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第6話 女神教と闇の教皇 会談をすればいいんじゃないかな?

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴156年 9月5日 午後 曇り』


 闇ギルドが根を下ろして一月。ハーグの街は、いびつながらも確かな活気に満ち溢れていた。昼間は商人たちの声が響き、夜は酒場や賭博場が怪しげな光を放つ。僕はそんな街の様子に、複雑な思いを抱きながらも、一応の平穏に安堵し始めていた。


 そんなある日、一人の男が僕の執務室を訪ねてきた。清潔な純白の法衣に身を包み、柔和な笑みを浮かべてはいるが、その目には深い憂いが宿っている。


「ライル辺境伯、はじめまして。私は女神教の司祭、クレメンスと申します」


 丁寧な挨拶の後、彼は本題に入った。


「単刀直入に申し上げます。この街では、女神の教えに背き、影の神を崇める者たちが急激に増えすぎております。これは由々しき事態。辺境伯として、何らかの対策をお考えいただきたい」


(宗教問題!? 僕、まだ税金の計算もおぼつかないのに、そんな難しいこと言われても……)


 頭を抱える僕に、クレメンス司祭は真剣な眼差しを向けてくる。どうしたものかと考えあぐねた末、僕はまたしても、思いつきを口にした。


「うーん、それじゃ、お互いのトップ同士で、直接会談すればいいんじゃないかな?」


「は……? トップ同士、と申されますと……?」


「うん。クレメンスさんと、その……闇の宗教のいちばん偉い人、みたいな?」


 僕のあまりに単純な提案に、クレメンス司祭は呆気に取られていた。


 そして数日後。僕の執務室で、女神教の司祭と闇の宗教の長の会談が、本当に行われることになった。クレメンス司祭は、見るからに緊張した面持ちで硬い椅子に座っている。


 やがて、扉が静かに開き、一人の少女が入ってきた。いつもはアシュレイやユーディルの影に隠れるようにしている、あの無口な少女だ。


 その姿を認めた瞬間、クレメンス司祭は椅子から転げ落ちるようにして立ち上がり、その場で深く、深くこうべを垂れた。


「まっ、まさか……! 闇の教皇猊下が、自らお越しになるとは……!」


(えっ、えええっ!? あの子、確かノクシアちゃんって名前じゃなかったっけ!? 教皇!? この子が!?)


 僕は驚きのあまり、声も出せずに固まった。

 ノクシアと呼ばれた少女は、僕とクレメンス司祭を順に一瞥すると、初めてはっきりとした意志のこもった声を発した。それは、少女の見た目にはそぐわない、静かで、それでいて底知れない深みを持った声だった。


「……よい。面を上げよ、クレメンス。我らは女神の光の影より生まれし者。もとは、一つのもの」


「はい……! 信者たちの前では決して口にできませんが、まさしくその通り。光が強ければ、影もまた濃くなる……それが、この世界の摂理……」


(えええ~っ、そ、そんな宗教の裏事情、僕知らないよぉ~っ! なにこの人たち、裏では普通に繋がってたの!?)


 僕だけが、完全に蚊帳の外だった。


 二人の宗教談義は、僕の知らない次元で淡々と進んでいく。


「……光の教えでは救われぬ魂が、我らの下に集う。我らは、彼らの受け皿となろう」


「ええ……闇の誘惑に堕ち、現世の秩序を乱す者もおります。我らは、彼らを光へと導きましょう」


 やがて、ノクシアが結論を告げた。


「お互い、これ以上はやりすぎぬこと。それぞれの領域を侵さず、魂を導く。それで、よいな?」


「はい。異存ございません、猊下」


 こうして、表と裏の宗教は、不思議な相互不干渉条約を結ぶことになった。そして、その条約書にサインがされようとした時、クレメンス司祭が僕の方を向いた。


「つきましては、ライル辺境伯。この条約の仲介人、並びに見届け人となっていただきたく存じます」


「えっ、ええええええ~っ! ぼっ、僕なんかでいいのぉ~っ?」


「これ以上の適任者はおりますまい。闇ギルドと、その頂点たる教皇猊下が忠誠を誓っておられるお方。貴方様以外に、誰がこの危うい均衡を保てましょうか」


 ノクシアも、こくりと小さく頷いた。


「……うん。異存、ない」


 こうして、ハーグの街には女神教の立派な神殿も建てられ始めた。

 街の一角では厳かな鐘の音が響き渡り、そのすぐ近くの路地裏では、影の神への静かな祈りが捧げられる。

 僕は、ますます混沌としていく自分の街を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。


「まあ……みんな仲良くしてくれるなら、いっか……」

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