『君の童貞はいただいた。怪盗ルパンより』
瞼を開けるといつの間にか朝を迎えていた。置き手紙には『君の童貞はいただいた。怪盗ルパンより』という謎の犯行声明があった。それを見てクスリと笑ってしまう。大竹ってジョークも言えるんだな、と。
そしてその裏にはこんなことも書かれていた。
「ノベルゲームには三本柱が必要よ。一本目がシナリオ。二本目がキャラクター。三本目が音楽ね」
俺は、音楽というのを自作のゲームに取り入れる考えは頭になかった。
音楽か……。橘に連絡を掛ける。「はい、もしもし。なんだよ」
「端的に言うぞ。お前の姉ちゃん、音大の出身だよな?」
「そうだけど? なんだよ、気持ちわりぃ」
「ゲーム音楽、作ってもらえないか?」
「姉貴と相談はしてやるけど、クラシックを習ってきた姉貴にとって、ゲーム音楽に自分の演奏を使うのは“屈辱”だと思うぞ」
「それ、どういう意味だよ。ゲーム音楽よりもクラシックのほうが、位が上だって言うのか?」
「品位の問題な。まあ、だから頼むだけ頼んでやるって」
俺はため息を吐いた。「分かった。頼んだ」
通話が切れた。そして衝動に駆られて俺は早速、プログラミングに入る。
苛々したとき、悲しみの執念に駆られたとき、俺のやる気は沸々と湧き上がる。
C++言語から基礎媒体を作り、ひたすら英語と数字をPC上のスプリクトに羅列していく。
そして集中力の糸が切れたとき、俺の肩に疲労感がのしかかってきた。
いま行ったゲーム制作では、完成度合いで言うと二十分の一しか出来ていない。
そもそも、膨大な言語プログラミングをひとりで行うことが常識外れなのだ。しかし妥協はしたくない。良いものを作りたいという願いだけが強い。
しかしまあ気分転換も必要だ。そう思い、NEXTのサイトを見る。そこの音楽プロデューサー兼ゲームクリエイターの甘粕遠見の掲示板に猛烈ラブコールを送った。
◇
「甘粕さん、また届いてますよ。学生のラブコール」
「いいわあ、ちょっとメンタルがヘラってた時期だったからね。ちょっと読み上げて」
「『甘粕さんへ。あなたの独創的なシナリオと、一見すると相反するような叙述的な歌詞やメロディにたくさん泣かされてきました。どうかお願いします。俺にゲーム制作を教えてください』甘粕さん、モテるんですね」
「子供にモテたって仕方ないよ」
飯田専務は自販機でコンポタとブラックコーヒーを購入した。コンポタは甘粕遠見の分だ。どうぞ、と飯田が甘粕にそれを渡す。すると満面の笑みで甘粕は表情を和ませた。飯田はそれを直視できず、照れて目を背けてしまう。それを甘粕は、「思春期の子供か‼」とからかってやる。
「どうする? 晩ご飯、食べに行く?」
「いいですよ」
「その少年にメッセージを送ることを条件にね」
「くっ、ずるい。甘粕さんはどんなエロゲーのヒロインよりもしたたかですよ」
大田ははにかんで見せた。「それ、褒めてるの」
「べた褒めです。じゃあ行きましょっか」
朝。俺はメールボックスを覗いた。すると無いはず。ありえないはずのものがあって、俺は腰を抜かしてしまった。
「NEXTからメールが届いている……件名『ヒロインの開拓者へ』どれどれ……、音楽やシナリオライター、プログラミングに興味があるのなら、明日SPINS へお越し下さい。甘粕遠見が待っております。す、すっげー」
俺はスマホにデータを送る。学校で橘に見せびらかすためだ。明日は土曜日。見せて自慢するなら今日のタイミングしかない。
妹にも、一応メールのデータをLINEで送った。『一緒に付いてくるか?』と。
それから上機嫌で制服に袖を通し、鞄を背負って玄関を飛び出した。
走ってコンビニの中に入る。それで野菜ジュースと焼きそばパンを購入した。
それを闊歩しながら食べつつ、駅のホームで電車を待つ。
そしてアナウンスで来た電車の車両に乗り込んで、ぼおっと突っ立った。