた発言をを申し訳ございません。ですが、もしよろしければ何故私を公子様付きの使用人になさったのかお聞かせくださいませんか?」
私へのお情けならもう十分なのだから。
そう、今年で12歳になる私、ロゼリア・タミアがこの公爵邸の使用人になったのには少しばかり複雑な経緯があるのだ。
私は特別裕福でもないけれど、愛情であふれた家庭に一人っ子として生まれた。
青空は何処まで続くのか、何故花は枯れるのかそんなことを考えては両親の隣で眠りにつく私の生活は突然失われた。
―私は10歳で両親を事故で亡くした。
そこからは悲惨でよく覚えていない。
孤児院に入ったらすぐ奴隷として売り飛ばされた。
空腹の日が何日も続いた。
もう、無理かもしれない そう思ったときに闇の催しである奴隷オークションに掛けられていた私や他の奴隷を王国騎士団に掛け合い助けてくださったのが宰相のカーロイド公爵様だったのだ。
そんな奴隷の私が何故、公爵邸の使用人になれたかというと、それは私が隣国のヴァリーンダ公国出身の父を持ちヴァリーンダの公用語はもちろん算術や経済学を少しばかり習っていたためだ。
亡き両親には感謝しかないし、二人とも見る目が良かったのだろう。
「そうねぇ」
奥様は考えるように顎下に長い人差し指を当て窓の外に目を向けた。
「カーロイド公爵家の者は代々宰相を務めているわ。
でもね。どんなに努力しようと変えられないこともこの世にはご万とあるの」
彼女はそこで視線を伏せて少しして視線を上げ、だからねと、続けた。
「せめてこの子が、アルブレヒトが子供のときだけはまだ夢を見させてあげたいの。
それが12時になったら解けてしまう魔法のようなものだとしてもその思い出があるだけでいいの。
今だけは最もきれいな心に触れて悪いところなんて一つもない世界を見ていてほしいの」
ご聡明な奥様はその澄んだ瞳で未来を見つめていらっしゃるのですね。
宰相…国のお役に立つ仕事ですが、それはきれいな世界だけではなくときには不正を見ることもあるのでしょう。
命の危険が迫ることもあるだろう。
「左様でございますか、でしたら奥様の望まれたとおりに誠心誠意を込めてお仕えいたします」
覚悟は決まった。
私は小さくお辞儀をして、ゆっくりとベビーベットに近づいた。
そして、中を覗き―
「私は本日よりアルブレヒト様のお世話係を務めるロゼリア・タミアです。よろしくお願いします、ご主人様!」
にこりと笑顔を向けるとご主人様はまんまるおめめを見開きキャッと嬉しそうに微笑んでくださった。
何ですか、コレは!?
「はひゃあっ!」
そのエンジェル度MAXな可愛さに私は思わず自身の手で両目を覆い悶絶したのだった。
❅❅❅
寒さの厳しい冬の夜。
暖炉の火はあかあかと燃えていた。
「ろぜりあ、ほんよんでぇ〜」
ご主人様はソファに座りながら上目遣いで私を見た。
「はい!では今日はご主人様の大好きな[精霊物語集]をお読みしますね」
「うん!」
ぷっくりした頬で頷くご主人様は来月で2歳になる。
私のご主人様が可愛すぎる!
私は隣に座った。
「ご主人様はなんでこのお話がお好きなのですか?」
「えーと、『がんばりやさん』がすきだから」
「『がんばりやさん』?」
「うん、雨に濡れながらもお花を届けてくれるひと」
「あ!…失礼しました。それは花の精霊ですね、ではお読みいたします。
とある森の奥…」
中盤に差し掛かるころには隣から愛らしい寝息が聞こえてきたのだった。
✾✾✾
「あら、ご主人様はまた絵画を描いていらっしゃるのですか?」
「うん!」
ご主人様の手元のパレットには鮮やかな紅色やら爽やかな若葉色などが点々と散っていた。
けれど肝心の絵はご主人様がキャンバスごと抱きかかえているためここからではよく見えなかった。
「私にもご主人様の絵を見せてくださいな?」
「ダメ」
「あらそうですか、って。見ちゃダメなんですか!?ご主人様に絵画を教えたのも私ですよ」
「……完成したら、見せる」
「本当ですか?」
「うん」
「なら待ちますね」
5歳になったご主人様のブームは絵画、とはいっても私が教えられる程度で先生はいない。
よく描くのは私の着る服、まあ目につきやすいからだと思うが、「いつかロゼリアの肖像画も描けるようになってみせる!」と意気込んでいたのでこのまま趣味として絵画を続けてほしいと思う。
「完成した!」
ご主人様が筆をおろして伸びをしたのでそのタイミングで作品を鑑賞するために近くに寄った。
「これは!?…」
そこに描かれていたのは私のお気に入りの花―ロゼッタフラワーだった。
花びらの陰影も完璧で今にも平面から浮き出しできそうだ。
配色も良く生き生きとした躍動感を感じる。
ご主人様はこれまでで一番の出来だと、満足そうな顔をしていた。
「凄いです、ご主人様!いつの間にこんな…」
私が感動していると、彼はそのキャンバスをこちらに差し出して「はい、どうぞ!」と渡してきた。
えーと、くれるの?
