第94話 アシュレイ工廠株式会社
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴163年 10月25日 朝』
翌朝、僕と皇帝陛下、そして二人の侯爵様が顔を合わせた朝食の席は、奇妙なほど静かだった。
テーブルに並んだのは、ハーグ自慢の厚切りベーコンと、ふわふわのスクランブルエッグ、そして新鮮なキャベツの千切りという、帝都の食卓に比べれば、ずいぶんと簡素なものだった。だが、誰も文句一つ言わない。皆、昨日見た光景の衝撃から、まだ抜け出せずにいるようだった。
食事を終え、僕たちは城で一番大きな会議室へと移動した。
そこには、僕の国の主要なメンバーが、すでに全員、顔を揃えていた。
僕の妻であり、天才発明家のアシュレイ。騎士団長のヴァレリア。闇ギルドを束ねるユーディル。交易担当のビアンカ。農業担当のゲオルグさん。そして、僕の側妃であるフリズカさん、ヒルデさん、ファーティマさん、ノクシアちゃんまで、なぜかそこにいた。
「ヴィンターグリュン王国騎士団長、ヴァレリアです。陛下、ようこそおいでくださいました」
「財務及び交易担当のビアンカと申します。以後、お見知りおきを」
皆が、それぞれ軽く自己紹介を済ませる。その様子を、皇帝は、実に楽しそうに眺めていた。
さっそく、交渉が開始された。テーブルには、新大陸産の香ばしい珈琲と、アシュレイが最近ハマっているという、甘いチーズケーキが並べられている。
「それで、陛下。昨日の銃の件ですが……」
ヴァレリアが、真剣な面持ちで口火を切ろうとした、その時だった。僕は、ケーキを頬張りながら、ふと思いついたことを、気軽に言ってみた。
「うーん、その前にさ。まず、アシュレイの会社に、出資しないとダメなんじゃないかな?」
「会社……?」
皇帝が、怪訝な顔で僕を見る。
「うん。『アシュレイ工廠』っていう、アシュレイが作った会社なんだ。僕たちの国の工場は、全部、その会社が運営してるんだよ」
僕がそう言うと、ビアンカが、すっと立ち上がって補足した。
「ええ。この国の主要なメンバーは、全員がその会社の役員であり、それぞれが株を保有しております。もちろん、農業担当のゲオルグも、です」
「株、ですと?」
商業に明るいヴェネディクト侯爵が、目を見開いた。そして、すぐにその仕組みを理解したようだ。彼は、皇帝陛下に向き直ると、丁寧に説明を始めた。
「陛下。これは、我々の知る『互助会』を発展させた仕組みかと。例えば、新大陸へ船を出すような、大きな危険を伴う事業を行うとします。船が一隻沈めば、その持ち主は大損害を被る。ですが、大勢で少しずつお金を出し合って会社を作り、その利益も損害も、皆で分け合えば、一人当たりの危険は小さくて済む。そういう仕組みでございましょう」
「なるほどな。朕にも、その仲間に入れ、と。ふむ、実に面白い!」
皇帝は、にやりと笑った。こうして、僕の何気ない一言から、その場で、アシュレイ工廠の臨時役員会議が始まってしまった。
「当然、出資していただくのはやぶさかではありません。ですが、我が社の技術力と将来性を鑑みれば、一株あたりの価格は、かなりお高くなりますわよ?」
ビアンカが、商人の顔で強気に言う。
「そうっスよ! 私の発明は、安くないんスから! それに、ライセンス生産をお望みなら、それ相応の技術供与料……ライセンス料を、毎年、きっちりお支払いいただくことになります!」
アシュレイも、腕を組んで、一歩も引かない構えだ。
「まあ、帝国の軍備が強化されることは、我が国の防衛にも繋がります。出資自体に、異論はありません」
ヴァレリアが、冷静にそう言うと、ユーディルが影の中から、ぼそりと付け加えた。
「……ただし、契約書には、技術の無断盗用や、第三国への漏洩を禁ずる、厳しい罰則条項を盛り込ませていただきます」
最後に、ゲオルグさんが、おずおずと口を開いた。
「あのう……わしは、難しいことはよくわかりませんが……。会社が大きくなって、新しい作物を育てる畑が増えるんなら、それは、良いことだと思いますだ」
皆の意見を聞いた後、皇帝は、満足げに、大きく頷いた。
「よかろう! その株、朕が買おう! 銃もだ! ライセンス料とやらも、支払ってやる!」
ヴェネディクト侯爵とランベール侯爵も、顔を見合わせ、頷き合う。彼らも、この会社の、そして僕たちの国の、底知れない価値を、正確に理解したのだろう。
こうして、銃の値段も、株の価格も、僕たちの言い値で、話はまとまった。
その日は、一同、言葉少なめに、しかし、どこか満足げな表情で、ハーグの夜を過ごすことになったのだった。
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