第72話 けっこう大きな問題があった件 金と銀の流出
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴162年 8月20日 昼 快晴』
帝都フェルグラント。その壮麗な城の一室に、僕とヴァレリアは通された。
扉を開けると、そこはすでに重々しい空気に満ちていた。西方のヴェネディクト侯爵が、ユリアン皇帝陛下の前で、身振り手振りを交えながら熱弁をふるっている。
「よろしいのでございますか、陛下! 珈琲も、砂糖も、実に素晴らしい産物です。ブームが起こるのも大いに結構! しかし、このままでは、我がアヴァロン帝国の金貨も銀貨も、全てが新大陸へと流出してしまいますぞ!」
ヴェネディクト侯爵は、国の財政を憂う忠臣そのものといった様子で、危機感を訴えていた。皇帝は、玉座で頬杖をつき、つまらなそうに口をへの字にして、その話を聞いている。
「ふむ。それでは卿ならば、どうすると申すのだ?」
皇帝の問いに、ヴェネディクト侯爵は待ってましたとばかりに、胸に手を当てて力強く答えた。
「かの珈琲と砂糖に、高い税金をかけるのです! さすれば、過剰な消費は抑制され、帝国の富の流出も防げましょう!」
(あれ? なんだか、僕が何もしなくても、勝手に問題が解決しそうな雰囲気だぞ?)
僕が、そんなことをぼんやり考えていると、二人がようやく、部屋の入り口に立つ僕たちの存在に気づいた。
皇帝が、にやりと、実に面白そうな顔で僕を見る。
「おお! ライル卿ではないか。ちょうど良いところへ来た。話は聞いていたであろう? そちならば、どうする?」
僕は、わざとらしく顎に手を当てて、うーん、と考え込むふりをした。
「そうですねえ……。税は、かけたほうがいいと思いますよ! あと、新大陸だと、こっちのお酒が、すっごく人気ありました! だから、お酒をたくさん売ってあげるといいんじゃないかな?」
僕の、あまりに単純な、しかし誰も考えていなかった提案に、皇帝も、ヴェネディクト侯爵も、興味深そうに身を乗り出してきた。
「ほう、詳しく話してみよ」
皇帝が、続きをうながす。
「僕、新大陸のアカツキの都に、酒場を作ったんです。そしたら、ハーグから持っていったエールとかが、もう飛ぶように売れて。だから、きっと間違いないと思いますよ!」
「なるほどな……。現地を知る者ならではの、貴重な意見だ。ヴェネディクト侯爵、どうだ?」
皇帝に話を振られたヴェネディクト侯爵は、商人としての血が騒いだのか、目を輝かせて即座に答えた。
「それならば、話は簡単でございます! 帝国の豊かな葡萄酒……ワインや、各地の醸造所が作るエールを、我らが商業ルートに乗せ、新大陸へどんどん輸出してやればよいのです! 富の流出どころか、逆に新大陸の富を、こちらへ吸い上げてやれますぞ!」
さっきまでの悲壮感はどこへやら、ヴェネディクト侯爵は、すっかり新しいビジネスに夢中になっていた。
こうして、僕は皇帝への『貸し』を一つも使うことなく、帝国の経済危機(?)を、見事に……というか、いつの間にか切り抜けてしまったのだった。
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