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絵師とエロゲー

 その絵師とやらに連絡を掛けた。

「もしもし。すみません。竹達俊と申します。えっと――」

「あれ~思ったより早いわね」

「え? はい?」

「変態犬からの鳴き声の連絡を聞いてやってほしいって秋月ちゃんに頼まれていたからね。でもどうせ怖気づいて来ないだろうなって思っていたのに。違ったわね。変態犬って言ったらどうせ“タマなし”だろうし」

「タマなしってどういう意味ですか?」

「度胸なしって意味よ」


 けらけらと笑う声が電話越しに聞こえる。「失礼ですよ」

 声は若い。女性の声で、余裕がある感じだ。


「私も従順な躾犬が欲しいわね」

「あのー、そろそろ本題に入ってもいいですか」

「いいわよ」

「俺のPCゲームに絵を描いてくれませんか」

「分かった。私にもチャンスになるだろうし」

「……」

「それから動機を聞きたいなあ。君がエロゲーを作るようになるきっかけを」

「妹が、中学の時にいじめに遭うようになってしまって。それが単純に妹が他の女子より可愛かったからというのが主な理由なんですが……。そんな妹と俺が好きだったのが『Next』の部署から発売された、『COLOR』というゲームだったんです。シナリオライターの大田准に憧れて。妹と一緒に約束したんです。いつかお兄ちゃんの作ったゲームを遊ばせて。それで泣かせてみせてよ、と」


「OK。了承した。それで、キャラクターの造形は?」

「えっと……ヒロインの数は五人で、メインヒロインは銀髪で」

「ふーん。なんか、有りがちね」

「そうなんだけど、まあ、受かりやすいようにさ」

「わかった。まあ、ちょっと考えてみる」


 プツンと通話を切られた。

 俺は息をついて、椅子にもたれかかった。


「どうしたもんかな」


 俺は首元のネックチョーカーを触った。俺は犬なのか。人間なのか。でも、美人な同級生の犬になる夢は、誰しもが持つ夢なのだろうか。俺はそうは思わない。できれば人間でありたいものだ。

 

 一週間後。

 俺は秋月の許へ向かうと、本を彼女は読んでいた。表紙はブックカバーに隠れていて、見えなかった。

 そしたら秋月が鞄の中から五枚のイラストが描かれた紙を渡してきた。


「メインヒロイン、すごく可愛いな」

「メインヒロイン」と落書きされたイラストには、白髪の儚げな少女がこちらに向かって泣き笑いの表情を見せていた。

「すごい。すごいドストレートに胸に迫ってくるものがある。これなら、眞衣にもなにか伝わるかも」

「で、その絵師が君に会いたいんだって。だから今度の週末、渋谷ハチ公前で待っておきなさい」

「渋谷ハチ公前って、それは俺が犬だからだよな?」

「なに馬鹿なこと言っているの、ワンコ君。当り前じゃない」


 俺は項垂れてしまった。馬鹿なこと言っているのはお前だよ、という言葉をぐっと堪える。


「で、その絵師の風貌と名前は?」

「大竹希美よ。写真見せるわね」

 そう言ってスマホを見せてくる。

 写真画像には、セーラー服におさげの髪に丸渕メガネという、いわゆるイモだった。言葉を失ってしまう。唖然としていると、足を踏みつけられる。

「痛っ‼」

「女子に対して失礼な感情を感じ取ったから」

「す、すみません」

「まあ、会ったら“びっくりするかもね”」

「そりゃあこんな感じだったら――」

「黙れ、このルッキズム!」


 また足を踏みつけられた。


 ◇


 近所の駄菓子屋の前で、俺と橘はお菓子を食べながら談笑していた。

「なあ、お前はおさげの女子がいたらどうする?」

「どうもしないな」

「その女子が、実は休日にバニーガールのコスプレをして、町中を闊歩していたら」

「迷うことなく通報するな」

「それが眞衣だったら?」

「迷うことなく抱きしめる。で、告白する」

「お前、キモイな」

「そんなこと言わないでくれよ。お義兄ちゃん」

「うわ、鳥肌立ったわ」


 俺はラムネを一気飲みして、立ち上がった。

「これ以上、変態と話してらんねえわ」

「犬のお前に言われたくないわ」

「それ、二度と言うなよ」

 俺は自転車に跨った。「じゃあな」と言って駄菓子屋から去った。

 背中から夏が迫っているような気がしていた。そんな気温だった。

 

