第99話 ユリアン皇帝、サロンにバーカウンターを作ってしまう ふふっ、貴殿も飲んでいくか?(シャカシャカシャカ)
【ユリアン皇帝視点】
『アヴァロン帝国歴163年 11月15日 夜』
ハーグの田舎町から帝都へと戻り、朕がまず最初に行ったこと。それは、百年以上も帝国を縛ってきた、古色蒼然たる酒造法の改正であった。
「――よって、ここに宣言する! 酒類への果汁、薬草等の混入を禁ずる項は、本日をもって、これを撤廃する!」
評議会で、朕がそう高らかに宣言した時、居並ぶ貴族どもは、一体何事かと、ただ呆気に取られておったわ。無理もない。彼らは、あの路地裏の闇バーで、朕が味わった衝撃を知らぬのだからな。
(ククク……朕の先祖が作った悪法を、朕自らが覆す。それも、あの田舎王に教えられた味のために。実に、実に愉快ではないか)
それからというもの、朕は、すっかり『カクテル』の魅力に取り憑かれてしまった。
そして、ただ飲むだけでは飽き足らなくなった朕は、帝都で最高の職人たちを城へ呼びつけた。
「よいか。朕の私室であるサロンに、『バーカウンター』なるものを作るのだ。磨き上げた黒檀の一枚板に、真鍮の飾りをつけ、壁には、あらゆる酒瓶を飾れる棚を……。そう、あのハーグの薄汚い店の、百倍は豪華で、千倍は洗練されたものにせよ!」
数週間後。朕のサロンには、世界に一つだけの、壮麗なバーカウンターが鎮座していた。
その夜、朕は、帝国の主だった諸侯たちを、この新しいサロンへと招待した。
集まったのは、武骨な軍人上がりのイェーガー伯爵、常に流行を追い求める軟弱者のエーデルシュタイン伯爵、そして、帝都の社交界を牛耳るヴァイスハイト伯爵夫人といった、一癖も二癖もある連中だ。
「さあ、皆の者、よく来た。今宵は、朕が直々に、新しい帝国の味を振る舞ってやろう」
朕は、特注の白い上着を羽織ると、カウンターの内側に立った。そして、黄金のシェイカーを手に取り、華麗な手つきで、それを振ってみせる。
シャカシャカシャカ、と小気味良い音が響き渡り、やがて、美しくカットされたグラスに、ルビーのような色合いの液体が注がれる。
「これは、朕が考案した『レッドドラゴンズ・ティア』。まあ、飲んでみるがよい」
諸侯たちは、恐る恐る、しかし好奇心に満ちた目で、そのグラスを手に取った。
そして、一口、口に含んだ瞬間、彼らの顔が、驚愕に染まった。
「おお……! なんという、芳醇な香り!」
「甘く、しかし、すっきりとしている! このような酒は、生まれて初めてですぞ、陛下!」
「まあ、素敵! このヴァイスハイト、完全に虜になってしまいましたわ!」
その日から、帝都の貴族社会の夜は、様変わりした。
珈琲と砂糖に続き、今度は『カクテル』が、貴族たちの間で、最先端の流行となったのだ。
誰もが、自らの屋敷にバーカウンターを作り、夜な夜なカクテルパーティーを開いては、自らが考案したカクテルの味を競い合っているらしい。
当然、新大陸から輸入される果物や、良質な蒸留酒の値段は、天文学的なレベルで高騰している。西のヴェネディクト侯爵あたりは、また笑いが止まらぬことだろう。
朕は、自室のサロンで、完璧に作り上げた一杯のカクテルを、静かに味わっていた。
(あのライルとかいう男……。奴は、ただそこにいるだけで、朕の退屈な帝国に、次々と新しい流行と、莫大な富をもたらす。実に、面白い駒よ)
次は、一体、何を見せてくれるのか。
朕は、グラスの向こうに見える、帝都の夜景を眺めながら、不敵な笑みを、一人、浮かべていた。
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