最高のプロット
夕方、図書室に訪れる。
すると空間にひとりの女子生徒がいた。万年筆で原稿用紙にカリカリと何かを書いている。俺はその子に近づいた。
「君が秋月菜穂さん?」
女子生徒は切れ長の目でこちらを窺ってくる。その際にロングの黒髪が揺れる。彼女はモデルをやっていると言われても、信じてしまうほどの美貌だった。
「だれ?」
「俺は竹達。ちょっと君にお願いがあって来たんだ」
「なに?」
「俺と、ゲームを一緒に作ってくれないか? 君が小説家なのは聞いた。だから頼む!」
頭を下げて俺はお願いした。すると秋月は嘆息を吐く。
「どうして私なの?」
「え?」
じっと俺のことを見据えてくる。そうして何かを図ろうとするかのように。
沈黙が場を制す。
長い時間が経ったように思えた。その後彼女はやれやれというように溜息を吐く。
「……ゲームの賞を取りたいんだ」
俺は包み隠さず正直に言った。
「答えになってない。だったら自分でシナリオを作ればいいじゃない。私だって暇じゃないし、初対面のあなたに協力する義理は無いと思うけど」
「……っ」
「……で、話はそれだけ? だったら執筆の邪魔をしないでくれるかしら」
俺は怒りと悔しさで拳を作る。少し、足も震えた。
秋月はまた原稿用紙に向かう。
ここで妹の話しをするべきなのだろうか。
でも、眞衣を利用することに抵抗感がある。
だから俺は眞衣の現状を伝えず、正面から秋月を口説き落とすことにする。
「頼む。俺はギャルゲーが大好きなんだ。今までの人生の中で一つのことをここまで熱中できたことは無いんだ。頼む。力を貸してくれ」
脳裏に眞衣の笑顔がよぎる。
もう一度妹に笑ってほしい。ただそれだけのために。
すると秋月はペンを走らせる手を止めた。
「分かった。やってあげる」
「本当か!」
「ええ。橘君から事情を聞いていたから。実はあんたがどれほどの男か、試させてもらっていたの」
ニヤリと意地悪な微笑みを、秋月は見せた。
やられた……
「それと、シナリオを書いてあげるけど、条件が一つある」
「なんだ?」
秋月はこちらに向き、足を組んだ。とても艶めかしい姿だった。
「私の犬になりなさい」
全身が粟立つ。足元から徐々に体が冷え込んだ。
「……犬って具体的に何をすればいいんだ?」
まさか、SMプレイを強要されているのだろうか。
「竹達くんはさ、外で放尿したことはある?」
この女と関わったら人生が詰むっていうことを知らせる、警告音が鳴り止まないんだよ。
すると秋月は頬杖を付いてからほくそ笑んだ。
「冗談だよ。でも、これは付けさしてね。それが協力する条件」
そう言って彼女が鞄から取り出したのは、リングの付いたネックチョーカーだった。俺は思わず口角がひきつった。そのネックチョーカーが首輪の代わりってか。
というか、毎日学校に持ってきているのか……ネックチョーカーを。
「わ、わかった……」
そして秋月が俺に近づき、ネックチョーカーを取り付けた。首もとに違和感しかない。その感情を悟ったのか、秋月は笑った。「すぐ慣れるから」とまたしても怖いことを喋った。
「じゃあ、早速ワンコ君。焼きそばパンとコーラを買ってきてくれるかしら」
俺は愕然としすぎて顎が落ちそうだった。
◇
「で、どんなゲームを作るの?」
もくもくと焼きそばパンを食べながら秋月はそう喋った。
俺はどうしてか秋月の前で正座をしていた。理由はよくわからない。秋月に強要されたわけでもない。なぜか、そうした方がいいと思っての態度だ。
「ノベルギャルゲーを作ろうと思っている。秋月も橘から聞いたはずだが、俺の妹が引きこもりなんだ。そんな、妹が好きなギャルゲーで人生の面白さを気づいてほしいんだ」
「ワンコ君。シスコンだねぇ」
俺はそれを無視した。すると秋月は大笑いした。なに笑っているのだろう、と俺は腹が立ったが、次の彼女の言葉に唖然としてしまう。
「一週間、時間ちょうだい。最高のプロット作ってみせるから」