今までで一番の出来なのに?
「えっ…ですが」
「これはいつも遊んでくれるロゼリアへの御礼だよ」
「御礼だなんて…こちらこそたくさん笑顔にさせてもらっていますのに」
「…これからも一緒に―ずっと側に居てくれる?」
「はい、もちろんですよ。ご主人!」
見つめ合って微笑み合った。
そうして、私たちは新たな絵の題材を探し始めた。
❅❅❅
暗い自室のベッドの上でご主人様は顔を俯けて座っていた。
「ねぇ、ロゼリアなんで勉強はこんなにも嫌なものなの、僕は父上みたいな才能がないのかな?」
ご主人様は六歳になると12年制のエルカトール学園の寮に入った。
しかし、芸術家肌なアルブレヒト様は勉学が好きではないが地頭の良さで入学し、初等部まで難なく過ごしてきたのだが中等部に入り成績が落ち込んでしまった、避暑休暇のため先ほど帰ってきたばかりだが成績表を確認したお父様にご主人様はたいそう叱責されたようで今は完全に反省モード。
学園には足を踏み入れたことのない私だが噂によると学園内でご主人様は美男子と有名で、女子人気ナンバーワンなのだという。
まあ、今はその美貌が完全完璧に陰っているが。
これは私の出番だ、私は気を引き締めて口を開いた。
「ご主人様は私が勉強がなぜ好きかをご存知ですか?」
「…もとが貧しくて家族を養える力をつけたかったからだと言っていたね」
「はい、ですが本当はそれだけではないんです」
コトンと、私は水の入ったワイングラスをテーブルに置いた。
グラスの中の水面が揺らめき光った。
ご主人様も音がしたためかこちらを向かれた。
私は静かに口を開く―
「[算術]を学べば、このグラスのなかに120mlの水があると数字で見え、[科学]を学べばこれは酸素と水素からできているとわかります。
[社会科]を学べばこの水が何処から来たのかがわかりますし、世界にはこの綺麗な水を飲むことのできない人がいるという事実を知ることができます。
[倫理教育]ではこの水を分け合うことの大切さを知れますね。
[家政学]を学べばこの水をどのように用いて料理を作ることができるかわかります。例えば、ご主人様の大好物のパスタを茹でるのには大量の水を要します。
[健康教育]ではその水が私たちの体にどれほど無くてはならないものか学べます。
また、[技術]ではこのコップから何故水が漏れないか、どんな素材から出来ているかがわかります」
私は指でコツンとグラスの側面を弾いた。
「[音響芸術]を学べば水の奏でる音楽がその水のかさにより変化すると気づけますし、[美術]を極めればこの美しい水の反射を平面に描けるようになります。
[言語科]を学べばこれらの知識を他国の方と共有できますし、[国語]を学ぶと私がお話したこと全てを理解できるようになるでしょう」
私はそこでそのグラスを持ち、ご主人様に渡した。
「ですが―これはあくまでも勉強したら手に入れられる知識です」
私は彼の大きく開かれた瞳に映る自分を見つめた。
「それを見て、“ただの水”で終わらせるかはご主人様次第なのです」
そう、全てはご主人様の選択次第なのです。
「ふふ、やはりロゼリアは博識だね」
彼は楽しそうに笑い出した。
「グラスの水ひとつでそんなにまたくさんのことがわかるだなんて…僕だったら気が付かなかったな」
「なら、気付けるような人にぜひなってください!」
「えっ?」
彼は驚いたかのように口をポカンと開いた。
「ご主人様は時期宰相になられる方です。宰相というのは国のためにある大事な役職。
国のためにあるということはそれは貴族や平民―このハラベーナ王国の全国民のために尽くすということ、ご主人様の決断次第でひとりの人生が決まることだってやぶさかではないのです。ですから、それを―」
―気付かなかったで終わらせてはならなりません。いついかなる時も考えずに行動してはならないのです。
そうすれば、きっと―
「いつか、伝説になります、歴史に残る芸術家肌の偉大な宰相様となれるでしょうね」
だって、
「ご主人様は、アルブレヒト様はとても素敵な才能を持っていらっしゃるのだから」
すると、ご主人様は少し先ほどから苦々しそうにしていた表情を少し和らげた。
そして、不思議そうに私な問いかけた。
「ロゼリアは絵を描くのが趣味という男は恥ずかしいと思う?」
「いいえ、思いません」
「それは…なんで?」
「好きだからです!」
「へっ、好きっ?」
ご主人様は『好き』という言葉にビクッと過剰に反応された、思春期らしさの漂う可愛らしい様子に私も頬を緩ませ、屈んでご主人様と目線を合わせた。
―「私はご主人様の絵、好きですよ」
すると、ご主人様はボンッと顔を赤くした。
あら?
