第61話 イセルちゃん? う~ん、よくわかんないけど、この地の名前はアカツキの都にしよう!
【ライル視点】
『太陽暦 998年 12月12日 昼 晴れ』
黄金の都テノクを占領してから、二日が過ぎた。
僕たちは、神官長テスカが使っていたという、やけに豪華な部屋を臨時の作戦司令室にしていた。テーブルに広げられた不正確な地図を前に、僕とヴァレリア、ユーディル、そして探検家のマルコさんが頭を突き合わせている。
「まずは、この都の名前から決めないといけないね。いつまでも『テノク』じゃ、なんだか落ち着かないし」
僕がそう言うと、マルコさんが頷いた。
「左様ですな。新たな支配者が、新たな名を与える。それは、古くからの習わしにございます」
「うーん、そうだなぁ……」
僕は、窓の外に広がる、青い空と力強い太陽の光を眺めた。
「この都の名前は、今日から『アカツキの都』だ。僕たちが、この大陸に、新しい時代の夜明けを連れてきた、っていう意味を込めてね」
「アカツキ……。良い名です、ライル様」
ヴァレリアが、満足そうに微笑んだ。
その時だった。部屋の外がにわかに騒がしくなり、衛兵の制止を振り切って、一人の少女が部屋へと駆け込んできた。先日、僕の前にひざまずいた、あの生贄の少女、イセルちゃんだ。
彼女は、僕の姿を認めると、再びその場にひれ伏し、涙ながらに、必死で何かを訴えかけてくる。だけど、彼女が話す言葉は、僕にはまったく理解できない。
「うーん……困ったな。なんて言ってるのか、さっぱりだ」
僕が頭を掻いていると、おずおずと、一人の若い女性が部屋に入ってきた。見慣れない顔だけど、アシュレイと同じ、学者風の片眼鏡をかけている。
「も、申し訳ありません、ライル陛下! わたくし、アシュレイ様の妹弟子で、今回の遠征に書記官として同行しております、クララと申します! その……古代言語の解読が専門でして、あるいは、彼女の言葉を、少しは……」
クララと名乗った彼女は、イセルちゃんに優しく話しかけ、必死にその言葉を拾おうとしてくれる。
「ええと……『命』……『太陽』……『貴方様に、捧げる』……? すいません、陛下。どうやら彼女は、自分の命を、新しい太陽の象徴である貴方様に捧げたい、と、そう言っているようです」
「僕に、命を? うーん、いらないなあ……」
僕は、困り果ててしまった。
「よし、決めた! クララちゃん、このイセルちゃんのことは、君に任せる! 言葉を教えてあげて、身の回りの世話も見てあげてほしい。いいね?」
「は、はい! わたくしめに、お任せください!」
こうして、僕は厄介事……もとい、イセルちゃんのことを、新しくできた優秀な部下に任せることにした。
僕とヴァレリア、ユーディルは、再び地図の前に戻る。
「さて、本題だけど。このアカツキの都は、僕たちがこの大陸で活動していくための、大事な拠点になる。だけど、敵の本土から、いつ追手の軍がやってきてもおかしくない」
ユーディルが、静かに指摘する。
「その通りです。ここにいる千の兵だけでは、防衛するには、あまりに心許ない」
ヴァレリアも、厳しい表情で頷いた。
僕は、決断した。
「わかった。艦隊の半数、二十五隻を、すぐに本国へ帰そう。ヴァレリア、君が書状を書いてくれ。本国を預かっているノクシアに、追加で三千のブルーコート兵を、至急こちらへ送るように、と。それから、本国では、さらに新しい兵士の訓練を始めるようにも伝えてほしい」
「承知いたしました。直ちに」
そして、僕は最後に、このアカツキの都を任せる総督を指名した。
「この都の総督は、探検家のマルコさん、君にお願いします」
「はっ! このマルコ、謹んでお受けいたします!」
当面の方針が決まり、僕は兵士たちが見回りをしている、城下の広場へと足を運んだ。皆、遠い故郷を離れ、不安と不満が溜まっているはずだ。
「みんな、聞いてくれ!」
僕が声を張り上げると、兵士たちがわらわらと集まってきた。
「このアカツキの都に、みんなが安心して休める、酒場と、それから……うん、宿屋みたいなところを作ろうと思う!」
僕が「宿屋みたいなところ」と、少し言葉を濁して言うと、兵士たちの間から、地鳴りのような歓声が上がった。
「うおおおおっ! さすがライル様だ!」
「おれたちの気持ちを、わかってらっしゃる!」
僕は、そんな彼らの熱狂を、両手で優しく制した。
「でも、今はまだ、街の安全を確保するのが最優先だ! だから、遊ぶのは、もうちょっとだけ待っててくれよな!」
僕の言葉に、兵士たちは、今度は冗談めかしたブーイングと、快活な笑い声で応えてくれた。
その頃。
アカツキの都で起きた、信じられない出来事……『生贄を捧げずとも、太陽は昇る』という噂は、旅の商人や、都から逃げ出した人々によって、静かに、しかし確実に、この新大陸全土へと、広まり始めていた。
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