第87話 パパ友たちの休日 ~俺たちの家庭菜園~
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴163年 3月5日 昼 快晴』
長く厳しい冬が終わり、ヴィンターグリュン王国に、ようやく春の柔らかな日差しが戻ってきた。
僕が最近、足繁く通っているのは、城下の公園。いや、正確には、公園に集う『パパ友サークル』だ。
「うちの娘ときたら、最近、何でも『なんで?』って聞くもんだから、こっちが参っちまうよ」
「ははは、わかるぜ! うちの息子も、俺の仕事を手伝うって聞かなくてなあ」
子供たちの成長を喜びながらも、尽きない育児の悩みを語り合う。ここでは、僕は王様じゃない。ただの、子を持つ一人の父親『ライル』だ。この、気兼ねのない時間が、僕にとっては最高の息抜きだった。
そんな会話の中で、ふと、一人の父親が呟いた。
「子供たちには、自分たちの手で育てた、安全で、とびきり美味しい野菜を食べさせてやりたいもんだよなあ」
その言葉に、皆が深く頷く。すると、以前、娘のアンナちゃんを助けたことのあるマルクさんが、困ったように頭を掻いた。
「実は、俺、街のはずれに使ってない空き地を持ってるんだが……。もう何年もほったらかしで、雑草だらけ、石ころだらけでよぉ。あそこを畑にできりゃあ、最高なんだがなあ……」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で、農民だった頃の血が、久しぶりに、ふつふつと騒ぎ出すのを感じた。
「じゃあさ、みんなでそこを畑にしようよ!」
僕の提案に、パパ友たちは「ええっ!?」と驚きの声を上げた。「でも、どうやって……」と戸惑う彼らに、僕は鍬を振るうジェスチャーをしながら、自信満々に胸を張った。
「大丈夫! 畑仕事なら、僕に任せて!」
週末。僕と十人ほどのパパ友たちは、マルクさんの空き地に集まっていた。
そこは、彼の言う通り、人の背丈ほどもある雑草が生い茂り、地面は硬く、大きな石がゴロゴロと転がっている、ひどい有様だった。
「こりゃあ……どこから手をつけていいか、わかんねえな……」
皆が途方に暮れる中、僕は、クローゼットの奥から引っ張り出してきた、使い古しの農作業着に着替えると、一本の鍬を手に取った。
「よし、みんな! まずは石拾いと草むしりからだ! こっちのチームは石を、あっちのチームは草を頼む!」
僕が的確に指示を飛ばし、自ら先頭に立って鍬を振るい始めると、最初は戸惑っていたパパ友たちも、一人、また一人と、楽しそうに作業に加わり始めた。
僕のあまりの手際の良さに、皆が「ライルさん、一体何者なんだ……?」と、尊敬の眼差しを向けてくるのが、なんだか少し、くすぐったかった。
その日の夕方。僕はこっそりと城へ戻ると、農業担当のゲオルグさんを呼び出した。
「ゲオルグさん、実は、友達と趣味で畑を始めたんだけど、ちょっと手伝ってくれないかな?」
翌日。僕たちが汗だくで作業をしていると、一人の人の良さそうな農夫が、ふらりと空き地に現れた。
「いやあ、たまたま通りがかった者ですが、皆さん、畑仕事でお困りのようですな。よろしければ、この通りすがりのわたくしめが、少しばかりお手伝いいたしましょう」
もちろん、ゲオルグさんだ。彼は、僕が頼んだ通り、「通りすがりの親切な農夫」を完璧に演じきってくれていた。
ゲオルグさんが土を触り、畝を立て始めると、魔法のように、ただの荒れ地が、見る見るうちに立派な畑へと姿を変えていく。その神業に、パパ友たちは、ただただ感動していた。
春が深まり、種まきの日がやってきた。
僕も、レオとフェリクスを連れて畑へ向かう。小さな手で、一生懸命にトマトやトウモロコシの種を土に埋める息子たち。
「大きくなあれ、大きくなあれって、おまじないするんだよ」
僕がそう教えると、二人は真剣な顔で、小さな声で、種に話しかけていた。その光景が、たまらなく愛おしかった。
そして、夏。
僕たちの努力と、子供たちの純粋な祈りは、見事な形で実を結んだ。畑には、真っ赤なトマト、みずみずしいキュウリ、そして黄金色に輝くトウモロコシが、たわわに実っていた。
僕たちは、家族を全員呼んで、ささやかな収穫祭を開いた。
採れたての野菜を、その場で炭火で焼き、大きな鍋で温かいスープを作る。
「おいしい!」
子供たちが、目を輝かせながら、自分たちで育てた(と思っている)野菜を、夢中で頬張る。その笑顔を見て、僕たち父親は、皆、言葉にならないほどの達成感と喜びに包まれていた。
「ライルさん……。あんたのおかげだ。本当に……ありがとうな」
マルクさんが、涙ぐみながら僕の手を握った。
その、あまりに平和で、幸せな光景を、一人の女性が、物陰からじっとりと観察していた。いつの間にか現れた、ビアンカだ。
「素晴らしい……! この感動的なストーリー! この新鮮なクオリティ! これなら『パパの愛情たっぷり野菜』として、最高のブランド価値が生まれますわ! さあ、皆さん、契約書はこちらに!」
彼女が、商人の顔で契約書を広げた瞬間、僕は慌ててその前に立ちはだかった。
「だめだめ! ビアンカ、これは売り物じゃないんだ!」
僕は、畑で笑い合う、仲間たちと、その家族たちを見回した。
「これは、僕たちの、お金じゃ買えない、宝物なんだから」
僕の言葉に、ビアンカは一瞬きょとんとした後、「やれやれ、王様は商売に向きませんわね」と、呆れたように笑って、契約書を引っ込めてくれた。
王様としてじゃなく、一人の父親として守りたかった、ささやかな休日。
畑には、子供たちの楽しげな笑い声と、野菜の焼ける香ばしい匂いが、いつまでも満ちていた。
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