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第9話 北方の王女と新たな戦乱

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴156年 11月4日 朝 快晴』


 北から来たという使者の一団は、白旗を掲げ、武装も最低限のまま、ハーグの城門の前に静かに立っていた。その中心にいたのは、一人の若い女性だった。

 北方の厳しい気候を思わせる透き通るような白い肌に、陽の光を浴びて銀色に輝くプラチナブロンドの長い髪。そして、父王から受け継いだのであろう、気高く力強い青い瞳。豪華な毛皮のついた外套は、長い逃避行のためか、ところどころが汚れ、彼女の表情には深い疲労と悲しみが滲んでいた。


 場所を執務室に移すと、彼女は僕の前に進み出て、静かに、しかし凛とした声で言った。


「私は、先日、貴方様に討たれたスヴァルド王が娘、フリズカ=スヴァルディアと申します」


(うわっ……! 討ち取った相手の、娘さん……!)


 あまりに直接的な自己紹介に、僕はどう反応していいかわからず、ただ固まるしかなかった。隣に立つヴァレリアや、部屋の隅に控えるユーディルも、驚きに表情を硬くしている。


「本日は、辺境伯ライル・フォン・ハーグ様……父の仇である貴方様に、恥を忍んでお願いがあって参りました」


 彼女は深く、深く頭を下げた。


「父の死後、かねてより我が一族に反感を抱いていた別の北方の王、ドラガル=フリムニルが反旗を翻しました。父の治めていた領地スカルディアは、今や逆賊ドラガルの手に落ち、私は僅かな手勢と共に、命からがらこの地まで逃げ延びてきたのです」


 その声は、震えてはいなかった。だが、そこには故郷を奪われた悲しみと、裏切り者への静かな怒りが、炎のように揺らめいていた。


「どうか、我らに力を貸していただき、逆賊ドラガルをお討ちください。もし、ドラガルが治めるニヴルガルドと、奪われた我が故郷スカルディアを奪還できた暁には……」


 彼女は顔を上げ、僕の目をまっすぐに見つめた。


「その二つの領地は、すべて貴方様に差し上げます。そして……」


 フリズカは、その場で片膝をついた。


「貴方様にこそ、分裂した我ら北の民を束ねる『北方の王』となっていただきたいのです!」


(北方の王!? 僕が!?)


 辺境伯になっただけでも、いまだに実感がないというのに、次は王様!?


(無理無理無理! これ以上、責任を増やさないでほしい!)


 あまりに突飛な提案に、僕の頭は完全に追いついていなかった。

 すぐに返事ができないことを伝える。あまりにも話が大きすぎる。

 僕は、言葉に詰まりながらも、なんとかそれだけを口にした。


「……お話は、わかりました。ですが、あまりに大きな話なので、すぐに、お返事はできません」


 それでも、助けを求めてきた彼女を、このまま追い返すことはできなかった。


「……あなた方が休む場所は、提供します。まずは、旅の疲れを癒してください」


 僕の言葉に、フリズカの強張っていた表情が、ほんの少しだけ和らいだ。


「……ありがとうございます、ライル様。そのお心遣い、感謝いたします」


 その夜、僕はヴァレリアとユーディルを執務室に集めた。


「これは、我らハーグ領だけでは到底判断できぬ問題です。下手に介入すれば、帝国全体を巻き込む大規模な戦乱になりかねません」


 ヴァレリアが冷静に分析する。


「……しかし、北方を手中に収める、またとない好機でもありますな。皇帝陛下の御意向次第では……」


 ユーディルが、ローブの奥で目を光らせた。


(やっぱり、僕一人じゃ決められないよ……)


 僕は、二人の顔を見回して、いつもの結論にたどり着いた。


「うん……帝都へ行って、ユリアン皇帝陛下にご相談してくる。僕がどうこうできる話じゃない」


 翌朝、僕とヴァレリアは、帝都フェルグラントへと向かう馬車に乗っていた。

 城門の向こうでは、フリズカ王女が、祈るような瞳で僕たちの背中をじっと見送っていた。

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