ゲームを送って
八月二十七日。俺は母さんと一緒に学校へと訪れていた。
担任教諭との三者面談だ。主に進路について話し合う。
教室に入ると、担任が母親に丁寧にあいさつした。
「それでは進路のことなんですが、彼はゲーム会社に入社するために、プログラミングの専門学校に通いたいと考えているそうです」
「ゲーム会社はブラックってよく聞くんですけど」
「そうですね。一か月近く泊まり込みで制作にあたることもあるそうです」
「……そうなんですね。息子が目指している企業は一体どのくらいの規模なんですか」
「一応、会社は一部上場しているそうですが、それでも斜陽企業なのには間違いはありません」
俺からしてみれば斜陽企業だろうが一部上場してようが関係ない。
「出来れば、別の夢を彼には目指してほしいのですがね」
俺は少々腹が立った。自分の夢くらい、好きにさせてほしいものだ。
「でも私は応援したいと思っています。彼が自分から作った夢ですから」
毅然とした母親の言い草に、たじろぐ担任。
「まあ、それだったら……それで」
駅の構内で俺と母親はバームクーヘンを購入していた。
それから出来上がった箱を俺にもたせた母親は、切符を買って、それを渡してくる。
「そろそろ花火大会ね。俊は例の恋人さんと一緒に行くの?」
「そ、そうだね」
勉強会の後、大竹が母親に挨拶し、すっかり恋人だと認知された。
「楽しみ?」
「うん。俺、恋人なんかできるの初めてだからさ」
「私も、お父さんと一緒に行こうかなって思ってる」
「え? 母さんが?」
涼しい顔で母親は述べた。そのことに驚愕してしまう俺。
「なんでそんなに驚いているの?」
「だって浮気のこととか、いろいろ」
あっただろ、そう言おうとしたが母親が俺の頭を撫でてきたことで言えなかった。
「そんなこと、あんたが心配しなくてもいいのよ」
「……ふぅん」
母親は笑って見せて、「十年以上前ね、お父さんと一緒に毒入りスープで一緒に死のうかとも思ったこともあったんだけど、なんか可哀想だなって」
母は格好いいと思った。どこからそんな強さが出てくるのだろう。旦那の浮気を許すような強さは。
まあ、親子の仲がいいのはいいことだ。俺はそう思い笑った。
「ただいま~」
俺は母親の荷物を持ち、リビングへと向かう。
「お父さんは私のことなんて考えてないんでしょ」
妹の叫び声が聞こえた。その声はとても甲高く、金切り声とはこのことを言うのだと思った。相当に激昂している。俺はこの原因は、すぐに父親のせいだと悟った。
またなにかやらかしたのか。
「父さん。なに言ってるの?」
「お前には関係ない」
リビングのダイニングテーブルの椅子に座り、煙草を吸っていた父親がそんなことを言う。
俺はその言葉を聞いて、思わずため息を吐いてしまった。これだからぶっきらぼうな頑固おやじは嫌いなんだ。
「眞衣、もう部屋にもどりな」
俺はそう妹に諭す。すると涙をぬぐった眞衣は部屋にもどっていった。
父親を睨みつけた俺は、少し怒気交じりに言う。
「どうして眞衣のことを考えられない? あいつは独りなんだよ。可哀想だとは思わないのか?」
「どうして引きこもりのことを可哀想だと感じなくてはいけないんだ。好き勝手に生きているだけじゃないか。親のスネをかじりながらな」
なんだよ、この昭和のような考え方。たしかに、父親は昭和生まれだけど、いまは令和だぞ。それに、妹はお前の隠し子だろうが。だったら最後のケツ拭きはてめえでやれよ。そんな苛立ちが冬の轍のように募る。
「だったら、俺が眞衣のことを養う。もう父さんには迷惑はかけないよ」
すると三白眼を俺のほうに向けてくる。
「やれるもんなら、やってみろ」
俺はやってやる、という意気込みを抱いて、リビングから飛び出した。そして眞衣の部屋をノックする。
恐る恐るといったように扉が開かれる。
「荷物まとめろ。眞衣」
「どこに行くの?」
俺は精一杯の笑顔を見せた。
「俺の恋人の家だよ」
「はい、粗茶ですが」
そう言ってブレンドティをテーブルに置く大竹。その言葉に俺は苦笑する。
「粗茶って、意味違うだろ」
俺は別に目上の人間ではない。
「ってか、ごめんな。居候しちゃって」
俺は粛々とそう述べた。しかし大竹はそれを聞いても笑ってくれた。大丈夫だから、と。
「で、ゲーム制作は順調なの?」
「ああ。一応、PCは持ってきているし、もう五分の一ほど完成している」
「来年までに間に合いそうだね」
ずずっと麺が啜られる音がした。眞衣がカップヌードルを食べているのだ。
それに笑いかける大竹。「おいしい? トムヤムクンヌードル」
「酸っぱくておいしい」
「なんか、前は婚約がどうたらこうたら言っていたから、変人なのかなって思っていたけど、こうしてみると普通の人間ね。いや、すごく可愛い人間かも」