俺は渋谷ハチ公前で傘を差して待っていた。

 腕時計で時間を確認する。約束の九時まで残り五分。

 すると、肩を叩かれた。振り返ると茶髪ボブヘアの、丈の短いスカートを履いたギャルが立っていた。

「あの、どちらさんですか」

「大竹希美よ。あなたのゲームの絵を描いた」

 俺は信じられなくてスマホを彼女に見せる。おさげのイモ少女の写真。

「ああ、これ、三年前の私ね」

「何歳なんですか」

「十八よ」

「ということはこの写真は中学三年の頃か」

「上京するまでは群馬県に住んでいてね。その頃は風貌通り、オタク少女だったのよ」

 どう、可愛いでしょ、と俺に姿を見せてくる。そんな言葉を無視して俺はイラストの礼を言うと、俺の肩をバシバシと彼女が叩いた。

「さあ、君の家に案内してよ」

「じゃあ、俺の最寄りの駅でもいいでしょ。集合場所。ほんと腹が立つなあ。こんな犬の前で待たせて」

「いいじゃない。ワンコ君なんだから」


 ◇


「どうぞ」

 休日だから家に父も母もいる。大竹が挨拶をしたいと言ったので、両親に会わせる。

「どうも、大竹希美と言います」

「この人、アマチュアだけど相当腕の立つイラストレーターだから」

 俺がそう横で説明すると、興味深げに父が彼女の全身を嘗め回すように見ていたので、心のなかでキモッ、と思いつつ大竹の手首を掴んで自室へと招いた。

 俺は小声でごめんと言った。「別に気にしてないよ」大竹は笑った。

 俺の部屋に招くと、彼女は目を輝かせた。

「すごい、『NEXT』のゲームのポスターや初版発行の希少なゲームソフトやドラマCDがあるじゃない。オタクの宝箱ね」

「だろ。少し遊んでいくか?」

「うん。遊んでいきたい」


 俺はパソコンの電源をつけて、そのあとHDMIコードでパソコンとテレビ画面をつなげた。

 やるゲームは「COLOR」というものだ。泣きゲーとしての評価が頭一つ抜けて高く、テレビアニメにまで展開され、「COLORは人生」という名言まで生まれたほどだ。


 十時間後。すっかり夕方の頃。扉がノックされた。

 母が恐る恐るといったように扉を開けてきた。

「なんか喘ぎ声が聞こえると思ったら、ゲームなのね。安心した。いや、年頃の女子と同部屋でエッチなゲームをするのはだいぶと異常かも」


「うるさいなあ、母さん。それでなんなの」

「あっ、夕飯出来ているから。よかったら大竹さんもどう?」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です」


 微笑んでいる大竹。でもその表情にはどこか陰りがあるように思えた。

「俺もいいよ。後で食う」

「そう。分かった。ゲームは休憩しながらやりなさいよ」

 扉が閉まる。俺は嘆息を吐いて、大竹を横目に見た。

「本当に飯、いらないの?」

「うん。いらない」

「ふーん」


 彼女は、不健康な体だった。ひどく華奢なのだ。きっと体重も四十キロ台だろう。絵の練習とかでストレスなどがあるのだろうか。


「なあ、絵師ってどんな仕事なんだ」

「絵ってね、終わりがないのよ。上手くなっても下からどんどん自分の絵の技術を超えられる。そうすると自分の仕事が危ぶまれる。それの繰り返し」

「そんな絵師を目指して、拒食症みたいな感じに?」

「……この話し、やめない?」


 彼女にとって触れられたくない話題だったのだろう。俺は謝って、ゲーム画面に集中した。

 その画面では、ヒロインが涙を流しながら、みなの記憶から忘れ去られていくのを「仕方ないね」の一言で主人公に別れを告げた。文字通りのバッドエンドだった。


 






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