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【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


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第58話 西の商人、北の王、そして大海原へ 大きな取引もあるよ!

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴162年 11月5日 昼 曇り』


 新大陸への遠征という、途方もない計画が正式に決定してから、一月が過ぎた。

 王国中が、来たるべき戦いに向けて活気づいている。鍛冶場からは銃を鍛える音が昼夜響き渡り、新設された工場では、アシュレイが開発した『缶詰』が、驚くべき速さで山のように積み上げられていった。

 だが、僕たちの前には、一つの、あまりにも根本的な問題が横たわっていた。


「……武器も、食料も、兵士も揃いました。ですが、肝心の、海を渡るための『船』が、我々には一隻もありません」


 作戦会議の席で、ヴァレリアが重い口を開いた。

 僕たちのハーグは、豊かな大地には恵まれていたが、海を持たない内陸の街だ。ニヴルガルドへ行けば不凍港があったが、船が足りなかった。


「今から造船所を作り、一から艦隊を建造するとなれば、最低でも数年はかかります。それでは、到底間に合いません」


 交易担当のビアンカが、悔しそうに唇を噛む。

 その時、彼女は、はっとしたように顔を上げた。


「……一つだけ、方法がありますわ。この大陸で、最も多くの、そして最も頑丈な大型船を保有する者たちに、頭を下げるのです」


「それって、どこなの?」


 僕が尋ねると、ビアンカは、忌々しげに、しかしはっきりと答えた。


「……私の古巣、商業都市国家連合です」


 数週間後。僕は、ヴァレリアとビアンカを伴い、商業都市国家連合の首都へと赴いていた。

 通された豪華な会談室には、見覚えのある、人好きのする笑みを浮かべた男が座っていた。


「これはこれは、ライル国王陛下。ようこそお越しくださいました。このロレンツォ、心より歓迎いたしますぞ」


 因縁の相手、ロレンツォ。その目の奥には、獲物を追い詰めた狩人のような、ぬらりとした光が宿っていた。僕たちが船を必要としていることなど、とうにお見通しなのだろう。


 形式的な挨拶の後、僕は単刀直入に本題を切り出した。


「大型の船を、五十隻ほど、譲っていただきたい。もちろん、代金は支払います」


「おお、それは素晴らしいお話だ! ええ、ええ、お譲りいたしますとも!」


 ロレンツォは、待っていましたとばかりに、満面の笑みで頷いた。


「我らが誇る最新鋭のガレオン船を五十隻。腕利きの船乗りも、三ヶ月分の航海に必要な物資も、全てこちらでご用意いたしましょう。その代わり、と言っては何ですが……」


 彼は、一度言葉を切ると、最高の切り札を切るかのように、ゆっくりと続けた。


「陛下が現在、統治なさっている西の交易都市、フィオラヴァンテ。あそこを、我ら連合に、お返しいただきたいのです」


 その言葉に、隣に座るヴァレリアとビアンカの空気が、ぴりりと張り詰めるのがわかった。


「なっ……! それは、あんまりな要求ですわ!」

「先の戦の結果を、反故にするというのですか!」


 二人が激昂する。だが、ロレンツォは、そんな二人をせせら笑うかのように、僕に視線を向けたまま、少しも動じない。

 僕は、三人のやり取りを、ただ黙って聞いていた。


(そっかあ……。フィオラヴァンテの街と、船、五十隻かあ……)


 僕は、難しいことはよくわからない。でも、頭の中で、天秤にかけた。

 海の向こうからやってくる、僕の民を『生贄』にしようとする、得体の知れない敵。

 それを止めに行くための、船。

 そして、遠い西の、僕が一度も暮らしたことのない、豊かな街。


 答えは、もう、決まっていた。


「いいよ。フィオラヴァンテの街、お返しします」


「……え?」


 僕の、あまりにあっさりとした返事に、今度はロレンツォの方が、目を丸くして固まった。ヴァレリアたちも、信じられないという顔で僕を見ている。


「そのかわり、いくつか条件があります」


 僕は、続けた。


「まず、フィオラヴァンテの港は、これからも僕たちが、いつでも自由に使えるようにしてほしい。それから、今回の船五十隻の代金は、フィオラヴァンテを返すことで、全部チャラ。追加のお金は、一銭も払いません。……それでよければ、契約成立です」


 ロレンツォは、一瞬、何かを考え込んでいたが、やがて、その顔に勝利の笑みを浮かべた。失った都市を取り戻すという、商人としての、そして男としての面子を、彼は選んだのだ。


「……承知いたしました。その条件、謹んでお受けいたします。ライル陛下、貴方様は、実に話のわかるお方だ!」


 こうして、僕たちの国の歴史上、最も大きな取引は、成立した。


 春。フィオラヴァンテの港には、僕たちが譲り受けた五十隻の巨大な帆船が、ヴィンターグリュン王国の青い旗を掲げ、雄々しく並んでいた。

 千人のブルーコート兵たちが、次々と船に乗り込んでいく。彼らの背中には、最新式の銃が背負われている。船倉には、山と積まれた弾薬と、そして、鉄の保存食『缶詰』が、運び込まれていった。


 僕は、これから始まる長い航海の指揮官として、旗艦の甲板に立っていた。

 副官には、ヴァレリアとユーディル。そして、航路の全てを知るマルコさんが、参謀として僕の隣にいる。盤石の布陣だ。


 港では、アシュレイが、レオを抱きしめながら、僕をじっと見つめていた。その隣には、フェリクスを抱いたヴァレリアの母君、そしてアウロラをあやすノクシアの姿もある。


(……必ず、帰ってくるからな)


 僕は、胸の中で強く誓うと、大きく息を吸い込み、全艦隊に向けて、号令を発した。


「――全艦、出航!」


 錨が引き上げられ、巨大な帆が、春の風をいっぱいに受けて膨らんでいく。

 五十隻からなる懲罰遠征艦隊は、僕の愛する家族と、僕が作った国に背を向け、未知なる敵が待つ、西の大海原へと、その舳先を向けた。


 僕たちの、世界の運命を賭けた、長くて、そして危険な旅が、今、始まった。


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