第62話 土塁をつくろう! 午後はフルーツもあるよ!
【ライル視点】
『太陽暦 998年 12月15日 昼 快晴』
アカツキの都を占領してから数日。僕たちは、早速、この街の防衛体制を強化するための会議を開いていた。
「まずは、街の周りに、頑丈な城壁を築くべきかと存じます。本国からの増援が到着するまで、敵の攻撃に耐えうる備えが必要です」
ヴァレリアの提案は、軍事的な常識からすれば、至極まっとうなものだった。だが、僕は、なんとなく首を縦に振る気にはなれなかった。
「うーん……石の壁かあ……」
僕は、頭に浮かんだ疑問を、そのまま口にした。
「石の壁ってさ、アシュレイが作った大砲で撃ったら、バラバラに壊れちゃうでしょ? だったら、意味なくないかな?」
「……と、申しますと?」
「もっと単純にさ、土をいっぱい集めて、街の周りに、すごく大きな土の山……『土塁』っていうんだっけ? それを作ればいいんじゃないかな。土の山なら、大砲の弾が当たっても、ズボッてめり込んで、勢いを殺してくれると思うんだ。その方が、頑丈じゃない?」
僕の、あまりに単純な発想に、ヴァレリアとユーディルは、一瞬、絶句した。やがて、ユーディルが、ローブの奥で感嘆のため息をついた。
「……なるほど。未来の攻城兵器による砲撃戦までを見越した、恐るべき慧眼。陛下、貴方様の思考は、常に我々の遥か先を見据えておられる」
ヴァレリアも、はっとしたように頷いた。
「確かに……。単純な防御力だけで見れば、分厚い土塁は、石の城壁を遥かに凌駕する可能性があります。承知いたしました。直ちに、土塁の建設に取り掛かります」
こうして、僕の素人考えから、アカツキの都の周りに、巨大な土塁を築くという、前代未聞の工事が始まった。
南国の強い日差しが、容赦なく兵士たちの肌を焼く。誰もが汗だくになりながら、スコップで土を掘り、もっこでそれを運び、少しずつ、しかし着実に土の山を高くしていく。僕も、もちろん、彼らに混じって土を運んだ。王様だからって、涼しい顔で見ているだけなんて、性に合わない。
「ライル様、無理はなさらないでください!」
「そうだそうだ! 王様が倒れちまったら、おれたちが困る!」
兵士たちの声に、僕は笑顔で手を振って応えた。
この灼熱の中では、無理は禁物だ。僕は、工事は午前中だけで切り上げるように命じた。
そして、午後の休憩時間。僕が兵士たちのために用意したのは、この土地ならではの、最高の贈り物だった。
「うおおおっ! なんだ、この黄色くて甘い果物は!?」
「こっちは、星の形をしてるぞ! 酸っぱくてうめえ!」
探検家のマルコさんが現地で調達してくれた、マンゴー、パイナップル、パパイヤ、スターフルーツといった、色とりどりの南国の果物が、大きな皿に山と盛られている。兵士たちは、初めて見るその不思議な果物に、子供のようにはしゃぎ、夢中で頬張っていた。その笑顔を見ているだけで、僕の疲れも吹き飛んでいくようだった。
甘い果物で英気を養った僕たちは、日が少し傾き始めた頃、再び工事を再開した。
その日の夜。仕事を終えた兵士たちが、向かう先は一つ。先日、僕の命令で建てられたばかりの、仮設の酒場だ。
「乾杯!」
ハーグから持ってきたエールが、勢いよく杯に注がれていく。最初は遠巻きに見ていただけの現地の住民たちも、陽気な音楽と楽しげな雰囲気に誘われて、おずおずと酒場に集まり始めた。言葉は通じなくても、酒と音楽があれば、人と人は、すぐに打ち解けられるらしい。
もちろん、兵士たちの欲望を発散させるための、夜のお店……娼館も、街の一角に用意されていた。それもまた、街に活気と金をもたらす、大事な施設の一つだ。
僕は、そんな街の喧騒を、司令室の窓から眺めていた。
「街が、息を吹き返していくようですな」
いつの間にか、隣にヴァレリアが立っていた。
「うん。みんなが、楽しそうでよかった」
僕は、彼女の肩をそっと引き寄せた。ヴァレリアは、何も言わずに、僕の胸にその体を預けてくる。僕たちは、どちらからともなく、互いの温もりを確かめるように、静かに唇を重ねた。
故郷を遠く離れた、異国の地。
それでも、僕たちの周りには、確かな活気と、温かい人の繋がりが、生まれ始めていた。
アカツキの都での、新しい一日が、こうして穏やかに過ぎていく。
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