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【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


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第76話 東方の憂鬱と騎士の誓い

【ダリウス公爵視点】


『アヴァロン帝国歴162年 11月1日 夜 冷たい雨』


 我が居城、アイゼンヴァルト城の執務室は、墓場のように冷たい空気に支配されていた。

 窓の外では、冷たい秋の雨が、城の石壁を叩き続けている。まるで、この帝国の未来を憂う、天の涙のようだ。


「……公爵様。これが、今月の領内からの収益報告にございます」


 老いた執事が、震える手で差し出した羊皮紙の束。そこに並んだ数字は、我が目を疑うほどに、惨憺たるものだった。


「……なんだ、これは」


 我が絞り出した声は、自分でも驚くほど、低く、乾いていた。


「は、はあ……。北方の、ヴィンターグリュンと名乗る国から、安価な芋や穀物が大量に市場へ流入した影響で、我が領地の荘園で収穫された小麦の価格が、例年の半値以下にまで暴落しておりまして……」


 我が富の根幹である、広大な領地からの収入が、日に日に、雪解け水のように消えていく。

 だが、問題はそれだけではなかった。


「申し上げます! 帝都の金融筋からの報告によれば、かの『黄金艦隊』が持ち帰ったあまりに膨大な量の黄金のせいで、帝国の通貨そのものの価値が、かつてないほどに不安定になっている、と……!」


 全て、あの男のせいだ。

 あの、農民上がりの、幸運だけが取り柄の、ライルとかいう小僧のせいだ。奴が、この帝国の千年続いた秩序と安定を、土足で踏み荒らしているのだ。


 我が怒りに震えていると、側近の一人が、青ざめた顔で、新たな報告書を差し出した。

 それは、先の『審判の平原』の決闘で、奇跡的に生き延びたという、ヴェネディクト侯爵配下の騎士からの、血が滲むような文字で書かれた、生々しい証言録だった。


『……あれは、戦ではございません。公爵閣下。あれは、ただの、一方的な処刑でございました』


 読み進めるうちに、我が背筋を、冷たい汗が伝った。


『我らが誇る重装歩兵の盾は、見たこともない小さな大砲によって、いとも容易く、木っ端微塵に……。そして、あの、青い軍服の兵士たち……』


 報告書は、恐怖そのものを言葉にしたかのように、こう続いていた。


『彼らは、隊列を組んだまま、ただ、黒い鉄の棒をこちらへ向けるだけ。次の瞬間、空を引き裂くような雷鳴が轟き、目の前にいたはずの戦友たちが、声もなく、血飛沫を上げて消えていくのです。一人が死んでも、すぐに次の列が、また次の列が、まるで意志のない人形のように、寸分の狂いもなく、死の弾丸を撃ち続けてくる。そこに、騎士の誇りも、武勇も、名誉も、何の意味もございません。彼らは、兵士ではない。死を運ぶ、青い亡霊(ブルーゴースト)でございます……』


 我は、音を立てて報告書を握りつぶした。

 騎士が、農民に殺される時代。

 血と、名誉と、伝統によって築かれてきた、我ら貴族が支配するこの美しい世界が、あの男一人のせいで、根底から覆されようとしている。


(……許さん。断じて、許すわけにはいかん)


 これは、もはや個人的な遺恨ではない。帝国の秩序と、我らが高貴なる者の誇りを守るための、聖戦だ。


 我は、執務室の壁に飾られた、我がランゴバルド家に代々伝わる、栄光の戦いを描いたタペストリーを、強く睨みつけた。

 そして、静かに、しかし鋼のような決意を込めて、呟いた。


「あの男と、あの忌まわしき青い亡霊どもは、この我が手で、浄化してくれる……」

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