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第8話 皇帝陛下の表彰状

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴156年 11月3日 夜 晴れ』


 スヴァルド王率いる一万の軍勢を退けてから数日。ハーグの街は、勝利の熱狂と安堵に包まれていた。

 今夜は旧役所前の広場で、大規模な祝勝の宴が開かれている。主役はもちろん、闇ギルドの傭兵団『黒竜の牙団』だ。


「ライル様こそ、我らが軍神! あの見事な御業! 天より降臨なされた雷のようでしたぞ!」


 団長のゼルガノスが、僕の肩を巨大な手でバンバンと叩きながら叫ぶ。そのたびに、杯からエールがこぼれそうになった。周りの傭兵たちも「軍神ライル様に乾杯!」「あんたは俺たちの誇りだ!」と大騒ぎだ。


(いや、だから、たまたま運が良かっただけなんだけど……)


 何度説明しても、彼らは聞く耳を持たない。僕のあの一投は、すでに伝説となり、尾ひれがついて吟遊詩人に歌われ始めているらしい。困惑しながらも、勧められるままに酒を飲むしかない僕の隣で、ヴァレリアがやれやれと首を振っていた。


 そんな喧騒の真っ只中、一人の兵士が慌てた様子で駆け込んできた。


「申し上げます! 帝都より、皇帝陛下の勅使がご到着なされました!」


 その一言で、広場の騒ぎが嘘のように静まり返る。やがて、帝国の紋章を掲げた壮麗な馬車が広場に入り、中から格式高い礼装に身を包んだ文官が降り立った。


 僕たちは慌てて立ち上がり、頭を下げる。文官は僕を一瞥すると、恭しく巻物を広げた。


「皇帝陛下より、辺境伯ライル・フォン・ハーグへ、表彰状が届けられた。静粛に、拝聴するように」


 文官は、厳かな口調で高らかに読み上げ始めた。


「辺境伯ライル・フォン・ハーグ。其方が北方からの侵略者を退け、帝国の安寧に多大なる貢献を果たしたこと、朕は深くこれを嘉する。よって、その武勲を……」


 そこまで聞いたヴァレリアやユーディルが、満足げに頷く。僕も、なんだかむず痒い気持ちで聞いていた。だが、文官は一度咳払いをすると、突然、抑揚のない声でこう続けた。


「……と、まあ、ここまでは公式の文面だ。ライルよ、聞いているか? お前、今度は敵の王を爆殺したそうだな」


(えっ?)


「槍で将軍を刺し殺したかと思えば、次は爆薬か。そのうち竜でも石ころを投げて落とすのではないか? まったく、お前ほど面白い領主は久しく見ていないぞ。その調子で、これからも朕を楽しませるように」


 読み上げている文官は、表情一つ変えずに淡々と続けている。しかし、そのあまりに個人的な内容に、広場は再びざわめき始めた。アシュレイが「陛下、わかってるぅ~!」と口元を緩め、ヴァレリアはこめかみを指で押さえている。僕は、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。


 文官は巻物を閉じると、次に大きな木箱を僕の前に差し出した。


「こちらが陛下からの下賜品です。『スヴァルド王の首の代わりに、その軍勢を追い払った手間賃だ。今後のハーグ防衛の資金にせよ』とのことです」


 箱が開けられると、中には金貨が山のように詰め込まれていた。どよめく傭兵たちを背に、僕はただ呆然と立ち尽くす。


 帝都の使者が慌ただしく帰っていき、広場が再び祝宴の空気に戻ろうとした、その時だった。

 見張り台から、またしても伝令が息を切らして駆け込んできた。


「申し上げます! 北方より、白旗を掲げた使者の一団が、ハーグの街へ向かっております!」


 ヴァレリアが、はっとしたように呟いた。


「……スヴァルド王の後継者、でしょうか」


 宴の熱気は、一瞬にして冷めていた。


「えっ、また何か始まるの……?」


 僕の呟きは、夜の冷たい風に吸い込まれていった。どうやら、この辺境の地で、僕が静かに暮らせる日はまだ遠いらしい。

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