第91話 侯爵様と新型銃 だから、僕のじゃないんだってば!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴163年 10月20日 昼』
またしても、帝都フェルグラント。
ユリアン皇帝陛下からの、有無を言わせぬ召喚状。僕は、ヴァレリアと、数人の護衛だけを連れて、うんざりした気分で、壮麗な宮殿の廊下を歩いていた。
(今度は、いったい何の用事なんだろうなあ……)
玉座の間に通されると、皇帝は、いつになく上機嫌な様子で僕たちを迎えた。その周りには、帝国の重鎮たちがずらりと並んでいる。
「おお、ライルよ! よくぞ参った! 先の東方動乱、まことに見事な戦いぶりであった!」
皇帝は、高らかにそう言うと、一枚の羊皮紙を広げた。
「よって、その武功を讃え、其方をこれより『ヴィンターグリュン侯爵』とする! さらに、褒賞として、東方の港町アイゼンポルトを、そなたに与えるものとする!」
その言葉に、周りの貴族たちから「おお……!」「侯爵位、並びに港町とは、破格の恩賞!」という、驚嘆と、いくばくかの嫉妬が混じった声が上がる。
だけど、僕の心は、少しも晴れなかった。この皇帝陛下が、ただで、こんなに素晴らしいものをくれるはずがない。
「わあ、すごい! ありがとうございます、陛下!」
僕は、にこやかに、満面の笑みを作って見せた。そして、わざとらしく、首をこてんと傾げる。
「……で、陛下。この、とーっても素晴らしい褒美と引き換えに、僕に何をさせたいんですか? どうせ、何か、僕にしてほしいことがあるんでしょ?」
僕の、あまりにひねくれた返事に、玉座の間が、しんと静まり返った。ヴァレリアが、背後で深いため息をつくのが聞こえる。
だが、皇帝は、そんな僕の態度を、実に楽しそうに、声を上げて笑い飛ばした。
「ククク……はっはっは! 面白い! 少しは物事の裏を読めるようになったではないか、田舎王よ! ああ、そうだ! 話が早くて助かる!」
皇帝は、すっと笑みを消すと、本題を切り出した。
「お前の妻が、また新しい玩具を作ったそうだな。先の戦で見せた我がホワイトコート兵を出し抜くために用意していたという『新型の銃』。それをこの朕に見せてみよ」
(……やっぱり)
僕は「あれは、妻の大事な発明品なので、僕の一存では……」と、言葉を濁そうとした。だが、皇帝は「見るだけだ。ケチなことを言うな」と、僕の肩を叩き、有無を言わさず、僕たちを城の練兵場へと連れて行った。
僕は、しぶしぶ、供の者に運ばせていた木箱から、アシュレイが心血を注いで作り上げた、最新式のライフル銃を取り出した。
皇帝は、その黒光りする銃身を、まるで恋人でも見るかのような、ねっとりとした視線で眺めている。
「ふむ……。美しいフォルムだ。だが、性能はどうか。……ライル、撃ってみせよ」
僕は、ため息を一つついて、銃を構えた。
ボルトを引き、弾丸を装填する。その、機械的で、小気味いい金属音。肩に銃床を当て、遥か二百歩先に置かれた、鋼鉄の的を狙う。
そして、引き金を引いた。
ズッバーン!
鋭く、腹の底に響く轟音と共に、僕の肩を、強い衝撃が襲う。
次の瞬間、遥か先の鋼鉄の的が、まるで紙くずのように、いとも容易く、中央を貫かれていた。
(……しまったな。見せすぎたかもしれない……)
僕が、ちらりと横目で皇帝の様子をうかがう。
彼は、言葉を失い、ただ、呆然と、煙を上げる的の残骸を見つめたまま、立ち尽くしていた。
やがて、我に返った皇帝は、子供が新しいおもちゃを欲しがるように、目を爛々と輝かせて、僕に詰め寄ってきた。
「売れ! ライル、その銃を、朕に売れ!」
「ええっ!?」
「金ならいくらでも出す! 言い値で買おう! さあ、何丁差し出す!?」
あまりの剣幕に、僕は思わず後ずさった。
「い、いや、これはその、まだ試作品でして……! それに、妻のアシュレイに相談しないと、僕だけじゃ決められないっていうか……!」
僕が必死で言い訳を並べても、皇帝は「明日! 明日、もう一度話を聞く! それまで、この城から一歩も出ることは許さん!」と、聞く耳を持たない。
その夜。
僕は、あてがわれた、やけに豪華な客室のベッドの上で、深いため息をついた。
これからどうやって、このしつこくて、面倒くさい皇帝陛下から、逃げ出そうか。
僕の、長い夜が、始まろうとしていた。
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