第96話 ええ~っ おめでたラッシュだって~?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴164年 4月1日 昼』
皇帝陛下ご一行が、山のような契約書を交わし、満足げな顔で帝都へとお帰りになってから、数ヶ月が過ぎた。
ヴィンターグリュン王国には、また、穏やかで、平和な春が訪れていた。
僕の子供たちも、すくすくと育っている。レオはもう、短い言葉なら話せるようになったし、フェリクスとアウロラも、上手にはいはいができるようになった。
(ああ、平和だなあ……。このまま、何事もなければいいんだけど)
そんな、僕のささやかな願いは、いつも、僕の愛する女性たちによって、いとも容易く、そして、幸せな形で打ち砕かれる。
その日、フリズカさん、ヒルデさん、ファーティマさんの三人が暮らす、白亜の『側妃たちの館』で、ささやかなお茶会が開かれていた。
「この新大陸のケーキというお菓子は、本当に美味しいですわね」
僕が、アシュレイ特製のチーズケーキを頬張っていると、フリズカさんが、おもむろに、しかし、どこか誇らしげに立ち上がった。
「ライル様! ご報告したいことが、ございます!」
「ん? なあに、フリズカさん」
「このフリズカ、貴方様の子を、この身に授かりましたわ! これで、我が北の民も、そしてこのヴィンターグリュン王国も、安泰です!」
その、あまりに堂々とした宣言に、僕は、口の中のケーキを噴き出しそうになった。
「えっ、フリズカさんも!? お、おめでとう……!」
四人目……。僕は、嬉しい気持ちと、父親としての責任の重さに、少しだけ、めまいを感じていた。
だが、その日の驚きは、それで終わりではなかった。
僕の祝福の言葉を聞いたヒルデさんが、おずおずと、そして、顔を真っ赤にしながら、小さな声で言ったのだ。
「あ、あの……ライル様……。まことに、申し上げにくいのですが……」
「え、ヒルデさんも何かあったの?」
「は、はい……。こ、このような奴隷の身でありながら、まことに、まことに畏れ多いことではございますが……わたくしのお腹の中にも、その……ライル様の、お子が……」
か細い声で、彼女は、とんでもないことを告げた。
僕は、完全に固まってしまった。
「ええっ、ヒルデさんまで!?」
五人目……。もう、何が何だか、よくわからない。
僕が、頭の中の整理がつかないまま、呆然としていると、今度は、東の王女であるファーティマちゃんが、申し訳なさそうに、一枚の羊皮紙を僕の前に差し出した。それは、彼女の故郷、サラム王国からの手紙だった。
「あの……ライル様。わたくしの父が、気が早まってしまったようで……。本当は、わたくしの口から、直接お伝えしたかったのですが……」
手紙には、サラム王の、喜びと興奮に満ちた文字が、踊るように並んでいた。
『我が友、ライル王へ。娘ファーティマが、そなたの子を身ごもったとの報せ、誠に、誠に喜ばしい! ああ、これで両国の友好の証は、永遠のものとなろう! 朕は、今、奇跡を見た心地じゃ!』
「……」
僕は、無言で、手紙をテーブルの上に置いた。
そして、三人の、幸せそうに、そして、はにかみながら微笑む、未来の母親たちの顔を、順番に見回す。
「ええええええええええええええっ!?」
僕の、人生で一番の絶叫が、白亜の館に、こだました。
六人目。おめでたラッシュだ。もはや、ラッキーヒットのレベルを超えている。
その夜。
城の執務室で、僕は、遠い目をしながら、天井を眺めていた。
目の前では、財務担当のビアンカが、巨大なソロバンを、鬼のような形相で弾いている。
「……陛下。王家の血筋が、これほどまでに繁栄することは、国家の安泰にとって、誠に喜ばしい限りです。ですが……」
彼女は、ソロバンをぴしゃり、と鳴らした。
「王子、王女、合わせて六名。その養育費、教育費、そして将来の側近や領地にかかる費用……。試算したところ、我が国の国家予算を、根底から見直す必要がございますわね……!」
その、あまりに現実的な言葉に、僕は、ぐうの音も出なかった。
(ぼ、僕……ちゃんとお父さん、できるかなあ……。六人も……)
父親としての喜びと、一家の大黒柱、いや、一国の王としての、あまりに重い責任。
その二つの感情の板挟みになりながら、僕は、ただ、静かに、頭を抱えることしか、できなかった。
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