第54話 夏至祭の夜に ノクシアちゃんとライルの娘、アウロラ誕生だよ!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴161年 7月7日 昼 快晴』
その日のヴィンターグリュン王国は、一年で最も太陽が高く昇る、夏の光に満ち溢れていた。
僕の国では、今日を『夏至祭』と定め、太陽の恵みと、これからの豊かな収穫を願う、国中を挙げてのお祭りが開かれている。
首都ハーグの広場は、朝から陽気な音楽と人々の笑顔で溢れていた。屋台では、こんがりと焼かれたトウモロコシや、去年収穫されたトマトを使った冷たいスープが売られ、子供たちが我先にと駆け寄っていく。
「ライル様、あちらの楽団、なかなか良い音を奏でていますわ」
ヴァレリアは楽団が気になるようだ。
「父上、あっち! あっちに、甘いお菓子が!」
レオは最近話せるようになって、お菓子をおねだりしていた。
僕は、妻であるアシュレイとヴァレリア、そして二人の息子、レオとフェリクスと一緒に、その賑わいの中心にいた。平和だなあ。僕の作った国で、僕の民が、こうして笑っている。それだけで、胸がいっぱいになる。
(ノクシアちゃんにも、この光景、見せてあげたかったな)
さすがにお腹が大きく、人混みは危ないということで、彼女は城で安静にしていた。少し寂しそうだったけれど、「妾の分まで、楽しんでくるのじゃ」と、笑顔で僕たちを送り出してくれたのだ。
祭りが一番の盛り上がりを見せ、広場の中央で大きな焚き火が焚かれようとしていた、その時だった。人混みをかき分けるようにして、一人の城の兵士が、血相を変えて僕の元へと駆け込んできた。
「ラ、ライル国王陛下! ノクシア様が……! ノクシア様のご容態が!」
その一言で、僕の心臓は大きく跳ね上がった。僕とヴァレリアたちは、祭りの喧騒を後に、急いで城へと引き返す。
城の一室の前は、静かな緊張感に包まれていた。
今回は、僕も少しだけ落ち着いていた。父親になるのは、これで三度目だ。僕が慌てても、何の役にも立たないことを、僕はもう知っている。
部屋の中では、アシュレイが経験者として、侍女たちに的確な指示を飛ばしているはずだ。ヴァレリアは、何も言わずに、部屋の扉の前で、まるで近衛兵のように、静かに佇んでいた。
やがて、部屋の中から、長く、そしてか細い、ノクシアちゃんの苦しそうな声が聞こえてくる。僕は、ただ、彼女の無事を祈ることしかできない。
どれほどの時間が、過ぎただろうか。
西の空が、夏至の最後の光を放ち、茜色に染まる。そして、広場から、祭りの始まりを告げる、大きな歓声が上がった。
それと、まったく同じタイミングで。
部屋の中から、全ての不安を吹き飛ばすような、力強い赤子の産声が、高らかに響き渡った。
「オギャー! オギャー!」
扉が開き、侍女が涙ながらに告げた。
「おめでとうございます、陛下! お元気な、お元気な、お姫様でございます!」
僕は、安堵に膝から崩れ落ちそうになるのをこらえ、部屋の中へと入った。
ベッドの上では、汗だくで、疲れ果ててはいるが、見たこともないほど晴れやかで、恍惚とした表情のノクシアちゃんが、小さな、小さな赤ん坊を抱いていた。
「ライル……見て。妾と、お主の子じゃ……」
僕がその子を受け取ると、腕の中で、小さな命がくすぐったそうに身じろぎした。母親譲りの、美しい銀色の髪。そして、僕に似た、穏やかな寝顔。女の子だった。僕の、初めての、娘。
「名前……考えておるのじゃ」
ノクシアちゃんは、窓の外で燃え盛る、夏至祭の焚き火の光を見つめながら、静かに、しかしはっきりと言った。
「この子は、一年で最も光に満ちた日に、その光がまさに終わらんとする、黄昏の時に生まれた。闇が始まる直前の、一番美しい光の瞬間に。……だから、この子の名は、『アウロラ』。夜明けの光を意味する名じゃ」
アウロラ。僕と、闇の教皇の娘に与えられた、夜明けの光の名。
(……そっか。なんだか、僕の国みたいだな)
光も、闇も、貴族も、平民も、騎士も、農夫も。
全てがごちゃ混ぜになって、それでも、みんなが笑って暮らしている。そんな僕の国に生まれてきた、新しい光。
僕は、腕の中の小さなアウロラを、そっと抱きしめた。
この子の未来が、どうか、夜明けの光のように、明るく、希望に満ちたものでありますように。
城の外では、僕たちの新しい家族の誕生を祝福するかのように、民たちの陽気な歌声が、いつまでも夜空に響いていた。
「とても面白い」★五つか四つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★二つか一つを押してね!




