第65話 賠償金? ううん、それよりお友達になって交易しようよ!
【ライル視点】
『太陽暦 999年 2月16日 朝 快晴』
女皇帝シトラリが、僕たちの前でひざまずいた翌朝。アカツキの都の、かつて神官長が使っていた部屋は、アズトラン帝国の運命を決める、重要な会議の場となっていた。
僕とヴァレリア、ユーディルが席に着くと、その向かいには、女皇帝シトラリと、その側近である老神官たちが、緊張した面持ちで座っていた。
「ライル王。昨日の申し出、真にございますな? 我らアズトランの民を、慈悲深き女神の教えに、お導きくださると」
シトラリの言葉に、僕はこくりと頷いた。
すると、隣に座っていたヴァレリアが、咳払いを一つして、本題を切り出した。
「シトラリ陛下。両国の新たな関係を築くにあたり、まずは、此度の戦の、事後処理について、明確にしておく必要がございます。敗者である貴国には、相応の賠償と、我らへの服従を明確に示す条約への署名を……」
「お待ちください、ヴァレリア殿」
今度は、ユーディルが静かに口を挟んだ。
「賠償金や領土の割譲も結構。ですが、このアズトラン帝国そのものを、我がヴィンターグリュン王国の属国として、完全に支配下に置くことこそが、最も国益にかなうかと」
二人の意見は、戦の勝者としては、ごく当たり前のものだろう。シトラリも、その言葉を、敗者として、ただ静かに受け入れる覚悟を決めているようだった。彼女は、静かに口を開く。
「……ええ。貴方がたの言う通りです。この国の富、黄金、宝石、そして民……。望むものは、全て差し出しましょう。それが、我らを偽りの信仰から解放してくださった、貴方がたへの、せめてもの償いです」
重苦しい空気が、部屋を支配する。誰もが、僕の決断を待っていた。
僕は、皆の難しい話を、うーん、と腕を組んで聞いていた。そして、いつものように、思ったことを、そのまま口にした。
「うーん、賠償金とか、領地とか、そういうのは、別にいらないなあ」
僕の一言に、その場にいた全員が、ぽかんとした顔で僕を見た。
「だって、もう戦いは終わったんだし、僕たち、友達みたいなものでしょ? 友達から、お金とか土地とか、取り上げたりしないよ」
「ら、ライル様!?」
ヴァレリアが、慌てて何かを言おうとするのを、僕は手で制した。
「そのかわり、僕からお願いがあるんだ」
僕は、シトラリの方をまっすぐに見つめて、にこりと笑った。
「君たちの国が作る、あの綺麗な石の神殿、すごいよね! あの石を積み上げる技術、僕の国にも教えてくれないかな? それから、この大陸にしかない、珍しい作物とか、動物とかも、たくさん見てみたいんだ。僕たちの国のポテトや豚さんと、交換こしようよ!」
支配でも、賠償でもない。僕が求めたのは、ただ、お互いの国の良いところを教え合う、対等な「文化交流」だった。
僕のあまりに突拍子もない提案に、シトラリは、しばらく呆気に取られていた。だが、やがて、その瞳に、深い、深い感銘の色が浮かぶのがわかった。
「……王よ。貴方様は……我らが全てを差し出しても足りぬほどの、寛大なお方。我らを、力でねじ伏せるのではなく、友として、手を取ってくださるというのですか」
「うん。だって、その方が、絶対楽しいじゃない?」
僕が屈託なく笑うと、シトラリの目から、再び、一筋の涙がこぼれ落ちた。だが、それは昨日の絶望の涙とは違う、温かい、感謝の涙に見えた。
「……喜んで。このシトラリ、そしてアズトラン帝国の全てを、喜んで、貴方様と分かち合いましょう」
こうして、僕の国とアズトラン帝国との間に、「ヴィンターグリュン・アズトラン永久友好条約」という、歴史的な条約が結ばれることになった。
その日の夜。シトラリが、一人で僕の部屋を訪ねてきた。
「王よ。友好の証として……そして、妾個人の、心からの感謝の印として」
彼女は、その場で静かにひざまずくと、頬をほんのりと染めながら、僕を見上げた。
「この身を、貴方様に捧げることを、お許しいただけますでしょうか」
(えええええええっ!?)
またしても、だ。僕の周りには、どうしてこう、力強くて、まっすぐな女性ばかりが集まってくるのだろう。
僕の意図とはまったく関係なく、僕の国は、この新大陸の巨大な帝国と、固い絆で結ばれることになった。
その絆が、やがて世界そのものを、大きく変えていくことになるなんて。
この時の僕は、まだ、知る由もなかった。
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