第73話 ライル、はじめてのパパ友作りに挑戦!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴162年 9月25日 昼 快晴』
その日のヴィンターグリュン王国は、どこまでも平和だった。
僕は、執務室の窓から、城下の広場をぼんやりと眺めていた。そこでは、何人かの父親たちが、自分たちと同じくらいの歳の子を肩車したり、追いかけっこをしたりして、楽しそうに笑い合っている。
(いいなあ……)
僕の子供たち、レオ、フェリクス、そしてアウロラの顔が、自然と頭に浮かぶ。僕は王様で、三人の父親だ。でも、父親としての友達……『パパ友』は、一人もいない。
(僕も、普通のパパみたいに、友達が欲しいなあ……)
その純粋な衝動に駆られた僕は、すぐに行動を開始した。
クローゼットの奥から、農民だった頃に着ていた古びた麻の服と、顔が隠れるくらい大きなフードのついたマントを引っ張り出す。そして、今日の昼食は、ヒルデさんにお弁当を作ってもらうようにお願いした。
「ライル様、わたくしの手料理を……! このヒルデ、天にも昇る気持ちにございます! 腕によりをかけて、最高の愛情弁当をお作りしますわ!」
なんだか、すごく気合が入っていた。
こうして、僕は一人の父親『ライル』として、城下の父親たちが集まるという広場のサークルに、潜入することにしたのだ。
広場では、五、六人の父親たちが、子供を遊ばせながら、のんびりとお喋りをしていた。僕は、深呼吸を一つして、おずおずとその輪に加わった。
「こ、こんにちは。僕も、混ぜてもらってもいいかな?」
「おう、いいぜ! あんちゃんも、子育て仲間か!」
気さくな父親の一人が、笑顔で迎えてくれた。僕は、ほっと胸をなでおろす。まずは、自己紹介からだ。
「ええと、仕事は……国を豊かにしたり、たまに戦争したり……まあ、農業みたいなものかな?」
僕がそう言うと、さっきまでの和やかな空気が、ぴしりと凍りついた。父親たちの顔から、笑顔が消えている。
(あれ? 何か、変なこと言ったかな?)
気を取り直して、子供の自慢話に参加する。
「うちの子、最近つかまり立ちができて。すごいよね! だから、その記念に、息子専用の館を建ててあげようと思ってるんだ」
しーん、と広場が静まり返った。父親たちは、じりじりと、僕から距離を取り始めている。
一人の父親が、同情するような目で、僕に悩みを打ち明けてくれた。
「うちの赤ん坊、最近、夜泣きがひどくてよぉ……寝不足で、こっちが参っちまうぜ」
「わかる! 僕も、銃の演習をした日は、なんだか昂ぶっちゃって、全然眠れないんだよ! そういう時は、誰かに……」
「ま、待て! それ以上は言わなくていい!」
なぜか、父親たちは、顔を真っ青にして僕の話を遮った。
やがて、お昼の時間になった。皆が、黒パンや干し肉、それに塩漬けの野菜といった、素朴なお弁当を広げる。僕は、ヒルデさんが作ってくれた、三段重ねの豪華なお重を、満を持して取り出した。
「さあ、食べよう! ヒルデさんが、腕によりをかけてくれたんだ!」
蓋を開けると、中には、高価な黒コショウが散らされたハーグ黒豚のロースト、宝石のように輝く色とりどりの果物、そして、見たこともないような細工が施された卵焼きが、ぎっしりと詰められていた。
他の父親たちは、自分たちの黒パンと、僕の豪華絢爛な弁当を見比べ、完全に沈黙してしまった。
僕が、完全に孤立してしまった、その時だった。
すぐそばの木の陰から、黒い影がぬっと現れ、僕の耳元で囁いた。
「閣下、ご安心を。あの父親たちの身元は、全て調査済みです。全員、無害な一般市民にございます」
「ひっ! ユ、ユーディル!?」
僕が小さな悲鳴を上げると、今度は広場の入り口から、完全武装のヴァレリアが、剣の柄に手をかけて駆け込んできた。
「閣下! 平民との交流も結構ですが、警備があまりに手薄です! 今すぐ、城へお戻りください!」
その鬼気迫る姿に、父親たちは「ひいいっ!」と悲鳴を上げて、子供を抱えて逃げ腰になる。
さらに、どこからか現れたビアンカが、父親たちに人好きのする笑みを浮かべて、名刺のようなものを配り始めた。
「皆様、ヴィンターグリュン王国の育児、お疲れ様です! つきましては、この『パパ友ネットワーク』を、新たな情報交換及び、相互扶助のための商業組合へと発展させませんか? 私が、皆様の資産運用を……」
あまりのカオスな状況に、僕のフードが、はらりと脱げ落ちた。
僕の顔を見た父親の一人が、目を見開き、震える声で僕の耳元に囁いてきた。
「ま、まさか……そのお顔は……!?」
「しーっ! いまの僕はただのパパだよ!」
それから僕は、たびたびこの会に参加するようになった。
公園のみなさんの、僕に対する気遣いも、だんだんと無くなっていった。
後日。ヴィンターグリュン王国では、各地の公園の整備が、正式に決定した。
その裁可を下したのは、ヴァレリアだったという。
僕の、ほんのささやかな願いは、またしても、僕の知らないところで、国を良くする大きな政策へと変わってしまったのだった。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




