第81話 決戦、そして黄昏の獅子
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴163年 4月25日 昼 快晴』
帝国の未来を決める、広大な平原。
僕の目の前には、どこまでも続く青い軍服の列。そして、その遥か向こうには、陽光を浴びて不気味に輝く、真紅の鋼の壁が広がっていた。
(あれが、帝国最強の、紅蓮騎士団……)
やがて、敵陣から、甲高いラッパの音が鳴り響いた。
それを合図に、赤い壁が、一つの巨大な生き物のように動き出す。
ズシン、ズシン……と、大地が揺れ始めた。
最初は、遠くで聞こえる地鳴りのようだった。だが、それは次第に、全てを飲み込む津波のような轟音へと変わっていく。三千の重装騎兵による、伝統的な、そしてあまりにも圧倒的な騎馬突撃。掲げられた槍の穂先が、無数の銀色の牙となって、僕たちへと迫ってくる。
「……来るぞ」
隣に立つヴァレリアが、ごくりと喉を鳴らした。
僕たちの兵士たちの顔に、緊張と、わずかな恐怖の色が浮かぶ。だが、誰一人として、隊列を乱す者はいなかった。最前列のパイク兵たちが、槍の柄を地面に突き立て、来るべき衝撃に備える。
僕は、静かに、右手を振り下ろした。
それが、新しい時代の始まりを告げる、合図だった。
「――撃て」
ヴァレリアの凛とした号令が、戦場に響き渡る。
次の瞬間、千の銃声が、一つの雷鳴となって平原を支配した。
耳をつんざく轟音と共に、突撃してくる紅蓮騎士団の先頭部隊が、まるで見えない壁に叩きつけられたかのように、次々と馬から吹き飛んでいく。あれほど強固に見えた真紅の鎧が、いとも容易く、鉛の弾丸に貫かれていた。
「なっ……!?」
「怯むな! 突撃を続けよ!」
敵陣から、混乱の声が上がる。
だが、僕たちの攻撃は、終わらない。
「第一列、後退! 次弾装填! 第二列、前へ! 撃て!」
一糸乱れぬ動きで、兵士たちが入れ替わる。そして、再び、千の銃弾が、死の雨となって騎士たちに降り注ぐ。
それは、もはや戦いではなかった。ただ、一方的な蹂躙。
かつて帝国最強と謳われた騎士たちは、自分たちが誇る武勇も、名誉も、何一つ発揮できぬまま、ただ、無慈悲な鉄の嵐に飲み込まれていった。
混乱の中、僕は、ただ一人、馬上で奮戦を続ける、一人の騎士の姿を捉えた。
ダリウス公爵。その獅子のような瞳は、絶望の中でも、まだ闘志の炎を失ってはいなかった。彼は、自らの剣を天に掲げ、最後の誇りをかけて、僕がいる本陣へと、単騎、突撃してきた。
「ライルゥゥゥッ!」
その、魂からの叫び。
だが、その声が、僕に届くことはなかった。
僕の前に、ヴァレリアが立ちはだかるよりも早く、近くにいたブルーコートの一隊が、冷静に、そして無慈悲に、彼へと銃口を向けた。
数発の乾いた発射音。
東方の誇り高き獅子は、その体にいくつもの穴を開け、声もなく、ゆっくりと馬から崩れ落ちた。その最期は、あまりにも、あっけないものだった。
総大将を失い、紅蓮騎士団は、完全に崩壊した。
僕は、最後の命令を下そうとした。生き残った者たちを包囲し、殲滅せよ、と。
その、まさに、その瞬間だった。
平原に、僕たちのものとは違う、荘厳で、威圧的な、第三のラッパの音が鳴り響いた。
僕たちが、一斉に音のした方角を振り向く。
そこに、信じられない光景が広がっていた。
近くの丘の上から、純白の軍服に身を包んだ、新たな軍勢が、静かに、そして整然と、姿を現したのだ。その数、およそ千の銃兵だ。彼らが掲げる旗には、アヴァロン帝国の黄金の竜が、描かれていた。
『ホワイトコート』。皇帝直属の、秘匿部隊。
その軍勢の中から、一頭の馬が、ゆっくりと僕たちの前に進み出てくる。
その背に座すのは、この帝国の、唯一絶対の支配者。
「……ユリアン皇帝」
皇帝は、まるで、全てを見届けた審判のように、僕たちと、崩壊した東方連合軍を見下ろすと、その片手を、静かに、天へと掲げた。
「そこまでだ。……この戦、終わりとする」
その声は、神の託宣のように、静かに、しかし、絶対的な力を持って、戦場に響き渡った。
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