第82話 獅子の眠りと天秤の行方【東方動乱編 閉幕】
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴163年 4月26日 昼 曇り』
ユリアン皇帝の絶対的な一言により、戦いは、終わりを告げた。
硝煙の匂いが立ち込める平原には、ただ、奇妙な静寂だけが広がっている。勝利を目前にしていたはずの僕たちブルーコート兵も、壊滅的な敗北を喫した東方連合軍の生き残りも、そして、丘の上から僕たちを静かに見下ろす『ホワイトコート兵』も、誰もが言葉を失い、ただ、この異常な光景の真ん中に立ち尽くしていた。
やがて、皇帝の勅命により、東方連合軍の武装解除が行われた。僕の目の前で、誇り高き紅蓮騎士団の騎士たちが、悔しさに顔を歪めながら、その剣を地面に置いていく。
そして、ダリウス公爵の戦死が、正式に伝えられた。
彼の亡き後、ダリウス公爵家を継いだのは、まだわずか五歳の、幼い男の子だった。父親の死も、自らの運命も、まだ理解できないであろうその子の名は、アルブレヒト。彼は、家臣に抱かれながら、ただ、呆然と、目の前で起こる全てを眺めていた。
昨日までダリウス公爵に付き従っていた諸侯たちは、我先にと僕や皇帝陛下の元へ使者を送り、新たな主君への忠誠を、競うように誓い始めた。
こうして、帝国を二分した動乱は、実質的な僕たちの勝利という形で、静かに幕を閉じた。
数日後。僕は帝都の宮殿にいた。
皇帝陛下の私室に二人きりで招かれ、最高級の葡萄酒が注がれた杯を、僕はぼんやりと眺めていた。
「まあ、飲め。此度の戦、見事であったぞ、ライル」
皇帝は、上機嫌で僕の杯に、さらに酒を注いでくる。
「……陛下。あの、ホワイトコート兵は、一体……」
僕が尋ねると、皇帝は、にやりと、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ああ、あれか。あれは、朕の新しい玩具よ。お前から譲り受けた銃を、朕の職人たちが改良しただけの、ただの兵隊だ」
皇帝は、杯を揺らしながら、続けた。
「此度の戦で、あの者たちの存在は、諸侯の知るところとなった。もはや、隠しておく意味もあるまい。これより、ホワイトコート歩兵は、皇帝直属の親衛隊として、その数を、さらに増強していくつもりだ」
その言葉は、静かだったが、明確な牽制だった。
僕のブルーコート歩兵が、もはや帝国で唯一無二の力ではない、と。皇帝は、帝国の力の天秤を、常に自らの手で操るつもりなのだ。
「……ライルよ。お前は、この帝国の未来を、どう見る?」
「さあ……。僕はただ、僕の国のみんなが、お腹いっぱいご飯を食べられて、平和に暮らせれば、それでいいんです」
僕の素直な答えに、皇帝は、ふっと、これまで見せたことのないような、少しだけ寂しそうな顔で、笑った。
「そうか……。お前は、やはり、そういう男よな」
僕たちは、それ以上、何も語らなかった。
ただ、静かに、杯を傾ける。窓の外では、帝都の華やかな夜景が、星のように輝いていた。
僕たちの戦いは、帝国の歴史を、そして僕自身の運命を、また一つ、大きく変えてしまったのだった。
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