第90話 帝国再編成 さて、ライルに何をくれてやろうか?
【ユリアン皇帝視点】
『アヴァロン帝国歴163年 10月10日 夜』
帝都フェルグラントの夜は、静かだ。
我が執務室の机の上には、東方動乱の後始末に関する、膨大な量の羊皮紙が山と積まれている。朕は、その一枚一枚に、ただ淡々と、判を押していく。
「――家は、取り潰し。一族は、追放」
「――家は、領地を半分に減封。当主は、終身、帝都での蟄居を命ずる」
朕の決定に、異を唱える者など、この帝国にはもはや存在しない。ダリウス公爵という、愚かで、しかし力だけはあった獅子の首を刎ねたことで、帝国の貴族社会は、完全に朕の手の内へと収まったのだからな。
(ふん、退屈な作業よ)
朕が、欠伸を一つ噛み殺した、その時だった。一枚の地図が、我が目に留まった。東方交易の要衝、港町アイゼンポルト。先の動乱で、ライルのところの商人が、無残に殺されたという、あの忌まわしい土地だ。ダリウス公亡き今、この地の領主は空席となっている。
(……そうだ)
朕の口の端に、久しぶりに、面白い玩具を見つけた時のような、歪んだ笑みが浮かんだ。
「ふむ、このアイゼンポルトを、ライルにくれてやるか。奴への褒美としては、これ以上ない皮肉であり、また、実利も伴う。奴が、この血塗られた港を、どう料理するのか。実に、見ものよな」
朕は、侍従を呼ぶと、短く命じた。
「ヴィンターグリュン王を、帝都へ召喚せよ。『戦勝祝いの酒宴を開く』とな。ああ、それから……」
朕は、楽しげに続けた。
「奴の国の、一番美味い豚肉と芋を、山と持ってくるよう、申し伝えよ」
侍従が、恭しく一礼して下がっていく。
一人になった執務室で、朕は、葡萄酒の杯を傾けながら、思考を巡らせた。
(ヴィンターグリュン王、選帝侯、そして今度は東方の港町を手に入れる。もはや、ただの辺境伯では、その肩書が、あの男の異様な存在感に釣り合わぬ)
小物に、大きな鎧を着せてやる。それもまた、王の仕事というものだ。
「よかろう。ライル・フォン・ハーグを、これより『ヴィンターグリュン侯爵』とするか。今更、これに文句を垂れる愚か者もおるまい。むしろ、奴を味方につけたい者どもが、こぞって賛辞を送るであろうよ」
爵位を与え、領地を与える。だが、それだけでは、まだつまらん。
朕の諜報網は、すでに、新たな情報を掴んでいた。
(それにしても、あの男の周りには、面白い人間が集まるものよ。妻の小娘が、また『新型の銃』とやらを開発したらしいではないか。先の戦で見せた、我がホワイトコート兵を出し抜くための、対抗策というわけか。ククク……面白い!)
技術は、独占させてはつまらん。競わせてこそ、磨かれ、進化するのだ。
「よし、これもついでだ。呼びつけた際に、『その最新の玩具も見せてみよ』とでも言えば、あの男のことだ。きっと、喜んで何丁か献上してくるに違いない」
全ての手配を終え、朕は満足げに、椅子に深くもたれかかった。
執務室の窓からは、帝都の無数の灯りが、まるで宝石のように輝いて見える。
この帝国の全ては、この朕の手の中にある。そして、その中で最も面白い駒が、あの北の田舎王、ライルだ。
「さあ、ライルよ。朕が与えた新しい領地と爵位を手に、次は何を見せてくれる? この朕という、唯一の観客を、飽きさせるでないぞ」
帝国の再編成という、血生臭い盤上の遊戯。その駒を操りながら、朕は一人、静かに、そして不敵に、笑っていた。
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