「どうされましたか、ご主人さ―」
「初めてロゼリアに好きって言われた!」
口角を上げて目を輝かせているご主人様は先ほどとは打って変わって嬉しそうに微笑んだ。
「本当はずっと僕はロゼリアが好きだったんだ」
ご主人様は噛み締めるように何かをおっしゃたが、私はあまり耳が良くないため聞き取れなかった。
「僕、アルブレヒト・リオ・カーロイドは今日ここに誓うロゼリア、君が望むような歴代でもっとも偉大な宰相に僕はなる!」
その横顔に迷いはなく、私を見つめていた。
「ロゼリアが幸せに生きられるように僕は頑張る」
「あら、嬉しいことを言ってくれますね。ありがとうございます、ご主人様」
その翌年、14歳になって帰ってきたご主人様は首席になったと報告してくれた。
入籍している乗馬クラブでも活躍は凄まじいらしかった。
15歳になるとご主人様は王国一の学力を誇る高等学校、カメリア学園に受験するときめ勉強のため実家には帰らなかった。
―しかし、その時に事件は起きた。
旦那様と奥様、カーロイド公爵夫妻の乗っていた馬車が賊に襲われお二人と公爵家お抱えの御者のハンスさんが重傷を負ってしまったのだ。
「…旦那様!奥様!ハンスさん!
いや、です…そんな…」
「来てくれたのだね。ロゼリアさん」
「ロゼリア、泣いてしまったら可愛らしいお顔が台無しよ」
「そんなの…」
「アルブレヒトのことを頼むよ、ロゼリア」
近くにいた王国騎士団の隊員に助けられた三人はそのまま公爵邸に運ばれた。
けれど、三人の命がもう長くはないことは誰の目から見ても明白だった。
出血が多すぎたのだろう、顔は青白い。
でも、それでも…
「私はまだ旦那様と奥様に拾ってもらった恩も返せていません、ハンスさんも親戚のおじさんみたいに私に親切にしてくださった大切な方です」
だから、
―私の本当の姿をお見せします。
必ず癒してみせます。
私はそう言って、まぶたを閉じて両手を胸の前で組み祈りのポーズをとり奇跡の詠唱をした。
「ロゼリア、貴方何を!?」
奥様の焦った声が聞こえるが、それも次第に止んだ。
これは私にしかできない。
花の精霊を母に持った私だからできる最初にして最後の最大の恩返し。
目を開くとそこには傷一つない状態で眠りにつく三人がいた。
「よかった…」
視界が白くかすみ始めた。
「これで、ご主人様が大切な方を失わずにすみますね」
最後にまぶたの裏側に映ったのは最愛のご主人様の幼い日の姿だった。
あぁ、私がいなくなったらご主人様は悲しまれるかもしれませんね。
✾✾✾
いつから恋をしていたのか正確にはわからない。
ロゼリア・タミアは僕、アルブレヒト・リオ・カーロイドの世話係で僕の日常に溶け込みすぎていたから。
初恋に気付いたのは13歳になってからなのだからきっと物凄く遅い方だろう。
しかし、それに気付いたところで、
ハラベーナ王国貴族法第二十七条 貴族は労働階級の者と結婚してはならず、愛人等ににすることも固く禁ずる。
彼女と僕の関係はこのまま変わることはない。
だから僕は彼女のために立派な宰相になって、彼女が生きやすい国をつくると彼女を守ると誓った。
それからは苦手な勉強にもクラブ活動にも積極的に取り組んだ。
恋情を込めた視線をくれるのはいつも想い人ではないがそれでも頑張ろうと思えた。
だか、それさえも長くは続かなかった。
「なんでだよ…僕は僕はいつもロゼリアに助けられてばかりじゃないか…」
茶色の穏やかな髪は長く伸びそのまぶたは固く閉じられていてあの春に咲く花のような桜色の瞳は見えない。
かろうじて息はしているが、生きていることを感じさせてはくれない。
まるで人形だ。
両親が賊に襲われたと知らせを受け早馬で慌てて駆けつけたらそこにいたのはベッドの上で静かに眠るロゼリアと、その布団にしがみつき泣きながら謝る母と暗い顔をした父だった。
何がどうしたらこんなことに。
