第53話 皇帝の息子たち ええっ? 僕が先生!? 僕なんかでいいの!?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴161年 6月10日 昼 快晴』
帝都フェルグラントへと続く街道を、僕たちの軍旗がはためいていた。
先日の決闘の褒賞として、ユリアン皇帝から宴に招待されたのだ。それはいい。美味しいご馳走が食べられるのは、素直に嬉しい。でも、僕の心は、いまいち晴れなかった。
「……ねえ、ヴァレリア。どうして、ただ宴に行くだけなのに、ブルーコート歩兵を、まるまる千人も連れて行かないといけないのかなあ」
馬上で隣を並走するヴァレリアに、僕は素朴な疑問をぶつけた。僕たちの後ろには、真新しい青い軍服に身を包んだ兵士たちが、一糸乱れぬ隊列で行進している。その姿は、誇らしくもあるけれど、僕にはなんだか大袈裟に思えた。
「おそらくは、陛下のお考えがあってのことでしょう。先の決闘で我が軍が示した力を、帝都の諸侯たちに見せつけ、牽制する狙いがあるのかもしれません」
「うーん、難しいことはよくわからないや。僕はただ、早く帰って畑の様子が見たいんだけどなあ……」
僕がぼやいているうちに、壮麗な帝都の城門が見えてきた。
衛兵に案内され、僕とヴァレリアが皇帝陛下の私室へと通されると、そこには、玉座に座るユリアン皇帝と、その脇にちょこんと立つ、二人の男の子がいた。
「おお、ライル、よく来たな」
皇帝は、にやりと笑うと、二人の子供たちの肩を優しく叩いた。
「お前たち、あこがれのライルさんだぞ」
その言葉に、年上に見える男の子が、顔を真っ赤にしながら、しかし勇気を振り絞って一歩前に出た。
「はっ、はじめまして! アウレリアンと言います! 十歳です!」
その隣で、弟らしき子が、兄の服の裾をぎゅっと掴みながら、小さな声で続けた。
「ぼっ、ぼくはルキウス、八歳です!」
(皇帝の、息子さんたちかあ……。僕に、あこがれてる……?)
状況がよく飲み込めないまま、僕たちは宴の席へと案内された。
テーブルには、いつものように、見たこともないような珍しい料理がずらりと並んでいた。南方の海でしか獲れないという巨大なエビのグリルや、黄金色に輝く鳥の丸焼き。僕とヴァレリアが、夢中でその味に舌鼓をうっていると、ユリアン皇帝が、気さくに話しかけてきた。
「なあ、ライル。朕の息子たちは、お前にあこがれているんだ。なにせ、お前は大陸最強の黄金獅子団を打ち破り、ヴェネディクト侯の鉄壁の軍勢をも、赤子の手をひねるように打ち破った。子供からすれば、お前は物語に出てくる英雄そのものだからな!」
「そっ、そうです! ライル先生の戦いの話を聞くと、いつもワクワクします!」
アウレリアン君が、キラキラとした瞳で僕を見る。
「ぼっ、ぼくもです!」
ルキウス君も、力強く頷いた。
(先生……!? 僕が!?)
僕が戸惑っていると、皇帝は、まるで面白い悪戯でも思いついたかのように、にやりと笑った。
「それで、だ、ライル。一日でいい、この子たちの先生をやってはくれんか?」
「ええ~っ、いいですけど、高いですよぉ~?」
僕は、つい、いつもの調子で冗談めかして答えてしまった。すると、皇帝は声を上げて笑った。
「ハハハ、そうだな、違いない。よかろう、その礼は『貸し』にしておく」
翌日。僕たちは、皇帝直属軍の広大な練兵場にいた。
アウレリアン君とルキウス君が、父である皇帝と一緒に、特別に設けられた観覧席から、固唾をのんで僕たちの様子を見守っている。
僕が静かに手を振り下ろすと、千人のブルーコートたちが、一つの生き物のように動き出した。
「――撃て」
轟音。寸分の狂いもない、入れ替え動作。そして、再び轟音。
『ヴィンターグリュン・ローテーション』が、その冷徹で、あまりに美しい統率力を見せつけるたびに、二人の王子の目が見開かれていくのが、遠目にもわかった。
実演が終わると、僕は二人の元へ歩み寄った。
「すごい……すごいよ、ライル先生! これが、あの無敵の……!」
アウレリアン君は、興奮で言葉にならないようだった。その目は、憧れの英雄を見る、少年の目に変わっていた。
その後、僕はアシュレイが開発したばかりの『歩兵砲』の簡単な運用方法も教えてあげた。火薬の詰め方、弾の込め方。その単純で、しかし強力な仕組みに、二人は夢中になっていた。
その日は、あっという間に過ぎていった。
翌日。僕たちがハーグへの帰路につく準備をしていると、皇帝からの「授業料」だと言って、大量の木箱が届けられた。中には、僕が欲しがっていたトウガラシをはじめ、様々な種類の香辛料が、ぎっしりと詰め込まれていた。
「やったあ! これだけあれば、新しい料理がたくさん作れるぞ!」
僕は、最高の「おみやげ」を手に、意気揚々とハーグへの帰路についた。
帝都の子供たちに、少しだけ、僕の国のすごいところを見せてあげた。ただ、それだけのこと。僕にとっては、そんな軽い気持ちの遠征だった。
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