第97話 シトラリちゃんからの手紙
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴164年 8月20日 昼 快晴』
おめでたラッシュの衝撃から、数ヶ月。
僕の周りは、日に日に大きくなっていくお腹と、それに伴う女性陣の食欲、そして生まれてくる子供たちのための準備で、毎日がてんやわんやの大騒ぎだった。
(僕、ちゃんとお父さん、できるのかなあ……。七人も……)
いや、待てよ。アシュレイの子が一人、ヴァレリアの子が一人、ノクシアの子が一人。そして、フリズカさん、ヒルデさん、ファーティマさんの子が三人。合わせて六人だ。よかった、僕、数を数え間違えてたみたい。
そんな、少しだけホッとした僕の安堵を打ち砕くように、その報せは、海の向こうからやってきた。
新大陸のアカツキの都から、数ヶ月ぶりに帰還した交易船が、一通の、やけに豪華な飾りのついた手紙を運んできたのだ。差出人は、アズトラン帝国の女皇帝、シトラリちゃんからだった。
「やあ、シトラリちゃんも元気そうで何よりだなあ」
僕は、のんきに手紙の封を切ると、その滑らかな書き心地の紙に、彼女の美しい文字を追っていった。
手紙には、アカツキの都が、彼女が派遣した神官や技術者たちの手によって、素晴らしい発展を遂げていること。こちらから送ったハーグ黒豚が、向こうの気候にも慣れ、元気に育っていることなどが、綴られていた。
そして、手紙の最後の方に、それは、本当に、何気ない追伸のように、サラッと書かれていた。
『追伸。
先日、そなたとの子を、無事に出産した。元気な男の子じゃ。この国の民も、新たな光の誕生に歓喜しておる。そなたへの敬意を示し、この子には、そなたの国の響きを借りて『マクシミリアン』と名付けた。
もちろん、この子が妾の跡を継ぎ、次代のアズトラン皇帝となる。
これで、そなたとの約束……両国の永遠の友好も、盤石のものとなろう。では、またハーグ豚を送れ』
……。
…………。
僕は、手紙を読み終え、ゆっくりと顔を上げた。
執務室の窓から見える空は、どこまでも青い。
「……しゅっさん? ……あとを、つがせる? ……しんだいりくの、こうてい……の、父……?」
次の瞬間、僕の絶叫が、ハーグの城中に響き渡った。
「えええええええええええええええええっ!?」
僕の、あまりの叫び声に、隣の部屋で子供たちをあやしていたアシュレイが、慌てて飛び込んできた。
「もう、また何よライル、しっかりしなさい! 今度は、誰がご懐妊したって言うの!?」
「こ、これ……!」
僕が、震える手で手紙を差し出すと、アシュレイは「はぁ……」と、この世の終わりのような深いため息をつきながら、それに目を通した。
「……七人目。しかも、新大陸の、次期皇帝……。あんたって男は……。もう、驚きもしないわよ……」
呆れ果てたように、彼女が手紙を僕に返そうとした、その時だった。アシュレイの指先が、ぴたり、と止まる。彼女の片眼鏡の奥の瞳が、これまでにないほど、爛々と輝き始めた。
「……ん? ちょっと待って。この手紙、おかしいっスよ」
「え? どこが? 僕が、皇帝のパパになっちゃうところ?」
「そこじゃない! この『紙』っスよ!」
アシュレイは、興奮した様子で、手紙の紙を指で弾いた。
「これは、羊皮紙じゃない! もっと薄くて、軽くて、滑らかで……何より、この、雪のような白さ! こんな製法、聞いたことがないっス! 一体、何を原料にすれば、こんな紙が……!」
彼女は、僕が七人目の子の父親になったという衝撃の事実など、すっかり頭から抜け落ちてしまったようだった。その頭の中は、もう、新しい発明のことで、いっぱいだった。
「ライル! この紙の作り方、絶対に突き止めるっスよ! もし、これを我が国で量産できれば、書物の値段が劇的に下がって、帝国の……ううん、この世界の知識レベルが、根底から変わる! これに、活版印刷の技術を組み合わせれば……!」
アシュレイは、いつもの調子で「ヒャッハー!」と叫ぶと、シトラリちゃんからの手紙をひったくるように奪い取り、自分の工房へと嵐のように駆け出していった。
一人、執務室に残された僕は、ただ、呆然と立ち尽くす。
(……僕、これから、どうなっちゃうんだろう……)
ヴィンターグリュン王国に、また一つ、新たな研究開発のテーマが生まれた、その瞬間だった。
そのきっかけが、僕の七人目の子供の誕生報告だったなんて、きっと、誰も気にしないんだろうな。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




