第67話 黄金艦隊 この黄金はもらっただけなんだってば~
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴162年 6月1日 昼 快晴』
アカツキの都を出航してから、一ヶ月半が過ぎた。
毎日毎日、どこまでも続く青い海と空。最初は物珍しかった船の上での生活も、さすがに飽きてきた頃だった。見張り台に立つ兵士の、ひときわ大きな声が、艦隊に響き渡った。
「見えたぞ! フィオラヴァンテの港だ!」
その声に、甲板にいた兵士たちから、地鳴りのような歓声が上がった。長い船旅で疲れ切っていた彼らの顔に、ようやく故郷の大陸に帰ってこれたという、安堵と喜びが浮かんでいる。僕も、久しぶりに見る帝国の街並みに、なんだかほっとした。
僕たちの艦隊が、ゆっくりとフィオラヴァンテの港に入っていくと、岸壁は、僕たちの帰還を噂で聞きつけた商人や民衆で、ごった返していた。
船が完全に停泊し、タラップが降ろされる。僕が先頭に立って故郷の大陸に第一歩を踏み出すと、待っていた交易担当のビアンカが、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「ライル様! ご無事のご帰還、心よりお祝い申し上げます!」
「ありがとう、ビアンカ。留守中のハーグは、変わりないかい?」
「はい。全て順調にございます。それよりも……」
ビアンカの視線が、僕の後ろに控える巨大な船団へと向けられる。その瞳は、商人としての好奇心と期待で、きらきらと輝いていた。
僕の命令で、早速、船からの荷揚げが始まった。
「うおおっ! なんだ、この黒くて香ばしい豆は!?」
「こっちの樽には、蜜のように甘い茎がぎっしりだ!」
まずは、僕が一番に持ち帰りたかった、新大陸の作物からだ。珈琲豆、砂糖、カカオ。見たこともない珍しい産物の数々に、フィオラヴァンテの商人たちが、目を輝かせて群がってくる。
だが、彼らの本当の度肝を抜いたのは、その後に運び出されたものだった。
兵士たちが、数人がかりで、重そうに巨大な木箱を運び出していく。その数、数十個。あまりの重さに、一人の兵士がバランスを崩し、その木箱の一つが、地面に大きな音を立てて落下した。
バキン! と音を立てて蓋が壊れる。
次の瞬間、木箱の中から、太陽の光を浴びて、目が眩むほどの輝きを放つ、大量の黄金が、じゃらじゃらと音を立てて地面にこぼれ落ちた。
港の、全ての音が、止まった。
誰もが、息をのみ、信じられないものを見る目で、地面に散らばる黄金の山に、釘付けになっていた。
やがて、誰かが、震える声で呟いた。
「……黄金艦隊だ。噂は、本当だったんだ……」
その言葉を皮切りに、港は、熱狂と欲望が入り混じった、すさまじい喧騒に包まれた。
(うわあ……。だから、こんなにいらないって言ったのに……。みんなの目が、ぎらぎらしてて怖いよ)
僕は、人々の欲望の渦から、そっと目をそらした。
(この黄金は、シトラリちゃんが、友達としてくれただけなんだってば~。なんでみんな、そんな目で見るのかなあ……)
僕がげんなりしていると、隣にいたヴァレリアが、静かに、しかし厳しい声で言った。
「ライル様。この富は、良くも悪くも、帝国の全てを揺るがします。覚悟を、お決めください」
その言葉に、僕はただ、こくりと頷くことしかできなかった。
僕が望んだのは、ただ、新しい作物の種だけだったのに。どうして、いつも、僕の周りでは、こんなに話が大きくなってしまうんだろう。
僕は、早くハーグに帰って、アシュレイや子供たちの顔が見たい、と、心からそう思った。
「黄金艦隊」の伝説が、このフィオラヴァンテの港から、帝国全土へと、嵐のように駆け巡っていく、その始まりの瞬間だった。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




