第52話 ただいま、ハーグ!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴161年 5月17日 夜』
その晩は、妙に静かだった。
ヴェネディクト侯爵との決闘に圧勝し、僕のいる陣営は勝利の熱気に包まれているはずなのに、僕の心は不思議なほど穏やかだった。以前、銃の訓練や実戦を経験した後のような、体の内側から突き上げてくるような昂ぶりや、喉の渇きは、どこにもない。
ただ、少しの疲労感と、早くハーグに帰って、家族の顔が見たいという、静かな思いがあるだけだった。
(……僕も、少しは指揮官らしくなれたのかな)
そんなことをぼんやりと考えていると、僕が一人で使う指揮官用のテントの入り口が、静かに開いた。そこに立っていたのは、鎧を脱ぎ、ラフな私服に着替えたヴァレリアだった。その翠色の瞳には、僕の身を案じるような、心配の色が浮かんでいる。
「ライル様……。お体の具合は、いかがですか」
彼女は、いつものように、僕が昂ぶっているのではないかと心配して来てくれたのだろう。その優しさが、なんだかとても嬉しかった。
「大丈夫、今日は落ち着いているよ」
「そうですか」
僕の言葉に、彼女は少しだけ意外そうな顔をして、安堵のため息を漏らした。その姿が、なんだか可愛らしくて、僕は少しだけ、からかってみたくなった。
「なに? してほしかった?」
「そっ、そんなこと……!」
ヴァレリアは、顔を真っ赤にして狼狽える。そして、俯きながら、蚊の鳴くような声で、ぽつりと付け加えた。
「……すこしだけ……」
その、あまりにも素直な一言に、僕の心は、戦の興奮とはまったく違う、温かい炎で満たされた。
「じゃ、少しだけしよっか!」
その夜、僕たちは、激しくではなく、ただ、互いの温もりを確かめるように、普通に愛し合った。戦いの後、張り詰めていた心が、ゆっくりと解けていくようだった。
翌朝、僕が目を覚ますと、隣ではヴァレリアが、もう身支度を整えていた。朝日を浴びた彼女の肌は、気のせいか、妙にツヤツヤと輝いて見えた。
「さて、ハーグへ帰ろう」
僕の一言で、ヴィンターグリュン王国軍は、帰路についた。
それから、一週間後。
僕たちがハーグの城門をくぐると、そこには、信じられないような光景が広がっていた。早馬からの知らせを受けていたのであろう、街中の住民たちが、街道の両脇を埋め尽くし、僕たちを出迎えてくれたのだ。
「ライル王、万歳!」
「ブルーコート、万歳!」
降り注ぐ歓声と、舞い散る花びらの中を、僕たち青い軍服の兵士たちは、胸を張って行進した。
広場には、歓迎のための盛大な宴が用意されていた。テーブルには、山と積まれたポテトや、湯気を立てる豚汁、そして真っ赤なトマトソースがかけられた肉料理が、所狭しと並べられている。
戦いを終えた兵士たちが、帰りを待っていた家族と抱き合い、再会を喜んでいる。そして、僕たちの勝利を、僕たちの帰還を、心の底から祝ってくれていた。
僕は、バルコニーで僕の帰りを待っていてくれた、アシュレイやノクシア、そして息子たちの元へ駆け寄った。
眼下に広がる、温かい光景。戦って、勝って、守りたかったものが、全てここにある。
皆、笑顔だった。
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