混乱していた自分にそのこたえをくれたのは父だった。
「ロゼリアは[奇跡の祈り]を私たちのために使ってくれたのだよ」
「[奇跡の祈り]? なぜそれを彼女が?それを扱うことができるのは精霊のみのはずでは…まさか!」
「ああ、そうだ」
―彼女は花の精霊の娘なのだよ。
「だが、彼女は真の精霊ではない。医者曰く、彼女の身体はこれから少しばかり眠りにつくことになるだろうと。ちなみに生命活動をしているため髪は伸びるが眠っている間は年を取らないため容姿は変化しないらしいぞ」
「僕が帰ってきていれば、ロゼリアは…」
「アル…」
父はゆっくりとした動きて僕に近づきそのまま僕を抱き寄せた。
「ミルシアが言っていたが…おまえはロゼリアを好いていたのだな」
「…はい?」
「隠さずとも良い、もしおまえが貴族令嬢を望まないのであれば婚姻もしないでいいぞ」
「父上は一体何を?」
「それが私がおまえとロゼリアにしてやれる精一杯だ、後継ぎは遠縁から養子を貰ってもいいのだからな」
そういう父は後悔をにじませたような苦笑を浮かべた。
「おまえの大切な人を守れなくてすまなかった」
子である自分に向かって頭を下げる父を見て、ぎゅうっと胸が締め付けられた。
母からは彼女は最後も僕のことを考えて、僕の大切な人を守ろうとしてくれたのだと聞いた。
庭で桶に入った冷水を被ると、幾らか頭の中の霧が晴れて意識がハッキリしてきた。
僕もしっかりしなくては。
ロゼリアはいつか目覚める。
それが僕の生きている間かどうか死んだ後になるかはわからない。
だけど―彼女が生きやすい国にするのは、生きやすい世界をつくるのは自分でありたい。
それが僕の使命だ。
そうすれば、たとえ僕がいなくてもロゼリア、君には僕を感じてもらえるはずだから。
✾✾✾
あれから、十五年。
僕は30歳になり、あのときの彼女よりも年上だ。
彼女の眠るベッド脇にあるテーブルに水だけが入ったワイングラスがひとつ。
それには自ら公爵邸の庭で朝採ったロゼッタフラワーを一輪、毎日飾っている。
「外はもう貴方の好きなロゼッタフラワーが咲き乱れ小鳥のさえずる春になったというのに微睡みの夢でも見ているのですか?」
もちろん、返事はない。
でも、顔を見ると話しかけずにはいられないのだ。
「随分とお寝坊さんですね」
「…春の香り―、ロゼッタフラワー?でもない。これは―」
目をこすりながら、寝台から起き上がりああよく寝たと伸びをする女性を見て、固まる。
それは相手も同様。
無意識に口元が上がった。
「…ご主人様なのですか?」
「ああ、おかえり ロゼリア…」
その再会は春風が運んだとても素敵なプレゼントだった。
✾✾✾
それから一年後、紆余曲折ありふたりは結ばれることとなった。
「私のお父さんがヴァリーンダ公国の元王弟殿下でお母さんは花の精霊の女王っていうのは、もうアルブレヒト様には知られてるとばかり思っていたのですが…」
「…ロゼリアの母君が花の精霊とは知っていましたが、女王とは聞いていませんよ。まあ、ロゼリアの父君がヴァリーンダ公国の貴族だったおかげで今回の手続きも容易く済みましたが」
そこで、アルブレヒトの新郎服の袖を引っ張る可憐な新婦の手が目に入った。
「どうしましたか?」
「改めてありがとう、あ…」
「あ?」
「貴方!」
ヒュッとアルブレヒトの喉が鳴り、ロゼリアは赤面した。
「ご主人様と呼ばれるよりいいかも…しれません」
「ふふ、私もよ!」
そうしてふたりはたくさんの子宝にも恵まれ幸せに暮らした。
それから時は流れ。
アルブレヒト・リオ・カーロイド宰相。
この名を聞けば人々は口々に斬新な改革を行い民のために尽くした国王の忠実な臣下だとこたえる。
しかしその一方、生涯妻のロゼリア・カーロイドをひたすらに、ときには粘着質に愛していたことから愛妻家として有名である。




