第83話 病気の娘さん? お医者さんを呼んであげればいいんじゃないかな?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴162年 10月1日 昼 快晴』
すっかり秋めいたハーグの空は、どこまでも高く、澄み渡っていた。
城下の広場に新しく作られた公園は、今では僕にとって、王の執務室と同じくらい、大切な居場所になっている。
「いやあ、うちのレオときたら、最近、何でも口に入れちまうんで、目が離せなくてよぉ」
「わかるわかる! うちの娘も、この前、泥団子を食おうとしてたぜ!」
子供たちを遊ばせながら、父親たちが育児の苦労話に花を咲かせる。僕も、彼らの輪に混じって、大きく頷いていた。王様だとか、平民だとか、そんな垣根はここにはない。あるのは、同じ子を持つ父親としての、ささやかで、温かい連帯感だけだ。
(うん、やっぱり、パパ友っていいなあ……)
そんな和やかな時間の中で、ふと、一人だけ輪から外れて、力なくため息をついている男の姿が、僕の目に入った。マルクさん。いつもは一番元気で、冗談ばかり言っている、気さくな父親だ。
「マルクさん、どうしたの? 元気ないね」
僕が声をかけると、彼はやつれた顔を上げて、力なく笑った。
「……ライルさんか。いや、なんでもねえんだ。ただ、ちょっと……」
だが、その目は明らかに何かを物語っていた。僕がじっと彼の顔を見つめると、マルクさんは観念したように、ぽつりぽつりと話し始めた。
「うちの娘の……アンナが、三日前から、ずっと熱を出していてな。街の薬師にも診てもらったんだが、原因がわからねえって。日に日に、弱っていく娘の顔を見てると……俺は、どうすりゃいいのか……」
彼の声は、震えていた。父親としての、深い無力感と、悲しみが、痛いほど伝わってくる。
僕は、マルクさんの肩を、力強く叩いた。
「大丈夫だよ、マルクさん。僕に、任せて」
その日の午後。僕は、城の執務室に、ヴァレリアとビアンカ、そしてアシュレイを呼び集めていた。
「……というわけで、マルクさんの娘さんの、アンナちゃんを助けたいんだ。みんな、力を貸してくれないかな」
僕が真剣に言うと、三人は顔を見合わせ、そして、力強く頷いた。
「当然です、ライル様。民の憂いは、王の憂い。直ちに、帝都の名医に心当たりのある者に、連絡を取りましょう」
ヴァレリアが、きっぱりと言った。
「その医師を招くための費用は、全て我が商会が持ちますわ! 必要とあらば、黄金で頬を叩いてでも、大陸一の名医を連れてきてみせます!」
ビアンカが、頼もしく胸を張る。
「原因不明の病気……。検体があれば、成分分析で何か分かるかもしれないっス! 新薬の開発も視野に入れて……!」
アシュレイも、片眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
僕は、そんな頼もしい仲間たちを見回して、にこりと笑った。
「うん、ありがとう! じゃあさ、早速、一番腕のいいお医者さんを、ハーグに呼んであげればいいんじゃないかな!」
僕の、あまりに単純な結論に、三人は一瞬、きょとんとした後、ふっと笑みをこぼした。
「「「御意のままに」」」
それから、一週間後。
ビアンカが金に糸目をつけず帝都から招いたという名医の手によって、アンナちゃんの病は、まるで嘘のように快方へと向かった。病の原因は、この地方では珍しい、花の蜜に含まれる毒だったらしい。
すっかり元気になったアンナちゃんを連れて、マルクさんが、僕の前に深々と頭を下げに来てくれた。
「ライル様……! このご恩は、一生忘れませぬ! 本当に、本当に、ありがとうございました!」
その隣で、アンナちゃんが、僕の服の裾を、小さな手できゅっと掴んだ。
「おうさま、ありがとう」
その、はにかんだ笑顔と、真っ直ぐな感謝の言葉に、僕の胸は温かいもので満たされた。
数日後。いつもの公園。
すっかり元気になったアンナちゃんが、僕の息子たちと一緒に、楽しそうに駆け回っている。その光景を、僕とマルクさんは、並んで眺めていた。
「いやあ、しかし、うちのアンナも、すっかりライルさんのファンになっちまってよぉ」
「ははっ、そうかな? でも、よかったよ、本当に」
「ああ。……なあ、ライルさん。やっぱり、あんたは、俺たちの自慢の王様だよ」
マルクさんが、照れくさそうに、でも、心の底からそう言ってくれた。
僕は、少しだけくすぐったい気持ちになりながら、彼の背中をバンと叩いた。
「何言ってるんだよ、マルクさん。ここでは、僕たちはただのパパ友だろ?」
僕たちは、顔を見合わせて、一緒に笑った。
空は高く、秋の優しい日差しが、僕たち父親と、その子供たちを、平等に、そして温かく、照らしていた。
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