「よかったな。可愛いだってよ」
すると眞衣は上気した顔で、「あ、ありがとうございます……」と言った。
「で、部屋を探すの? ずっとここにいてくれてもいいのに」
「いや、そういうわけにもいかないよ。俺はともかく眞衣の居心地が悪いだろうからさ」
「……そう」
どこか含みがあった大竹の言葉。その真意を探ろうと思ったとき、彼女は立ちあがりパーカーを羽織った。どこかへ行くのだろうか。
「今からコンビニに行くけど、付いてくる?」
「ああ、そうだな。……どうだ? 眞衣も来るか?」
俺は眞衣を誘ったのだが、妹は首を横に振った。
「外には……あまり出たくない」
妹のそんな嘆きに、淡白に答える大竹。
「じゃあお留守番していてね。さあ俊くん行きましょうか」
俺たちは外に出ると、夏の終わりのじめっとした湿度の高い空気が肌に触れてきた。
「眞衣ちゃんをずっと外に出さないつもり?」
夜の街灯に照らされた大竹の横顔は、冷徹のようだった。まるで、いや、本気で俺のことを非難しているのだろう。
「すぐに社会復帰させようとか考えなくてもいいから、リハビリがてら旅行にでも行って来たら」
そう言って見目麗しい笑みを零した大竹。その表情に可愛いと思う。
「たしかにそうだな。考えてみるよ」
眞衣との旅行はどこがいいだろうか。もう九月だし、海水浴という時期でもないしな。花火大会は大竹と一緒に行くし……。
「でも、どこがいいんだろう」
「映画でも行って来たら? Next原作のアニメが劇場公開されるそうよ」
「そりゃあ、いいな」
歩いて二十分ほどでコンビニに着いた。店内に入ると、大竹は夕食を食べてはいなかったので総菜パンとプロテインドリンクを手に取った。
でも、それだけで足りるだろうか。
「ダイエット中か?」
「そうなの。見えないところが太ってね」
「そうは見えないけどなあ。見えないところか……」
ぜひとも、生身を触って確かめたいものだ。
とか、思っていると大竹が半目で、
「いま、エッチなこと考えていたでしょ」
「いや、触って確認したいなあ、って」
「バーカ」
そう言って真っ赤な顔で見上げてくる大竹。その表情はどこか官能的で、俺のオスの部分を刺激した。
俺は恥ずかしくなって目線を逸らした。そして頬をぽりぽりと掻きながら、「駄目かな」とか言ってみる。すると彼女は手を差し伸べてきた。俺は、ん? と思いながらその手を取ってみると腕を引っ張られた。頭が控えめな胸へと吸い込まれ、むにゅとした感触を感じる。
「君のこと、思いっきり抱きしめてみたかったんだ」
「そんな恥ずかしいこと、コンビニのなかでやるなよ」
「いいじゃない。誰も見てないんだし」
そう彼女は言ったが、こちらに気を使っているレジの店員がいる。
「どう? キスまでする?」
「遠慮させてもらう」
俺は彼女から離れて、それから濃厚桃ジュースを手に取って、レジへと並びに行った。
「うーん、完成したあ」
十月三日。俺は徹夜続きで完成させたPCゲームを早速デモプレイをしてみる。
青峰ホタルは、言った。
「私が死んでも、代わりはいる……」
そんな言葉に高田レイジは首を振った。
「そんなわけないだろ。お前の命はお前だけのものだ」
自殺を図ろうとしたホタルを必死に止めるレイジ。
この物語は、ホタルが自分の力で歩けるようになる、生きる目的を探す話し。
三時間後。俺は落涙してしまった。
秋月の感動的なストーリーに。
大竹の魅力的な絵に。
抒情的な水穂の音楽に。
どれほど衝撃を受けただろう。
「ありがとう、みんな」
このレベルだったら、NEXTで受賞するかるかもしれない。いや、絶対にそうだ。
胸を張って、このゲームを誇れる。史上最高のゲームだと。
俺は、息をついて立ち上がり、水道からコップに水をくむ。それを一気にあおり、水分補給をする。
ふう……。
すると、むくっと起き上がった、リビングで眠っていた眞衣は瞼をこすりながら「どうしたの?」と訊ねてくる。
「いや、ゲームに感動したんだよ」
いま、俺と眞衣は1LDKのアパートで暮らしている。眞衣は俺に遠慮してかリビングで生活しており、一方俺は六畳ほどの個室で居住している。
「そういえば、明日映画に行くんだって?」
「ああ。楽しみにしておけよ」
「子供じゃないんだから、うきうきしないよ」
「うきうきという言葉を使う時点で子供だよ」
むうっ、と反応する眞衣。
「私、子供じゃないもん。確認してみる?」
そう上目遣いに見てくる眞衣。いやいや、そんな大人ですよアピールしなくても、冗談だから。
俺はそんな眞衣の言葉を無視して、コップを流し台に置いた。
そして、ゲーミングチェアに座ってPCのゲームのデータと企画PDFを挿入したものをNEXTに送った。
結果は、来年に分かる。すごく楽しみだ。




